8話:旅立ち
若干木葉が大人の階段登りかけた昨日から夜が明けて翌日。この夜のことはまぁ後々語るとして、2人は指を絡ませて仲よさそうに眠っていた。ゆるい百合と言ったところである。
さて2人の仲が深まった一方、ラクルゼーロのギルド会館は暗い雰囲気に包まれていた。フォレストに起こされて朝食を食べ、トゥリーに髪をいじられコーディネートされ、ギルドホールに向かったのが10時頃。普段ならこの時間から酒を飲む冒険者たちがいるのだが、今日は誰一人として酒を飲んでいない。
ギルドホールに出ると、多くの冒険者たちがどよめいた。ゴブリン王を始め、500近いゴブリンを屠った2人の少女。それを一目見ようと集まった者もいる。
「何この見世物気分」
「あはは、なんかすごい視線…」
「コノハちゃんは渡さないわー!!」
「トゥリー少し黙っててほしいわね」
メイロたちはまず受付に行って、報酬を貰おうとする。
「私とコノハ合わせてゴブリン討伐数536体……まぁツノは全部は持って帰ってきてないから持って帰った分の231体ね。銀貨1155枚を金貨11枚と銀貨55枚に換算してもらえるかしら?」
「え、えぇ。ですが、ゴブリン王討伐分は……金貨1枚となっております。どうぞ」
「じゃあ金貨12枚と銀貨50枚。たったこれだけでこんなに稼げるとかなんというボロい商売……」
「あはは、うん、それでこれを……」
木葉はその袋をそのままシドに渡した。
「なんだ、こりゃ?」
「復興支援金です。遺族の方々への手当てや壊滅した村々への復興資金として当ててください。ちょっと少ないですけど……」
「受け取れってか?嬢ちゃんらの功績なのに?受け取れねぇよ、流石に」
「受け取ってください。これくらいしか、私は償えないですから……」
「悪いのは俺だ。俺の判断ミスが、200人以上の冒険者を危険に晒し、50人近い死者を出しちまった。そのことで自分を責めるのは間違ってるぜ?嬢ちゃん」
「それでも!!………私が、償いたいんです」
シドは困ったように頭を掻いた。フォレストがメイロに尋ねる。
「いいのかい?」
「構わないわ。その代わり、別枠の報酬をきっちり貰うつもりよ」
「別枠の報酬?」
「タグカラーの上位化」
「っ!!」
そう、これは木葉やメイロが白月級だったが故に起こってしまったことだ。白月級でレベルが高くとも、それは信用するに値しない。
「私のレベルは80。コノハのレベルは87。私達に足りないのは経験ではなく、権力。王国のギルド連合組合は7将軍管轄だけど、タグカラーの上位化条件は規定の枠を大幅に遅れ外れていなければ、各ギルド管理者の匙加減に任せているはずよ。まぁ、当然ゴミ屑を金月級にしたら打ち首確定だから、あくまで規定の枠を外れることはできないけれど」
「お嬢ちゃんたちならなんの問題もない。王国内部でもトップクラスの実力者だ。そこは保障しよう」
「倒したのは所詮ゴブリンよ。レベルの上下があろうと、種族としては最低クラスね」
メイロが淡々と話を進める。
「私は細工しろとは言わないわ。頼みたいのは次に向かう中立都市:リヒテンのギルド会館に私たちを紹介することよ。あそこはかなり大手のギルド会館だから、さまざまな融通が利くと聞いているわ」
「そうかい。だが今回のゴブリン分のタグカラー上位化は成すことができる」
「それは頼むわ」
こうして木葉たちは、異例の4階級特進で翠月級の冒険者となった。思ったよりゴブリン王討伐はでかい功績だったのだ。加えて、黒猿の討伐分、トゥリーたちの奪還らも彼女らの功績として組み込んだ結果、規定上でここまで上位化されたのだ。全く法の枠を外れてはいないのでご安心を。
「それから、私たちに関する情報をなるべく少なめにして登録して欲しい」
「そいつぁはなぜだ?」
「なんでもよ……突如現れた謎の最強、みたいな感じでやってくつもりだから情報は少ない方がいいでしょう?」
「はぁ!?」
まぁこれは当然嘘だが。あまり木葉の情報を王国側に漏らさないためだ。ギルドの情報統括は7将軍が担当している。実質担当者の将軍は、あまり仕事熱心な方ではないから心配はしていないが、念には念をだ。だからそれには、木葉の名前を偽造する必要も出てくる。
「名前はメイロ。職業は魔術師で副業は観測手。あとは討伐履歴だけを登録っと。コノハは?」
「私の名前どうしよっか………」
「適当でいいわよそんなの。蟹工船でも問題ないわ」
「色々問題あるよ!!うーん、じゃあヒカリで…」
「どうして?」
「私って、月の光って名前の魔王なんでしょ?だからヒカリ!!」
「ちょっと、声抑えなさい!まあそれでいいわ」
受付嬢は登録をヒヤヒヤしながら見守る。名前の偽造がバレたら厳罰が下るのは本人だけだが、現国王になってからは何が起こるはわからない。最悪監督責任なんてものを取らされかねないのだ。
「ここにいる連中、この子はヒカリよ。と、いうことの洗脳よろしくカルメン卿…」
「簡単に言ってくれるねぇ。まぁ良かろう。そういう魔法をかけといてやるよ」
メイロは満足そうにうなづいた。
……
………
………………
その2日後、今回の戦死者の追悼式が行われた。
今回の一件でギルド:餓狼の巣穴は半壊。蒼月級:フルーラは一命をとりとめたが、翠月級はクレル ベックら4名が死亡。黄月級の冒険者も多数死亡し、ギルドの戦闘能力はいちじるしく低下していた。これでは街の防衛もままならないとのことで、ラクルゼーロは外部に応援を求めることとした。故に……
「うわぁぁぁぁあん!!コノハぢゃぁぁあーーん!!」
「とぅ、トゥリーさん!?また会えますから〜!」
「寂しいよぉぉお!!もっと着せ替えしたかったよぉぉぉ!」
「えぇー」
木葉に泣きつきながら何か喚いているトゥリー・カルメン。ラクルゼーロ大学の学生たちにお別れを告げた際も似たようなもの反応が返ってきた。氷の馬車にはお土産のお菓子がパンパンである。
そう、木葉たちはラクルゼーロをたち、中立都市:リヒテンへと向かうこととなった。一応当初の目的通りだ。
ラクルゼーロが助けを求めたのは、隣の都市リヒテン。ここはその名の通り中立を謳っていて、各地に傭兵を派遣したりしているある意味都市国家のようなものだ。時計作りが盛んであり、また王国の銀行機能の大部分を担っている。
そこのギルド会館に応援を頼む封書を持っていく役目を担った木葉たちは、追悼式の後ラクルゼーロを出発する手筈となっている。
因みにラクルゼーロの大学生たちには、木葉の偽の名前の洗脳工作を行わなかった。木葉たっての希望である。
「行くのかい?」
「えぇ、世話になったわねカルメン卿。働き者の市長にもよろしく伝えてほしいわ。ああ、それからフルーラやあのナンパ男にもよろしく」
「あぁ。お前さんらには、あんまり良くしてやれなかったね。念話リストは登録してあるから、何か困ったことがあったら連絡しとくれ。二度も助けてくれたんだからねぇ」
「多分、頼るわ。その時は快く協力してほしい」
メイロが不敵な笑みを浮かべ、フォレストと握手する。名残惜しそうなトゥリーを引き剥がし、木葉を馬車に放り込んで出発。餌いらず休憩いらずの便利馬車だ。
シドはその後ろ姿を見送り、ギルド会館へと戻っていった。ラクルゼーロはここからの立て直しが必要となってくる、やることは山積みだ。
「ギルマス、あの子達何だったんすかね?」
「めちゃくちゃ可愛いのにめちゃくちゃ強え!まるでお伽話でも見てるかのようだな」
シドは、木葉の剣さばきを目の当たりにしている。常人ではありえないほどの速度、自分よりふた回りも大きい化け物に対して臆さないその強靭な心、秘宝級の武具。全てが規格外。
「ありゃ今に上にまで上り詰めるぞ。新しい金月級になるかもしれねぇ」
「金月級って、、この世界にまだ3人しかいないって噂ですよ!?銀月級だって10人も居ないし。そこまで行きますかね??」
「俺は銀月級の奴を見たことがあるが、そいつといい勝負するかもしれねぇな」
「でも、銅月級以上は直ぐに異端審問官にスカウトされちまいますからねぇ。あの子らも頭おかしくなって帰ってこないといいっすけど…」
この世界では、金銀銅のタグをもつ冒険者のことを【最上位冒険者】と言う。金月級はその存在自体が伝説に近く、正直誰も見たことがない。3人いるなどという噂も怪しいものだ。
銀月級はその存在自体は確認されており、活躍ぶりも時々耳にする。しかしその活動というのも、国難レベルの大災厄を鎮めるための活動だ。魔王討伐もその国難レベルの大災厄に含まれており、過去2回の魔王討伐戦でも銀月級の冒険者が勇者パーティーに組み込まれている。100年前の【亡き王女の為のパヴァーヌ】戦における記録は殆どが残されていないため、銀月級が魔王相手にどこまでやれるのかは不明だが。
銅月級は7将軍:エデン・ノスヴェルやミランダ・カスカティスら冒険者上がりの将軍がそれに値する。また、異端審問官の中でも一等司祭らは銅月級の冒険者上がりだという噂だ。
「新たなる英雄が生まれるか、はたまた……」
シドの脳裏に浮かぶのは、命乞いするゴブリン王を躊躇なく首を刎ねた白銀の少女の姿だった。まるでおもちゃで遊ぶかのような表情で上位亜人を殺す少女の姿は、、
「魔王……か」
そう形容するに相応しいものだったという。
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