集金者(NHK)

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集金者(NHK)

 僕はN。NHKの集金人である。

 僕はどこまでも取り立てに行かねばならない。それが職務だからだ。


 二〇二〇年、夏。科学も発達したが、夏の暑さは変わらない。

 今日は鉱山の廃墟に立てこもっているという山下というおじさんから取り立てる。

 僕のレンタカーは火を噴く。アクセルをべったりふんで、変な頭痛を追い払う。

 鉱山に上る入り口のところで待ち伏せをしていた警察に呼び止められた。曰く、自殺を未然に防ぐためとのこと。

 しかし残念、僕はNHK集金人。自殺とはまったく縁がない。


 山を登りトンネルを抜けると、そこには炭鉱の廃墟が広がっていた。

 山の斜面に張り付くように、たくさんの崩れかかった建物がある。

 看板を見ると、どうやら元々スーパーだったり、郵便局だったり小学校だったりする建物もあった。

 その中で僕が目指すのは、山の奥の方、崖に張り付くように立っている炭鉱夫たちの宿舎だ。

 この中に、僕が求める山下さんがいるという。


 建物の玄関は壊れていて開かなかった。仕方がないので建物脇の非常口から中に入った。

 床が腐っていて踏み抜きそうだし、事実踏み抜かれて穴になっているところもあった。

 勝手口から台所を抜けると、遊戯室(?)のような場所になっていて、たくさんの漫画や本が転がっていて、古びたテレビも放置されていた。床に直接麻雀パイが並べられて勝負の途中のようになっていた。一人は国士無双を上がっていた。だれかのいたずらだろうか。

 ふいに物音がした。僕はすぐに銃を構えた(NHK集金人の標準装備である)。

 しかしそこにいたのは猿と野鳥だった。

 二匹は体を向かい合わせているのだが、顔だけは僕のことをじっと見ている。

そしてしばらくするとまたお互いの顔を合わせて、見つめあっている。

 恋をしているのだろうか。このような孤独なところにいると、人間もそうかもしれないが、動物も気狂いになるのかもしれない。


 二階に上がる。一階にいなかった、そして玄関の戸は開かない、ということは、山下さんはたぶん二階で息をひそめているはずだ。

 僕は二階に上がるなり、山下さんの名を呼んだ。「山下さん、こんにちは。NHKの集金に伺いました。ご返答ください」お金を支払ってもらうのだから、あくまで丁寧に、がモットーだ。

 返事はない。仕方がないのですべての部屋をしらみつぶしに見ていくことにする。

 最初の部屋には誰もいない。へやもがらんとしているが、ただ棚の上に置いてあった日本人形の首がもがれて下に垂れ下がっているのが奇妙であった。

 次の部屋にも誰もいなかった。部屋の中はものだらけで乱雑としている。気になったのは、あるゲームの有名なキャラクターのぬいぐるみが置かれており、その腹部に大きなナイフが刺されていたことだった。

 その次の部屋にも誰もいない。この部屋は少し異常で、(タイトル部分から推測するに)エッチなビデオが山と積まれていた。一体どれだけのお金をこのビデオ購入に費やしたのだろう。

 炭鉱で働くということは、人をおかしくさせてしまうかもしれないな、と思った。そもそも山下さんだって、大昔はこの炭鉱の労働者だったそうなのだ。

 だからだろうか、NHKの視聴料金を払わないなどという悲しいことを考えるのは。みんな払っているわけだから、山下さんも払えばいいのに。それですべて丸く収まるのに。たった数千円を払えないからって、こうやって僕に追いかけられて、お互い悲しくなってしまうのではないか。

 まあ僕は改造手術で脳にチップを埋め込まれて、そのあたりの感情は希薄になっていることは確かだ。僕なんかは自分の来歴も知らないし、家族の顔も思い出せないし、だから僕みたいなのが炭鉱とかだとうまくやっていけるのかもしれないな。


 次の部屋を開けると山下さんがエッチなビデオを見ながら腹部にナイフを刺して首をつって白目をむいている最中だった。

 「山下さん!」助けなければいけない。久しぶりに感情が荒ぶる。

 僕はすぐさま山下さんの腹部に刺さってナイフをずぶりと抜いた。血が噴き出したが、構っていることはできない。それで山下さんの首を吊っている縄を切らなければならなかったのだ。

 重量に対して自由になった山下さんを助け起こすと、山下さんの下腹部が強く膨らんでいることに気付いた。最後の最後まで、死を覚悟しても山下さんのような人間はこのように滑稽に生きようとすることを忘れない。僕にはできないことだ。そもそも性欲というものがあったのかも定かではない。

 でもそれとこれとは話が別である。

 僕は意識の有無のはざまにいる山下さんに強く話しかけた。

 「山下さん! だいじょうぶですか!? 山下さん!」

 山下さんは返事をしない。血だけが流れていく。

 僕は山下さんの頬を思いっきりひっぱたいて再度呼んだ。「山下さん!」

 すると白目を剥いていた山下さんの目の位置が元に戻り、瞳孔もしっかりしてきた。

 「よかった山下さん。僕のことがわかりますか」

 「あ……、あ……」

 返事があった。意識が戻って本当によかった。

 「それでは今からお伝えしますね! あのですね! 山下さんは! NHKの視聴料金を! 三十六年と十一カ月! 支払いが滞っているんですね! それをですね! 払ってほしいんです! すぐに!」

 これを聞くと山下さんは動きを止めて、私の方を黒目だけでじろっと見つめた。

 そして言った。

 「た……たすけて……」

 「もちろんですよ山下さん! 僕だってあなたに死なれちゃ困るんだ! だから早く、料金を払ってくれるかどうかだけでも、僕に教えてください! 僕の言っていること、わかりますね! つまり払ってくれないんだったら、助けないかもしれないってことですよ!」

 すると山下さんはゆっくり手を挙げて僕を手招きした。顔を近づけろということだと感じ、僕は彼の口元に耳を近づけた。

 山下さんは口からごぽごぽと血の泡を吹きながら、小さな声で、僕にこう言ったのだ。

 「う、うち、テレビがないから……」

 「そんなわけ、ないだろーっ!」僕は出すことのできる一番大きな声を出して、集金を拒否するための一番多い言い訳を遮った。

 みんなそういうが、テレビのない家などない。南極から北極まで、ジャングルからツンドラまで、どこにだってテレビのない家などないのだ。うそだと思うなら、僕の上司に聞いてみればいい! だって、そこで痴態を繰り広げている女性は、テレビの画面の中にいるではないか!


 集金は失敗に終わった。僕はその場で請求の督促状を書くと、山下さんの死骸の上にそれを置いた。

 こういうことはよくある。


 だから僕の役目は地獄の集金人に引き継がれる。きっと山下さんは閻魔大王の前に並ぶ列の中にいるときから、地獄の集金人に督促を受け続けるだろう。そしていつか視聴料金を払うはずだ。なぜならそれが彼の義務だからだ。

 僕は建物の外に出ると、煙草を取り出しひとふかしした。まったく切なくなる仕事である。

 しかし、僕がやらねば誰がやる、という気概もある。だから仕事には責任をもって望みたい。


 次の対象者は宇宙飛行士の隅田さんだ。現在成層圏外の宇宙ステーションにいるらしい。

 まずは宇宙ロケットを手に入れるところから始めなければならない。

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