ディスラプターワールド
美玖(みぐ)
第1話 突然の告白
坂本拓也は神奈川県ナンバーワンの進学校に通う高校二年生だ。
でも彼の成績は後ろから数えた方が早い。この学校は成績によってクラス分けされるが、拓也のクラスは2–F。6クラスの最低学力のクラスだった。
実は拓也の中学までの成績はトップレベルだったが、ある事情から勉強に対する意欲を失っていたのだ。
そして、今、拓也を支えているのは、
【ディスラプターチャレンジ】、最先端のネットゲームだ。
このゲームは、スマホ、ゲーム専用機、PC、ブラウザとマルチ環境でプレイが出来、多言語バージョン、VR環境もある事から、世界で最も人気のあるネットゲームだった。
そして拓也は、クラスでもゲームオタクとして認識され友達は一人も居なかった。
その日、始業のクラスルーム前に誰もが想像もしていなかったことが起こった。拓也はいつもの様にスマホでゲームに興じていた。その為、彼女が教室に入ってきたのには気付いていなかった。
その瞬間、2–Fのクラスのザワメキが止まった。
全員が教室に入ってきた『中澤遥』に注目していた。
成績クラス分けのヒエラルキーが明確なこの学校でA組の生徒がF組に入ってくるなんてあり得ないシチュエーションだった。
それも中澤遥は、成績はトップ(基本全ての科目で満点)。テニスの県大会で準優勝する程のスポーツ万能。そして誰もが認める学校一の美少女だった。そんな彼女が突然F組に現れれば、全員の注目が集まるのは当たり前だった。
遥は教室に入ると一瞥をして、意を決して奥に歩き始めた。そして何故か拓也の机の前で止まる。
拓也は、その時初めて遥が自分の前に立っているのに気付いた。
「えっ?」拓也が見上げると、遥が大きな目で彼を見ている。
一度、止まったザワメキがまた始まる。
「何? どうして中澤さんがあの『お拓也』に用があるの……?」
そこら中で声が上がる。
遥が大きな瞳を二回瞬きすると話を始めた。
「坂本拓也君。私は中澤遥……」
彼女を見上げた拓也は(もちろん知っている……)と心の中で思っていた。
「好きです。私と付き合ってください。お願いします」そう言いながら遥が頭を下げる。
「えっ?」拓也は首を傾げた。何が何だか……?
「今日、デートしましょう。駅前のカフェで放課後待っているから。必ず来てね」
そう言うと遥はあっという間にF組を出て行った。
クラス中から叫び声が上がった。「えっー? 何で? あの、おたくと?」
その日、F組は授業にならなかった。誰もが、ずっと囁き合っていた。
そして放課後……。
拓也は学校を出ると駅前のカフェへ向かった。彼は遥の言葉に未だ混乱していたが、反対に少し楽しみだった。これは何かのゲーム? あるいはドッキリの類に違いないと彼は考えていた。そして彼女が、どの様な形でネタばれするつもりか興味があった。
カフェに到着すると、そこは物凄い人だかりだった。それも拓也の高校の制服ばかり。
遥が拓也に告白した情報は、一日で高校中を駆け巡り、みんな怖いもの? 見たさで集まって来たのだ。
「よっ、お拓也、頑張れよ!」カフェの前で声が上がる。
拓也は(全くお前ら暇だな)と思いながらカフェの中に入った。
カフェ内も同じ制服で埋め尽くされていた。
奥の席に遥が座っていて携帯で話しているのが見える。
遥は拓也に気付くと電話を切った。そして立ち上がって彼に近づいて来た。
「拓也君、ここでは話せないから、別の所に行きましょう」
そう言って、遥は拓也の右手を掴んだ。
「えっ?」と驚いている拓也の手を引きながら、彼女はカフェの外に出た。
そこに黒塗りの高級車が走ってくる。
車が停まるとドライバーが降りて来たが、遥はそれを待たずにドアを開け、拓也を後席に押し込んだ。そして自分も乗り込むとドアを閉めた。
ドライバーはそれを見て運転席に戻った。
「高山さん。それでは横浜ベイパークに向かって」
「はいお嬢様。承知致しました」
運転手はそう応えると車は走り始めた。
「すごい人だかりだったね」
遥が満面の笑みで拓也を見ながら言った。
拓也は未だ、何が起こっているのか把握しかねていたが、彼女がこの『遊び』をどう決着させるつもりなのか、正直とても興味があった。
これが彼女の本意に基づくとは『到底』考えられなかったからだ……。
「遥さん、質問して良いかな?」
遥が首を傾げながら大きな目で拓也を見た。
「遥で良いわよ。私も拓也って呼ぶから。質問って何?」
そう言いながら彼女はにっこり笑った。
(こいつ本当に可愛いよな……)その笑顔を見ながら拓也はそう思っていた。
「俺たち殆ど話したこと無いよな。確か入学式で新入生代表挨拶を二人でやった時以来だ。そして俺は最低クラスのF組だ。俺のどこが好きになったの?」
遥の大きな目が瞬きした。「ふーん」と言って意地悪そうな顔を見せる。
「それは、まだ内緒。後で教えてあげる」そう言うと遥は黙ってしまった。
車は横浜ベイパークに到着した。
遥は後席から降りると、拓也にも車から降りる様に促した。
彼女は車のトランクを開けると、中からテニスラケットを二つ取り出した。
そして、その一つを拓也に渡した。
「テニス……?」
遥がニコリと笑った。
「そう、私と勝負して」
拓也は天を見上げて首を振った。
「勝負になる訳ないだろう。君は県大会準優勝だし、俺は高校に入ってラケット握っていないし……」
遥がまた意地悪な笑顔を見せる。
「私が勝ったら、今回の告白は無かったことにしてあげる……」
拓也は首を傾げた。まったく意味が分からなかった。
自分で告っておいて、それを必ず勝つ試合で無かった事にする? 彼女は何がやりたいのか?
遥はトランクからテニスシューズを取り出した。
「はい、あなた26.5でしょ。シューズだけは履き替えましょう」
そう言って自分もテニスシューズに履き替える。
「上は制服のまま?」
「うん本当は着替えたいけど準備してなかった」
「それじゃ、6ゲーム1セットを先取した方が勝ちで良い?」
テニスコートに移動して遥が言った。
拓也は頷いた。そして思った。
(多分、俺は1ゲームも取れないけどね)
「サーブ、レシーブ、エンド、決めて良いわよ。これだけはハンデね」
拓也は溜息をついて首を振った。
「それじゃ、レシーブで。エンドはどっちでも良いや」
「ふーん、サーブじゃないんだ……。やっぱりね……」
コートを分かれて拓也は再び溜息をつきながら構えた。
テニスをやるのは本当に一年半ぶりだった。身体はすっかり鈍って……。
遥がサーブに入った。
「しかし、あいつ。どう言うつもりで……?」
遥がトスアップしている。
「仕方ないな……。久し振りに真面目にやるか……」
と拓也が言った瞬間、遥のサービスがライン際ギリギリに物凄いスピードで突き刺さった。拓也は動く事も出来なかった。予想通りのサービスエースだ。
「フィフティーン・ラブだね……」
遥が微笑みながら言った。
拓也が不満の声を上げる。
「お前、素人相手にそんな本気なサーブするなよな」
拓也のその言葉を無視して、遥がまたトスアップする。
「本当は……素人じゃ無いで……しょ!」
また同じ速さでラケットが振り降ろされる。
「あいつ、手加減を知らない……」
拓也は両目で遥が振り降ろしたラケットとボールの軌道に集中した。身体が勝手に動き、足がコートを蹴った。そして、さっきと同じコースとスピードで跳ねたボールをバックハンドで打ち返した。ボールは遥のコートに突き刺さる。
遥が目を見開いて拓也を見ている。
「フィフティーン・フィフティーンだね」拓也は言った。
遥は首を振っていた。
「やっぱりね……。でも、ここまでとは……」
遥が次のサーブに入った。
拓也がレシーブする。彼はライン際ギリギリを狙った。
しかし遥がそれに追い付いてリターンする。
「また、そんな難しい所へ」
拓也がギリギリでボールを拾う。
ボールは弧を描いて遥のコートのネット際に落ちた。
遥は既に前進していてバウンドしたボールをスマッシュした。
でも拓也はそれを予想出来ていた。
彼の想定した場所にボールが飛んでくる。拓也はそのボールをボレーした。
ボールは遥の足元に、高速で打ち込まれた……。
遥がボールを目で追いながら肩で息をしている。
遥が大きな目を見開いて、驚いた様に拓也を見つめている。
「フィフティーン・サーティだね」拓也が言った。
遥は首を大きく振ると、次のサーブを止めて拓也のコートに向って来た。
「えっ? まだ1ゲームも終わってないよ」
拓也が疑問の声を上げると遥が言った。
「もう良いの。あなたがやっぱり私の思っていた通りの人だと確認できたから……。告白もこのままね」
「えっ? それはどう言う意味?」
それには遥は答えなかった。
「場所を変えましょう。お互い疑問を解かなくちゃいけないから……」
そう言うと遥はテニスコートを出て駐車場へ戻り始めた。
拓也もそれに続く。
車の横でシューズを履き替え、遥に続いて後席に乗り込んだ。
「高山さん。インターコンチネンタルホテルにお願い」
「はい、お嬢様」
車は横浜ベイパークを離れ走り始めた。
「ホテルに行くの?」拓也が聞く。
「そうよ、ここでも自宅でも話せない事があるの……」
そう言うと遥はまた黙り込んでしまった。
横浜のインターコンチネンタルの車寄せに到着するとホテルのベルボーイが後席のドアを開けてくれる。
「これは中澤様、いらっしゃいませ」
遥を見たベルボーイがそう挨拶する。彼女はここの常連の様だ。
拓也は遥に続いて車を降りる。
遥は二階に上がるエスカレータに乗り、二階のフロントでチェックインをしている。
その後、コンシェルジュの女性が遥と拓也を案内してくれた。
エレベータに乗り二九階に上がる。
2901のドアを開けると、そこは広大なリビングとベットルームで構成されたロイヤルスイートだった。
リビングの窓から横浜湾の素晴らしい眺望が広がっている。
「それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
そう言って、コンシェルジュは部屋を出て行った。
「ホテルの部屋だから、イヤらしいこと考えたでしょう?」
遥は意地悪そうな顔で拓也に問いかける。
「えっ?」
「まあ秘密の話をするには密室が必要だから……」
「コーヒー飲む? カフェでも飲めなかったよね」
「あぁ、ありがとう」
拓也がそう言うと、遥は慣れた手つきでコーヒーマシンを操作してコーヒーを淹れ始めた。
「突っ立てないでソファに座ったら?」
遥にそう言われ拓也はソファに腰を降ろした。
「はい、どうぞ」
遥がテーブルに拓也の分のコーヒーカップを置いた。
そして自分のコーヒーカップを手に持ったまま拓也の向かいのソファに腰を降ろす。
拓也は湧き上がって来ている沢山の疑問を早く解いて欲しかった。
「遥、そろそろ種明かしをしてくれるかい? 俺、何がなんだか……」
遥はコーヒーをゆっくり飲むと、テーブルにカップを置いた。
そして、ゆっくりと話始めた。
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