第2章 ルーラル伯爵の孫娘
第18話 おめでとうさん
それから2ヶ月余りが過ぎた12月12日。アレンの兄エルネストが16歳になり、サアラとの結婚式を迎えた。
アレン 「ご結婚おめでとうございます、エルネスト兄さん」
ジナン 「おめでとうさん」
エルネスト 「ありがとう、2人とも」
ジナン 「長男は大変だな。いくら16歳になれば結婚できるとはいえ、16歳になったその日に結婚とは。学校に行ってる連中なら20過ぎまで結婚しないことも多いってのに」
エルネスト 「貴族に限らず、この世界ではよくあることらしいよ。『相手が決まっているんだから先延ばしにする理由がない』っていうのは筋が通ってるよ。ジナンも
ジナン 「まったく、
アレン 「あの、僕には許嫁はいないんですか?」
ジナン 「いないはずだぞ。おやじの立場で考えると、お前は将来どのくらい価値が出るか分かんないからな。あんまり早く結婚させちまうと、後でもっと良い相手が見つかって後悔するかもしれん。
この帝国では一夫多妻が慣習として認められているが、そうは言っても、たとえば男爵家の娘を正妻に迎えておいて、公爵家の令嬢を側室扱いってわけにはいかない」
「そもそも側室や愛人を作るつもりはありませんし……」
「といって、お前の株が上がるたびに婚約を破棄したり、正妻を
だから、少なくともお前が魔道学園を出るまでは、結婚相手は決まらないはずだ」
「親に結婚を強制される政略結婚は人権侵害であり良くないですが、もし許嫁がいるならお会いしてみたかったです。親が決めた相手でも、会えば好きになれたかもしれませんし」
「たしかに許嫁って響きにはロマンがあるが、魅力的な人間とは限らないし、馬が合わない相手と強制的にそういう仲になるのはしんどいぞ」
「ジナン兄さんの許嫁は、どんな方なんですか?」
「さあ? 会ったことねぇから、名前も忘れちまったよ」
「ずいぶんドライですね」
「そりゃな。親同士が話を進めてるのに当人同士が今まで会ってないってことは、十中八九、実際に会っちまったら先方か俺のどっちかが反発すると思われてるってことだ。
だが、どっちにどんな問題があっても、俺はおやじが決めた相手と結婚せにゃならん。
おやじに言わせれば、俺の使い道はそれくらいなんだろうからな」
「……それはしんどいですね」
エルネスト 「ジナンの苦労も分かるけど、私たち男性の苦労なんて、女性のそれに比べればまだマシだよ。
サアラなんて、この後何十年もある残りの人生を、勝手が分からない他人の家で過ごさなければならない」
アレン 「そうですね。エルネスト兄さんとサアラさんは相思相愛ですけど、それでも義理の家族との同居を強制されるのはしんどいですよね。
さっきは『許嫁がいたら』なんて軽く言っちゃいましたけど、相手のことを考えない身勝手な発言でした。やっぱり結婚相手や結婚生活は本人の意思が尊重されなきゃダメですね」
エルネスト 「うん。サアラにはこれから、寂しい思いをさせたり、苦労をかけたりすることになるだろう。だが、私は彼女の屈託のない笑顔が好きだ。彼女がつらい思いをしたとき、私はそのつらさを
サアラ 「まあ、エルネスト! そういうことは面と向かって言ってよ!」
アレン 「あ、サアラさん……いえ、今日からサアラ義姉さんですね。この度はおめでとうございます」
ジナン 「おめでとうさん」
アレン 「ジナン兄さんって、義姉さんにも敬語を使わないんですね。……まさかとは思いますが、目上の男性には敬語を使うのに、女性だと誰にも敬語を使わないパターンですか?」
ジナン 「バカにするな。俺はただ、誰に対しても敬語が使えない13歳児ってだけだ」
アレン 「それ、貴族としては致命的ですよ」
サアラ 「2人ともありがとう。たくさんの人たちに祝福してもらえて、私はとっても幸せよ。ずっとこんな日が続いてほしいわ」
エルネスト 「毎日パーティを開くことはできないけど、君が前向きな日々を送れるように尽力するよ」
サアラ 「ありがとう。私もパートナーとして、努力を惜しまないわ。ところで、アレンに聞きたいんだけど、ローリィ・ハンバート氏がアレンのために推薦状を書いたって本当?」
「ええ、本当です。(エルネスト兄さんに聞いたのかな)」
「じゃあ、あなたが4系統の魔法を使えるっていうのも本当なの?」
「木魔法は本当に少し使えるだけですが、
あれ? でも、そういう話は魔力測定の直後に父が大々的に吹聴してましたよね?」
「『全系統の魔法に適性がある』って話?
こう言っちゃなんだけど、田舎の貧乏貴族がそんなこと言っても、観光資源に困った自治体の町長が山でツチノコを見たって言い始めた程度のインパクトしかないわよ。
噂を広めた後で『誤解を
「ごもっともです」
「でも、ハンバート氏のお
「サアラ義姉さんはローリィ先生のこと、よくご存じなんですね」
「私だって今日から次期男爵の奥さんだもの、姉や女友達と家庭教師の話くらいするわよ。特にハンバート氏なんて、知る人ぞ知る実力派の魔道士だし。
そんなことより、アレン、彼女に推薦状を書いてもらったってことは、ウェストヒルズ魔道学園への入学を目指すの?」
「あー、何と申し上げたら良いか……。僕の希望以前に、先立つものが必要ですし」
「あら、魔道学園の学費ってそんなに高いの?」
「父は1人分なら準備してくれたそうですが、僕たち2人ともとなると……」
ジナン 「おい、アレン、あんまりべらべらしゃべるな」
アレン 「ジナン兄さん、何かまずいんですか?」
サアラ 「『2人とも』? ってことは、ジナンがアレンと一緒に?」
アレン 「ええ、2人して猛勉強中です」
サアラ 「あンらぁぁ~~! すぅぅっごいじゃなぁぁい! 『魔法が使えないよぉぉ』って大泣きしてたジナンが、魔道学園の受験を考えるところまで成長するなんて!」
ジナン 「何年前の話だよ」
アレン 「そんなことありましたね」
ジナン 「アレン、面白がって調子を合わせるな。お前はまだ4歳だったんだから、覚えてないのは分かってるぞ」
アレン 「いえ、(僕はこの世界に転生した時点で中身が成人済みだったので、)しっかり覚えてますよ。
当時のジナン兄さんが夜1人でトイレに行きたくなくて僕を起こしていたことも、メイドのハートマンさんの気を引こうと
ジナン 「あ゛ーっ、も゛う゛! アレン、お前は昔からそういうとこあるぞっ!」
サアラ 「そう言えばそんな癖あったわねぇ。あの頃のジナンは可愛くて、私がエルネストに会いに来るといつも――」
ジナン 「何なんだよ! 兄貴の結婚披露宴なのに、なんで俺のガキの頃で盛り上がってんだよ!」
アレン 「いや、思春期真っ盛りのジナン兄さんは、むしろ今から恥ずかしい経験を積み上げていくんですけどね」
ジナン 「うっせぇよ」
アレン 「あれ? そこは『うっせぇわ』じゃ……?」
ジナン 「二番煎じのパロディはみんな見飽きてるだろ」
サアラ 「魔道学園に行ったら周りは同年代ばかりでしょうから、中二病で敵の多いジナンにも同好の士が見つかるわよ」
ジナン 「お前もうっせぇぞ、サア子」
アレン 「『サア子』って女子高生のあだ名みたいですね。――それにしても、友達かぁ。学園生活の
サアラ 「魔道学園は無理だけど、私も学校に行ってみたいわ」
エルネスト 「残念だけど、サアラ、私は今の内から父の仕事を覚える必要があり、この地を離れられない。夫として、妻の君だけ都会に送り出すというわけには……」
サアラ 「べ、別に本気じゃないわよ。現実的に考えたら、住居や生活費の問題だってあるし」
アレン 「そうなんですよ。もし僕たちが魔道学園の入学を認められたとしても、そのとき住居をどうするか、まだ目途が立ってないんです。僕は、裏通りの安い下宿でも構わないと言ったのですが――」
サアラ 「それはダメよ、アレン。男爵家の子息であるあなたたちが庶民の下宿に住むなんて、お義父様やエルネストの顔に
アレン 「ええ、父にも同じことを言われました。もし学園に寮があれば、こんなことで悩まずに済むんですが……」
サアラ 「そんなに困っているなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。困ったときはお互い様よ。あそこにほら、私の姉がいるけど、私以上に顔が広いから、ちょうどいい後見人を見つけてくれるかもしれないわ」
アレン 「本当ですか? ありがとうございます」
ジナン 「待て、サア子。おい、アレンッ……!」
アレン 「そんな怖い顔してどうしたんですか、ジナン兄さん?」
ジナン 「あんまり軽々しく俺たちの事情を話すな。
サアラ 「ジナンはきっと、魔道学園を受験するって知られた後で落ちちゃったら恥をかくって心配してるのよ。挑むだけで立派なんだから、自信持ちなさい! 私、行ってくるわね!」
ジナン 「おい、サア子! ――行っちまった」
アレン 「ジナン兄さんは何を気にしているんですか? サアラ義姉さんは善い方ですよ?」
ジナン 「そのサア子が、『困ったときはお互い様』って言ったろ? つまり、そういうことだよ」
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