7話:ファーストキスは何の味?

洞窟で待ち伏せするゴブリンたち。こういう時にスキル:熱探知が役に立つ。どこに隠れているかなどが、熱の差によってまるわかりだ。洞窟内部にはゴブリンたちの屍が積み重なっていくだけだった。


1つ1つの部屋を見回って、ゴブリンたちを確実に駆除していく。部屋の内部を凍らせて使用不能にする。戻って来ても使えないようにだ。


とうとう奥の部屋まで来た。おそらくゴブリンたちの玉座だろう。ゴブリン王が死んだ今、ただ怯えるだけの雑魚がいるだけだ。


ドアの向こうで待ち伏せしているのを熱探知で把握して、斬鬼でドアごと斬りつける。向こう側のゴブリンは肉片となって散らばり、その屍を踏みつけて木葉は奥の部屋へ進んでいった。


「ここで最後…………あ……」


そこは玉座ではなく、拷問部屋であった。そしてそこには……


「白骨……」


多くの白骨。ここで拷問と殺戮が行われたらしい。血気に流行った貴族にお付きの冒険者たちの末路だった。


ゴブリンたちは眠っていた。おそらく先ほどのも、待ち伏せではなく見張りだったのだろう。ムワッとむせ返るようなにおいが充満する部屋に、銀髪の魔王が入ってきたことに気づかない。


ゴブリンは人間の女、亜人の女に○ませて繁殖する。一度に生まれるゴブリンは約30。成長速度も速いため、比較的早く軍隊を作ることができる。逆に言えばオスしかいないゴブリンは、彼女らを失えば繁殖の手段を失って絶滅する。


ゴブリンの背後に忍び寄り、その首筋に瑪瑙を押し当てる。そうして着実に一体一体ゴブリンを殺していった。


「生存者………いない。いや、フルーラさんが!」

「でも全ての部屋は探したわ。ここが最後…」


(スキル:察知)


木葉が察知を発動させ、周囲の音を聞き分ける。微かな吐息と独特な匂い……これは…


「奥に部屋がある。そこだね、多分」


木葉は瑪瑙を振り下ろして壁を破壊した。ボロボロと崩れていく壁の向こうに扉が見える。


2人はさらに奥の部屋へ。そこには……


「子どもと、老人??」


ビクビクと震えながら身を寄せ合う見るからに弱そうなゴブリンたち。戦う意志のない無力な魔族たちだ。つぶらな瞳の子どもゴブリンも多い。これがアレになるのだ、、時の流れは残酷である。


しかし木葉の目が向いているのはそちらではない。その部屋には1人の女性が鎖に繋がれていたのだ。この人はおそらく……


「…あ…ぅ…」

「な!?コノハ!!生きてるわ!!多分あの人が…」

「フルーラさん、かな?」


裸に近い姿で吊るされてはいるものの、暴行の跡は見られない。おそらくこれから「そういうこと」を行うつもりだったのだろう。


沈黙する木葉を見て、限りなく成人に近そうな子ゴブリンが近づいてくる。そのつぶらな瞳には涙を浮かべて、のそのそと木葉のもとへ。


「見逃シテ、クダサイ。絶滅シテシマウ。ココ、コノ地域ノ同胞ノ総本山。モウ、人間襲ワナイ。コノ人間モ解放スル。ダカラ……」


メイロがチラリと木葉を見る。たしかに同情心も湧いてくるが、後々の禍根を断つにはここで皆殺しにすべきだ。その判断を木葉に仰ごうとしたのだが……





「ごめんね、それはダメなんだよ♪」


「ア……」


子ゴブリンの首が地に落ちる。イヤァァ!!という声が洞窟内に響いた。


「ていうか言葉話せたんだね〜びっくりしちゃったよ〜。うーん、一人ずつ殺してくのめんどくさいよね…」

「バ、化ケモノ…」

「えー!貴方たちに言われるのすごくショックだよぅ……」


木葉の瞳はとても無機質なものだった。


「コノハ………貴方は……」

「?どうしたの、メイロちゃん?」

「……いいえ、なんでも」


貴方は……壊れてるわ、という言葉をすんでのところで飲み込む。メイロは、その後の木葉による殺戮と、ゴブリンたちの叫び声をただ黙って聞くことしかできなかった。


……


…………


……………………


メイロはフルーラを抱きかかえ、巣穴に火を掛けた。山火事にならぬよう、最大限の配慮はしてある。


外に出ると、そこにはボロボロな状態のシドが待っていた。


「………フルーラ」


唇を噛み締め、肩を震わせている。そのほおを一筋の涙が伝っていった。


「生きてるわよ、、ほら、重いんだから貴方が抱えなさい」

「な!?本当か!?生きて……いるのか??」

「ポーションで回復させたけど依然状況は良くないわ。性的な暴行を受ける前に救出、けれど手足の骨を折られてるだけじゃなく、恐らく何発か棍棒で殴られているわ。さっさと医者に見せることを推奨するわね」

「そ、そう、なのか…」

「あと、中のゴブリンは皆殺しにしたわ。多分他に生存者はいない……」


目を伏せて、メイロが言う。


「そうか……すまねぇ。最初から嬢ちゃんたちを信じていりゃ、こうならなかったかも知れねぇのに………後ろの嬢ちゃんは?」

「寝てるからあまり大きな声を出さないことね。ゴブリンのツノをある程度拾って掃除してから帰ることにしましょう」


メイロは、木葉を背負っていた。仕方ないのでフルーラのことは浮遊魔法で若干浮かせている。あまりよろしくないが、メイロにとって優先順位は木葉だ。その木葉は先ほどの殺戮の後、ふっと糸が切れたように意識を失って眠っている。


「他の奴らの遺体もな。レンジャーギルドに応援を依頼した。あと数分すりゃ駆けつけて来るはずだ」

「そう。じゃあそれまでにゴブリンのツノをかき集めるとするわ」

「…………こんな惨状で、か?」

「一応銀貨5枚よ?人間らしくないと言いたげな顔をしているけど、これは依頼だもの」

「………そうだな。寧ろお礼を言うべきだった。本当に助かった、ありがとう」

「礼ならコノハに。私は雑魚の殲滅しかしてないわ」


とは言え、後方に配置されていたゴブリンたちのレベルは25以上。それを何体も屠ったのだから、メイロの功績はかなりのものだ。



1時間くらいしただろうか?応援部隊が駆けつけ、遺体の回収が行われた。ゴブリン王を失ったはぐれゴブリンたちは麓に降りてきていたが、それらは既にギルドの冒険者たちが討伐した。


206名の討伐隊のうち、死者43名 重体35名と被害は甚大。フルーラの部隊の全滅も考えるとその数はさらに増える。また先行した貴族の私兵団も壊滅しており、貴族の遺体も山中で発見された。


とは言え、木葉たちが居なければ退路を断たれて恐らく全滅していたであろうことを顧みるに、最悪の事態は回避された。と同時に、ラクルゼーロのギルドの冒険者たちは、木葉やメイロの実力を認めざるを得なくなる。





「ご苦労だったね、お嬢ちゃんたち」


ギルド会館に戻ると、フォレストが出迎えてくれた。道中それでもラクルゼーロの街は活気に満ちており、まるで先ほどの惨劇などなかったかのようだった。


「おや、眠ってるのかい?まぁ無理もないか」

「悪いわね、こんなことになってしまって。私たちも最善は尽くしたのだけど…」

「いいさ。仕方ないことだよ。アタシも、まさかゴブリン王まで潜んでるたぁ思いもよらなかった。暫くはトゥリーたちの捜索に気を回していたからといって、付近の亜人に注意を払わなかったアタシの責任さ」

「そう…」

「まずはゆっくり休みな。色々話はあるが、それからだよ」

「そうさせてもらうわ。ベッド、借りるわね」


フォレストがギルド会館にもつ部屋に入る。お風呂とベッドまで設置されているVIPルームで、フォレストの権力の高さが伺える。


木葉をベッドに寝かせ、メイロはシャワーを浴びることにした。


暖かいお湯が、血で汚れた身体を癒していく。備え付けのボディソープはとても心地の良い香りがした。


「ふぅ……」


湯船に浸かって、先ほどのことを考える。


(コノハ……おそらく、スクナが何か言ったのでしょうね。そして、コノハもコノハで心が少し壊れている。私が、なんとかしなきゃ。これはあくまで私のためよ。あの子が戦闘狂にでもなったら、連携が取れなくなるもの。決してコノハが可愛いからなんとかしてあげたいという庇護欲云々は関係ないわ、えぇ)


湯船から上がって体を拭き、浴室から出る。着替えを済ませて部屋に戻ると、木葉が起き上がって寝ぼけ眼をこすっていた。


「ん、メイロちゃんほかほか〜。お風呂入ってたの?」

「えぇ、さっぱりするから貴方も入って来なさい」

「ん……あまり記憶がないんだけど……あれからどうなったの?あの時………私は……」

「コノハ?」


木葉の目の焦点が合っていない。何かを思い出そうとして、頭を抑える。


「あれ、私………なんか、斬ってて……笑ってて………へ?あ、あれ?なんで………やだ……」

「こ、コノハ!?」

「ぁ、ぁぁぁぁあ、ぁあぁああああああ!!!私、なんでこんなこと……あんな、人いっぱい死んでて………戦う意志もないゴブリンを………この手で………いや、やだ、やだ、あ、あああぁあぁあ!!!」

「コノハ!!!」


木葉が叫び出す。自身が行った残虐な行いを思い出したのだ。それはもう、人のやること、特に10代の少女のやることではなかった。それこそ魔王の如き行為…。


「ちがう、私は魔王だけど、魔王じゃ、ない。悪い人じゃない、違う、違う、違う!!うぁ、ぁぁああぁぁあぁあ、殺して、、私を、殺し……」




その時だった



「むぐっ!」


メイロの唇によって、木葉の口が塞がれた。まぁ簡単に言うと、キスした。


「みゃ、ひゃっ、んん!」


子猫のように鳴く木葉に嗜虐心をくすぐられるも、それが目的ではないので理性で押しとどめる。


唇と唇が重なり、静かな部屋に、二人の息遣いが響く。惚けた表情の木葉からようやく唇を離し、ゆっくりとベッドに戻す。


「め、メイロひゃん??」

「呂律が回ってないわよ?コノハ」

「な、な、な、な!!なんでき、きす……なんて……女の子同士で……」


顔が真っ赤に染まっていく木葉。一応これ、彼女のファーストキスである。


「その表情にはときめかずにはいられないけど、、取り敢えず落ち着いたかしら?」


クールな表情で言い放つメイロ。内心はこの続きまで持っていきたくてうずうずしているが、なんとか余裕そうな表情を保っている。木葉の衣服は乱れており、その顔は過去に類を見ないほど真っ赤だ。性知識がかなり乏しい彼女でも、当然キスくらいは知っている。


「こ、こん、こんにゃ、ことして、わらひを落ち着かせよう、と、してゃの!?」

「カミカミじゃない」

「だ、だって!!」

「えぇ、落ち着いたかしら?」

「逆にドキドキが止まんないよぅ!!」

「ふふ、そう?」


メイロの妖艶な笑みに、思わずドキッとしてしまう木葉。木葉自身、周りの人を百合ロードに引き込むことはあっても、本人がそっちの道に堕ちることはなかった。が、これは……まぁ、キマシですね。


混乱して頭から蒸気を発する木葉を、ゆっくりとメイロが抱きしめる。その抱擁に、木葉の心は次第に温かい何かに包まれていく気分になった。


「貴方が罪悪感を持っているうちは、貴方は人間よ。その心を大事に持って、、そしてその上で、人を守るためにその太刀を振るいなさい。貴方は正しいことをしてる。非人道的なことをしたように思うのかもしれないけど、、結果的にアレは正しい行為よ。後々の禍根は絶たなくてはならないわ」

「……う、うん」

「いい子ね。大丈夫、貴方が壊れてしまいそうになっても、私が貴方を守る。何があっても、私は貴方の味方よ」

「メイロちゃん………」


抱擁を解いて、木葉と向き合うメイロ。その頭を撫でて、木葉に微笑みかける。


「だから、木葉は私を守って。魔王の力は、人を救うために使いたいんでしょう?約束…」


木葉の表情がパァっと華やぐ。嬉しそうに笑みを浮かべて、メイロに小指を差し出してきた。


「これは?」

「指切りしよ!私の国でやる、約束の儀式。こうやるの」


そう言って木葉は、メイロの手を取り、小指を絡ませた。


「私は、メイロちゃんを守る。メイロちゃんは私を守る。約束。ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん、嘘つ〜いた〜ら針千本の〜ますっ!指きった!」

「……ふふ。面白いのね」

「あー、笑った!!結構ちゃんとした儀式なんだよー?これ」

「えぇ、そうね。なんだか懐かしい感じがするわ。さ、コノハもお風呂入ってきなさい。冷めちゃうわよ?」

「うん!!そうする!ありがとね、メイロちゃん」


木葉が嬉しそうに駆け出し、風呂場に駆け込んでいく。その頰をうっすらと赤く染めて。


メイロはメイロで、先ほどの自分の大胆な行いをかなり恥ずかしがっていた。


(バカバカバカバカバカ!!!何してるのよ私!!あんな、いきなり、き、き、き、きききき、キスなんて………)


先ほどまでクールな表情を保っていただけに、そのギャップは凄まじい。サファイアのような黒よりの青の髪と対照的に、その顔はルビーのごとに真紅に染まっている。


「あ、そうだ!メイロちゃん!」

「何かしら?」


キリッと表情を整え、再びクールに。しかし、、


「夜、一緒に寝よ?」


桃色の下着姿で頰を赤らめながらそういう木葉、そのまま浴室に入っていってしまった。木葉側としてはそうした邪な考えは一切ない。スキンシップの一環だ。


(いきなりキスなんてびっくりしたけど、、友達同士だもんね。うん、多分よくやることなんだよ。外国だとキスが挨拶、みたいなのも聞くし。メイロちゃんの唇、柔らかかったなぁ…えへへ)


湯船に浸かってそんなことを考える鈍感木葉と対照的に、メイロは……


(え、え、え!?あの、それは、その、まさか、え!?………理性がもつ気がしないわ…)


薄々勘違いなんだろうなぁと気づきつつも、その心臓の鼓動は止まらなかった。クールな表情は恋する乙女のような表情に変化しており、そこには普段の彼女の冷静沈着さはどこにもない。



ただ唇に残った木葉の柔らかい感触を確かめようと、その手で唇を撫でていた。

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