第8話 ひでぇ話
ローリィ 「話を戻すと、魔法を向上させる上で重要なのは、術式が良くなってからもなお基礎的な魔法をくり返すことなの。当然、術式をゼロから組み上げるのは大変だし、本だけを頼りにしていたんじゃ魔法を使うこと自体に苦労することになるんだけど、幸いにして先人たちが近道を見つけてくれたわ」
アレン 「魔法補助ですね。すでにその魔法を習得している人が、まだその魔法を使ったことがない人や使い慣れていない人に触れることで、術式の一部を共有して、魔法の使用を助ける技術だと聞いています」
ローリィ 「
アレン 「僕も魔力測定の後に何名かの魔道士のもとに通って魔法補助を受けましたが、ミラー先生とフレアさん――この城お抱えの火魔道士の
ジナン 「『何の成果も得られませんでした』とか言うな。ちょっとは俺のメンタルを
ローリィ 「魔法補助の上手い魔道士はお金のある所にどんどん引き抜かれていくから、言っちゃ悪いけど、田舎に残ってる人は魔法補助がそこまで上手くない傾向にあるわね。
人口が少なくて交通が不便だと、自分と相性の良い魔道士を見つけるのも難しいから、田舎の子供が才能を伸ばせずにいるケースは都会より多いと言われているわ」
アレン 「魔法を使えれば生活が豊かになるかもしれないのに、貧しい田舎の子供ほど才能を伸ばせないって、結構大問題じゃないですか?」
ローリィ 「まあね。でも、そもそも魔法補助だけじゃ精度の高い魔法にはならないし、庶民の子供は日々の家事や仕事で忙しいから、何日も魔法補助を受けている余裕はないのよ」
アレン 「いくら庶民でも、そんなに働き詰めなんですか?」
ローリィ 「みんなが馬を持っているわけじゃないし、持っていても、この世界の労働は体力勝負だからね。楽をしたい大人たちが、弱い立場の子供たちをこき使うの」
ジナン 「ひでぇ話」
アレン 「まったくです。児童労働の強制をやめて、きちんと教育を受けさせた方が、社会全体が豊かになるに違いないのに……」
ローリィ 「そうね。でも、そのためには前もって自然や魔獣の脅威を
ジナン 「難しいな」
アレン 「何言ってんですか、ただ王侯が既得権益にすがってるだけですよ。そのせいで社会全体が貧しくなってるんです」
ローリィ 「魔法補助に話を戻すと、あまりコスパが良くない面もあるのよ。
でも、残念ながら大抵の親御さんは、火が点くならもうそれでいい、そこから先の訓練なんて労働力と時間をドブに捨てるみたいなものだ、って思うみたいよ」
アレン 「ゲームみたいに都合良く思えた魔法にも、地道な努力が必要で、才能以外の制約も多いんですね」
ローリィ 「そういうことね。でも、才能がなければそもそも努力のしようがないし、才能さえあれば、庶民出身であっても貴族の養子になって英才教育を受けられることもある。そういった意味では才能があるに越したことはないわ。だから、アレンくんには自分が稀有な才能を持っていることを自覚しておいてほしいの。
もしかすると、あなたのような優秀すぎる子供に、安易に魔法を教えるべきじゃないかもしれないわ。あなたの魔法が強力になりすぎれば、この国の社会制度や国際情勢を
「え、さすがにそれは持ち上げすぎじゃないですか?」
「こんなときばかり無邪気な子供のふりしてもダメよ。あなたの中身は成人男性なんだから、ちゃんと考えなさい」
「あの、一応、僕自身以外は誰もその設定を知らないことになってるんですが……」
「この帝国は封建制で貴族の自治に王宮が過剰な干渉をしない方針だから、魔力測定の結果を王宮に届け出る義務はないし、男爵以上の貴族間での養子縁組が禁じられていて、あなたもこの片田舎で伸び伸び過ごせているけど、その内そうも言っていられなくなるでしょう。
たとえるなら、軍隊の武器が青銅製のものに限られる世界で、1人だけマシンガンを持っているようなものよ。
本来、そんな不穏分子を見つけた大人がとるべき行動は、王宮に通報して処遇を検討してもらうか、社会の脅威になる前に
「ちょっと、先生、話がずいぶん物騒な方向に行っていますよ?」
「でもね、私は『出る杭は打たれる』って言葉が大っ嫌いなの。未来ある子供たちには大人の都合なんて気にせずのびのび育ってほしいし、才能とやる気があるなら精一杯伸ばしたい。鳥が空を飛び、魚が川を泳ぐように、人間だってもっと自由に生きていいはずなのよ。だから、親鳥がひなに飛び方を教えるように、あなたたちが自由に生きるための術を教えてあげる」
「素敵な教育観ですね。(こう言っておかないと『処分』されかねない)」
「私が使えるのは火魔法と水魔法だから、まずはその魔法補助をするわね。エルネストくん、私が土魔法を使えないせいであなたには魔法補助をしてあげられないけど、あなたの役に立ちそうな本を持ってきているから、それを読解していきましょう」
エルネスト 「ありがとうございます、ハンバート先生」
ローリィ 「ジナンくん、こっちに来て。まずは『着火』の訓練よ」
ジナン 「おい、それはさっきやっただろ!」
ローリィ 「私は基礎練習を徹底する主義だって言ったでしょ。『着火』はいちばん基礎的な火魔法よ。それに、ただ魔力に任せて火を点けるんじゃなく、術式を効率化するのが目的なの。そのために、気負わなくても成功できる魔法から始めるのよ。さあ、これを」
ジナンが再び枝を手にすると、ローリィが背後に回って、両肩に手を置いた。もちろん、魔法補助をするときはこうする必要があるのだが、傍から見ると男女の子供がおままごとを始めたような構図だった。
「私からあなたへの魔法補助はこれが最初の1回目だから、派手な成果を出そうなんて考えちゃダメよ。肩の力を抜いて。術式を作るとき揺らぎを感じるはずだから、良いポイントを探すのよ。呪文はいつもより少しゆっくり唱えて」
「お、おう……。じゃあ、行くぞ。『輝ける神の哀れみに、卑小なる者、身を焦がすべし! その身を捧げよ、罪深き者! 燃え上がれ、煉獄の
ジナンが先ほどと同じ呪文を唱え終えると、枝の先端から火が勢いよく吹き上がり、数秒で約30cmを燃やして、ジナンの手元まで炭にした。
ジナン 「うわっ!」
エルネスト 「やったな、ジナン!」
アレン 「これは、目覚ましい進歩ですね」
ローリィ 「1回でここまで変わるなんて……。ジナンくん、あなたは私が教えた他のどんな子よりも伸びるかもしれないわ」
ジナン 「マ、マジか、ロリ子!? ……いや、違うぞ、アレン! 俺は1人でも魔法を上達させられるんだ。させられるんだけど、それだとロリ子の仕事がなくなっちまうだろうから、一応補助を受けてやる! 勘違いするなよ! 別に、アレンに負かされてガラスのハートが粉々になっていたとか、自分にまだ伸びしろがあると分かって嬉しいとかじゃないんだからな!」
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