第15話 月を飲む

星野が空中へと足を踏み出した。


「星野ちゃん!!」


 星野は振り向かなかった。


「おい、ツキっ! 落ちたら助からない! 止めろ!」


 青木の切羽詰まった声を聞きながら、ツキは走る。

 胡散臭い笑顔を殴り捨てて、足の痛みも放り投げて、星野の元へかけていく。


「星野ちゃんっ!」


 星野がくるりと振り返り。

 ニヤリと笑った。


「あっ.......」


 ぱんっ。


「ツキーーー!!」


 頭上の鉄骨から青木の声が降ってくる。

 ぱたたっと、赤い雫が落ちていく。

 赤い塔に、月の雫が落ちていく。


「馬鹿だな、月を飲んでも単純馬鹿か」


「.......いつ入った」


「さっき君が俺の足をふんだ時。少し危険だったが、さすが3色持ちトリプルカラー。最高の器だ、四つめの俺ですら余裕で入る!」


「.......出ろ」


「予想外に素晴らしい! 月になんて頼らず初めからこれを奪っていれば良かった!」


「.......ふーー。」


 ツキは、青白い顔を下げ、両足を広げて拳を握る。


「まさか、また肉弾戦か? この女の身体を殴るのか? お前の女だろ?」


「.......僕はね」


 ぽたぽたと落ちる赤い雫を踏みつけ、顔を上げる。


「器には興味ないんだよ」


 思い切り踏み込んで、腕を引く。


 星野の顔をした犯人は、目を見開いて硬直する。


「嘘だろ.......!?」


「うん、嘘」


 もう片方の腕でがしっと星野の腕を取る。

 そのまま引き寄せて羽交い締めにして、ツキは胡散臭く笑った。


「それに、僕達付き合ってないしね!」


「嘘だろ!?」


「ほんと!」


 走ってきた青木が星野を受け取り、赤田が星野に向けて指を指す。


「6本っ!!」


 ガクンっと星野の身体から力が抜けて、りんっと光が零れた。おかしな色をした光には、6本の線で、六母星が刻まれている。


 青木が瓶を取り出して、その光を捕まえる。


「確保」


「さすが青木くん赤田ちゃん! 熱血敏腕警察官ペアだね!」


「黙ってろ! 死ぬぞ!?」


「青木先輩っ! 救急車は手配済みですっ!」


「さすがだ赤田! よくやった!」


「はいっ!」


「仲良しだねぇ」


「黙れーーー!!」


 青木がハンカチでツキの脇腹を抑えながら叫ぶ。


「.......ん」


「青木先輩っ! 星野先輩が起きましたっ!」


「星野ちゃん、大丈夫?」


「黙れって!」


「つ、ツキ.......?」


「身体は平気? 星は?」


「ツキ、もう黙れ!」


「あ、ああ.......」


 星野の目からボロボロと雫が落ちる。


「ああ、星野ちゃん。そんなに泣いたら干物になるよ。帰りにメロン買おうか、幸せになるよ」


「うあああん」


 星野が声をあげてなく。

 ツキは胡散臭い笑顔のまま。


「うんうん、びっくりしたね」


「ツキ、動かないでくれ!」


「ど、どうしよう、ツキ。ツキ、血が、あと、月が、もう新月だって!」


「ああ、そんなこと気にしてたの?」


 青白い顔でツキが笑う。

 血の着いた長い指を立てて、空に浮かんだ月を指す。


「また飲めばいいんだよ」


「「.......え?」」


 胡散臭い笑顔のツキが、手を握って開けば、手のひらに輝く銀の液体。


 月とは。星とは違う。 人が持つ星とは違う、人なんてちっぽけな物が持つものとは質も規模も違う、天体がもつエネルギーの塊、冷たく寂しい、銀の月。

 人が飲むなんて、許されない輝く銀の雫。


「ほら、ごっくんってね!」


 躊躇いなくそれを飲んだツキは、胡散臭く笑う。


「うーん、今回も不味い! メロン買おうね」


「ツキ.......、大丈夫なの?」


「月を飲むこと? それとも、失血で死にそうなこと?」


「お前やっぱり死にそうなんじゃないかーー!!」


 より強く傷を抑えた青木の手は、もう真っ赤だった。


「いやぁ、クラクラするね! しかもこんなに高いところだと病院まで遠い! これはまずいですよぉ!」


「もう喋らないでくれっ!」


 そのあと急いで胡散臭い笑顔のツキを地上に運んで、胡散臭い顔のまま気絶したツキを救急車に叩き込んだ。


 1週間後。

 悲痛な面持ちで、黒いスーツを着た青木と課長が病室を訪れる。


「まさか、ツキがな.......」


「はい.......1週間も昏睡とは」


「月をあのタイミングで飲んだって言うのも、影響しているだろうな」


「もともと、人に入れていいものじゃないですからね.......」


「ツキが特殊なんだ。月を飲んで星の代わりにするなんて、普通有り得ない」


「.......それでも、あいつは笑ってましたね。胡散臭いですけど」


「ああ.......。ここであいつが警部補に昇進ってのも、なんだかな.......」



 2人が病室のドアを開ければ。


「あ、課長に青木くん! 星野ちゃんがメロン食べたいって言うんだけど、買ってきてくれませんかねぇ?」


 パタンっとドアを閉めた課長の肩を、青木がゆっくりと叩く。


「幻覚かも知れません」


「月の効果か?」


 もう一度ドアを開けると、星野を膝に乗せたツキがいた。


「あ、課長に青木くん。お早いお戻りで!」


「ツキーーー!! 目が覚めたなら連絡!! 課長に連絡して!」


「星野ー!! 降りろ、ツキは怪我人だー!!」


「お二人とも、お静かに! 僕は怪我人ですよ?」


「なあああああ!」


 課長が星野をベッドから下ろす。


「ああ、星野ちゃん、戻っておいで!」


「ツキ!」


 ベッドから降りただけで大袈裟な抱擁をする2人を見て、課長と青木が目元を抑えた。


「極悪犯ですねぇ.......僕と星野ちゃんを引き離すなんて!」


「.......ツキ、何本?」


「「線を入れようとするなーー!!」」


「お二人とも、お静かに! ここは病室ですよ?」


「「.......」」


 また星野をベッドに上げたツキが、胡散臭く笑った。星を失くした男が、長い指を折って星野を見る。




「さあ、星野ちゃん。星を探しにいこうか!」

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