World End Girlfriend

乃木ヨシロー

前震

「歴史を知ってるか?小僧」ガキはよく群れて肝試しをしたがる。昔からそうだ。「おもしろ半分で来る所じゃねェぞ?」

 老人はカタコトの英語で、いつもと同じことを言う。ドスをきかせた声で、そう静かに言って睨みつければ、大抵の連中は不気味さと恐怖で逃げ出すからだ。ほとんどの子供はここの住人に見つかっただけでそそくさと逃げてしまうが、中には発煙筒を投げ込んできたり、電動銃なんかを持ち出してきて住人を撃ったものが勝ち、なんて遊びをしている輩もいる。老人はそういう連中には、たとえ相手が子供でも優しくはない。

 隠れていた二人の仲間には大昔の軍用品の払い下げであるロープ・ガンを打ち込んだ。銃口から飛び出たゴム製の弾丸が標的の近くで二つに割れ、中から飛び出た縄が蜘蛛の巣状に開き、相手に当たったかと思うと絡み付いて両手両足の自由を奪う。弾が命中した少年二人は勢いよく地面に倒れ込み、受け身もとれないまま二回転半転がった。そうして動けなくしておき、戸惑うリーダー格の少年に対しても、足首に着けたホルダーから取り出した小銃を向け、威嚇しながら袋小路に追い詰めた。じわじわと距離を縮め、ふん捕まえて喉笛を鷲掴みする。か細い首だ。十五歳にも満たないだろう。老人は銃口をだんだんと相手の眉間に近づけていった。少年は目を剥き、戦慄する。

「なんにも知らないのに、遊びに使っちゃだめだ」と、顔を歪めて凄んでみせた。このときの彼の目にはどうにも哀しさが漂っている。捕まえられた子供はまるで金縛りにでもあったかのような状態だ。逃げようと思えば逃げられるものの、体が言うことをきかない。考えが巡るのか、何も考えられないのか。

 こういうガキどもは野放しにすると癖になる。彼らはその若さ故に歯止めが利かない。彼らの判断基準は至って単純だ。彼らが今までに身につけてきた偏見のみによるもので、つまりは無邪気さゆえの残酷さ、若さゆえの無知と無鉄砲さ。一度、見せしめの意味も込めて身をもって分からせてやらないと何度でも繰り返すだろう。折檻の必要がある。老人は怯える少年の瞳に、親心にも似た厳しさを注いだ。さて、どうしたものか。

 老人が少年の処遇に考えを倦ねていると、すぐ近くのバラックの幕が開いて、中からもうひとり男が出てきた。顔が髭まみれで、目と鼻以外はほとんど顔のパーツがわからない。この男がよたよたと近づいてきて、それに気付いた老人は少年の喉を圧迫していた手を離し、銃を持った手をだらんと降ろした。

「なんだ、居たのか…」と独り言のように呟いた。

 その隙を逃さずに、嘔吐き、咳き込みながら一目散に走って逃げていく子供達。その姿が完全に見えなくなると、老人は武器をしまい込んで溜め息をついた。

「大人気ないよ」と髭の男が言った。笑っている。

「ガキは嫌いなんだよ」

「第一、歴史なんてさ…」手に持っていた吸いかけのタバコを渡そうとする仕草。男は受け取って吸う。煙を吸い込んだら、肺で止めてしばらく待つ。

「ふん…」大きく吐き出して、返す。

「いつもそんな事、言うね」髭の老人は笑う。

「歳だからな…」

 歴史。子供はそんな言葉は知らない。そんなものは誰からも教わらないからだ。

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