10話:リズと名乗る少女

「わぁぁぁあ!!温泉だぁぁ!!メイロちゃん早く早く〜!」

「走らない騒がない、、あぁ…転ばない…」


こけた。


リヒテンの温泉街は約500年の歴史を誇る由緒正しい観光名所だ。王国南東のオストリア地域侵攻の要となっていたリヒテンは500年前最前線であり、多くの負傷兵が出た。そんな彼らの傷を癒したのが火山帯リヒテンの温泉。ここの湯を浴びると瞬く間に傷が治ったり、力が湧いてきたりと様々な効用があるらしく、回復魔法使いも驚きの効果を発揮するらしい。戦線が押し上げられ、オストリア地方が王国に従属した現在も温泉街は多くの観光客でにぎわい、王国でも有数の有名療養地となっている。



〜脱衣所にて〜



「んっ、よいしょ……ふぅ……」

「…………」

「んっ、っと。あれ?メイロちゃんなんでそっち向いてるの?」

「な、なんでもないわ……」


(コノハの着替えを直視するわけにはいかないわ……うぅ、この湧き上がる気持ちは何かしら?)


木葉が丁寧にホックを外し、その膨よかな胸があらわになる。陶器のように白いその肌は、シミひとつない綺麗な肌。そんな木葉の体に、周りの女性たちも目を奪われていた。


「メイロちゃん?」

「ちゃ、ちゃんとタオルで隠しなさい。同性であろうと、恥じらいは忘るるべからずよ」

「え、うん。おぉ〜メイロちゃん綺麗な肌してるね〜!ぷにっと」

「ひゃぁぁあっ!!」


可愛らしい叫び声をあげるメイロ。その顔は、やってしまった……という表情だ。


「………」

「………」

「……ふふっ」

「な!?わ、忘れなさい!」

「えへへ、メイロちゃん顔真っ赤♪」

「忘れなさい!うぅ……」


赤面するメイロの手を取る木葉。早く温泉に浸かりたくてたまらないらしい。


「でも脱衣カゴまであるのは驚いたなぁ。結構近代的というか…」

「見世物や喜劇の張り紙までされているのね。リヒテンはやはり進んでいるわ」

「よし、入ろっか!」

「まずは身体を洗ってからよ?」


横開きの扉を開けると、中の湯気が身体を湿らせていく。木葉はまずシャワーで身体を洗ってから、頭にシャンプーをつけ始めた。長旅で疲れた身体を爽やかなミントの香りが癒していく。


(あら、ここのシャンプー面白い効能があるのね。人を惹きつける匂い……幻惑魔法の一種かしら?)


メイロも丁寧な手つきで細い身体を洗っていく。メイロも木葉同様、周囲の目を惹くほどの美少女である。クールかつミステリアスな雰囲気がさらにその美しさを引き立てており、2人の百合はかなり絵になる。うん、貧乳はステータスだったりする。


「メイロちゃん、背中洗ってあげるね!」

「………へ?」


木葉がいつのまにかメイロの後ろに立ち、タオルを片手に楽しそうな顔をしていた。火照った木葉の身体に思わず生唾を飲んで、ゴクリという音が鳴ってしまった。浴場の喧騒にかき消されて聞こえてなかった、良かった良かった。


「じゃぁ、お願いするわ」

「まかせて!」


木葉はその手に持つ白いタオルに石鹸を擦り付け、泡立てていく。そしてメイロの肌を傷めないよう、ゆっくり丁寧にタオルを当てていった。


「痒いとこはないですか〜?」

「ない、わ。上手いわね…」

「わっ、褒められた。私背中流すの得意なんだ〜」

「誰かにやったことがあるの?」

「昔よくお姉ちゃんに、かな」

「そう……ん、そこ、イイわね」


あれ、若干意味深な会話になってるような。


「あとはお湯で流して、ハイ終わり!髪はもう洗っちゃったかな?」

「まだだけど……髪もやるのかしら?」

「だめかな?」

「構わないけど…」

「やったー!!」


今度はシャンプーを手に取り、メイロの髪に馴染ませていく。メイロの髪はサラサラで、絹のように触り心地が良い。


「メイロちゃんの髪綺麗だね」

「コノハのも綺麗よ。ふわふわしてて気持ちいいわ」

「えへへ、ありがと♪はい、終わり!」

「どうも。さて、入りましょうか」




「ふぅ………生き返るよ〜」

「ジジくさいわね……でも、気持ちいいわ」


湯船に肩まで浸かるメイロ、口でぶくぶくしている木葉。ここのお湯は飲んでも効果があるらしいが……。


「露天風呂はやっぱり景色が最高だと良いよね〜!あれ、なんて山なのかな?」

「アルペス山脈のカジリス山ね。リヒテンを天然の要害と言わしめる要因の1つよ。オストリアの軍隊は、あの山を越えてこちらに攻めるのにたいそう苦労したらしいわ」


木葉の指差す方角には雪に覆われた山脈が見える。まさしく絶景だ。


「あの向こうに砂漠地帯があるんだよね。なんか気候とマッチしてないような…」

「その地域だけ異常気象が発生しているのよ。ボロディン砂漠は初代魔王誕生の弊害で生まれたと聞いているわ。あのくそ骸骨の所為ってことよ…」

「面白いんだね〜!んぐ…このお湯美味しい…」

「飲む用なら売ってるからここで飲まないの。垢とか浮いてる……ってわけでもないのね」

「新鮮なお湯がどんどん湧いてきてるね〜。となりのお風呂行ってみよっか」


ざぱっとお湯から上がって移動する。隣はなんだかボコボコ泡の出るお風呂のようだ。ちょっと足先をお湯に浸けて……


「熱っ!!」

「ちょ、ちょっと何してるのよ!」


よろける木葉をメイロが抱きとめる。メイロの胸が木葉の背中に密着し、木葉は少し赤くなった。


「んっ……ご、ごめん」

「なんで赤面してるのよ」

「や、その……えと」

「気をつけなさい。転んだら危ないんだから」


クールにメイロが言う。その姿に思わずドキッとしてしまう木葉。急に色々恥ずかしくなって、胸をタオルで隠す。


「うぅ……なんか変な気分」

「何か言ったかしら?」

「な、なんでもない なんでもない!ゆっくり入ろっか」

「そうね」


つま先からゆっくりとお湯に浸けて慣らし、次第に身体を沈めていく。慣れてくるとこの熱さもなかなか良いもので、湧き上がる水泡が心地よい。


「ん〜!凄いね、これ!」

「こら、あまり腕を伸ばさない」

「リラックス、リラックス……?」


木葉が腕を伸ばすと、何やら柔らかい感触がその手に残った。ゆっくりと横を見ると…


「とっても眼福なやり取りだったね〜。女の子同士は尊いんさ〜」


おっぱいがあった。



……


…………


……………………


木葉の隣で湯に浸かっていたおっぱい……もとい少女。長い桃色の髪に、トルマリンがはめ込まれたかのように美しい桃色の瞳。端正な顔立ち、長い睫毛と穏やかな表情。そして大きなおっぱい…。


「あ〜、いきなり話しかけちゃってごめんね〜」


間延びしたトーンで話す美少女。そう、木葉やメイロにも劣らないかなりの美少女だ。こうして美少女インフレが始まるのである。


「あ、えと、その、ごめんなさい!気づかなくて…」

「全然いいんよ〜。僕もぼぉ〜っとしてたからね〜。ぼぉ〜………zzz」

「寝ちゃった!?なんで!?」

「なんなのかしら、この人……」


ご丁寧に鼻提灯まで出している。あとzzzが飛んでいる。ここまであからさまな睡眠描写が出ているぜ。


「お、起きて!お風呂で寝たらやばいんだよ!」

「コノハ、それは1人の時と酒を飲んだ時よ」

「ん〜、、蟹が浮いてる〜」

「え!?どこどこ!?」

「コノハ……」


桃色美少女の寝言に反応する木葉。何故か立ち上がって空を探し始めたので、仕方なくメイロが揺すって起こすことにする。


「あ、朝かな〜?おはよう………おやすみ」

「永久におやすみしたいなら止めないけど、流石に目の前でそれをやられて欲しくないから起きなさい」

「あ、起こしてくれたんだね〜ありがとう♪また溺死しかけちゃうところだったよ〜」

「うわ……既に経験済み」


幸せそうな笑みを浮かべる桃髪少女。肌も白くモチモチで、『幸せ』を全身で表したかのような少女だ。


「君たちも観光か何かかな〜?」

「まぁ、そんなところかしらね。私はメイロ。こっちの蟹馬鹿はヒカリよ」

「ひ、ヒカリだよ!蟹馬鹿って、蟹なのか馬なのか鹿なのかわかんないね♪」

「お〜それな〜!だよ〜」

「くっ、この人そっち側なのね……」


さっそく桃髪少女と木葉が意気投合し始めた。


「貴方の名前は??」

「…………んーっとね。僕は……ろ…………リズ。リズ・ヴィートルートだよ〜。リズって呼んでね〜」

「………そっか。うん、宜しくね!リズちゃん!」


にっこりと笑う少女。しかし、木葉は彼女に違和感を覚えた。


(誤魔化し笑い…………それに多分だけど……偽名、だよね?)


自らをヒカリと名乗る木葉があれこれ言うことではないが、おそらくリズと名乗る少女もなんらかの事情を抱えているのだと察する。作り笑いに関して言えば木葉はプロだ。それこそ、花蓮や樹咲でさえ木葉の悩みを見抜くことはできなかったのだから。


「宜しく、リズ。リズは冒険者……よね?」

「うん、白月級だけどね……。でも僕こう見えて強いんよ〜?そういうヒカリんとめーちゃんは、翠月級!?すごいね〜」

「ヒカリん?」

「めーちゃん?いや、辞めなさいその変な名前」

「えぇ〜とってもセンスある名前だと思うんだけどな〜」

「無いわ、センスのカケラもないわ。何よその羊みたいな名前」

「もう決定事項なんさ〜。一度決めたら僕は止まらないんだぜ〜」

「もう訳がわからないわ…」

「なんか面白い子だね!ん、もしかして年上だったり……」

「15歳だよ〜。ヒカリんたちは?」

「同い年だ!!わーい!!」

「くっ……同い年で何を食べたらそんなに育つのよ…」


メイロの目線はリズの大きな果実に向いていた。もぎもぎフルーツ、もぎもぎしたらもぐもぐしかねない目力である。


「ここのお湯を飲んだら大きくなるかもね〜。美味しいよね〜」

「わかる!なんか身体がポカポカするの!」

「おお〜この味の良さがわかるか同志よ〜」

「わかるぜ、同志よ!」

「うわぁ、何この茶番…」


ノリノリである。


「リズちゃん面白いよ!いぇーい!」

「ヒカリんも負けてないんだぜ〜いぇーい!」


出会ってすぐさまベストマッチしている。木葉が元々人懐っこいというのもあるが、リズもリズでそのほんわかしたオーラは人を惹きつけるものがあるらしい。


「ねぇリズちゃん!お風呂上がったら一緒にご飯どうかな?あ、連れの人とかがいるなら断ってもいいんだけど」

「な!?貴方!このおっぱいと!?」

「酷いんよ〜めーちゃん。ううん、連れの人なんていないから、ぜひご一緒させてもらいたいんよ〜」


連れの人…と聞いた時、少しリズが暗い顔をしたのを木葉は見逃さない。心の機微に敏感なことは木葉の長所と言っていいだろう。


(嘘……だね。喧嘩でもしたのかな?)


「よ〜し、僕今夜は語っちゃうんだぜ〜」

「おぉー!いいねー!」

「はぁ、ボケ要員が増えやがったわ」


夕日の沈むアルペス山脈を眺める3人の美少女。それぞれの思いを胸に秘めて、乙女たちの語らいが始まる。

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