TIPs:わんでい

木葉の朝は早い。


A.M 6:00


「朝だよ!朝だよ!起きて起きて!」

「う、うぅ。凄いうるさい………」


お気に入りのアザラシの抱き枕を放り投げ、猫耳のついたパジャマを脱ぎ捨てる。


叔母が作りおきした朝食を用意して、顔を洗い、肌ケアをする。就寝が早いためなかなか肌は荒れないが、それでも肌を綺麗に保つ努力は怠らない。ハンガーにかけてある制服を下ろし、スカートを履いてワイシャツとブレザーを着る。ソックスは少し寒くなってきたから長めで……


そうこうしているうちに、もう7:30。


火の始末と戸締りを確認し、一言


「行ってきます」


鍵を掛けた。


……


…………


…………………


肌寒くなってきたため、木葉の登校手段はバスに切り替わる。バス停で最初に会うのは千鳥。2人で仲良くバスに乗る。


「それでね、、ひゃっ!!」

「くっ!!」


パシッと千鳥は男の手を掴む。まさかバスの中で遭遇するとは。


「痴漢とは見苦しいな。木葉ちゃんのお尻を撫でるなど万死に値する」

「す、す、すみませんでしたぁぁ!!」


バスから降りるとそこはすぐに私立:満開百合高校。


「助かったよ〜ありがとね、千鳥ちゃん」

「お安い御用さ。全くこの時期はそういう輩も増えるのだな………」




〜昼休み〜


木葉は男子たちに混じってサッカーを楽しむ


「木葉ちゃん、パスパスっ!」

「タァァアッ!!」

「おっけナイス!おりゃぁあ!シュート!」


天童零児のシュートが決まる。オタクながら全てのスペックがかなり高い彼は、ムードメーカー兼トラブルメーカーでもある。


「やったぁ!零児くん凄い!」

「いぇーい!」


とハイタッチ。その時木葉から薫る香りが零児の理性を奪っていきそうになったが、なんとか持ちこたえた。


「ガタリくんボール貸して!私置いてくる〜!」

「いや、俺が行くよ。サッカー部に任せてくれ」

「じゃあ私も手伝うね、みんな教室に帰っちゃったし」

「遅れるかもしれないよ?」

「ガタリくんもだよ。どうせなら2人で遅刻しようよ♪」


木葉の天真爛漫な笑みにドキッとするガタリ。2人きりという状況も満更ではない。


「そ、そうか。助かるよ木葉」

「うん!」





〜放課後〜


花蓮が木葉に声をかける。


「木葉ちゃん、クレープ食べに行かない?」

「ん〜、今日ちょっと行くところがあるんだよね……」

「お母さんのお見舞い?……木葉ちゃん最近ずっと無理してるわよ?大丈夫?」

「う、うん。バレてたのか〜あはは。よし、私も甘いの食べたくなってきちゃった。ちょっとだけなら、時間あるよ」

「そう…じゃぁ行きましょう!あそこのお店、とっても美味しいんだから」




「ホントだ美味しい!!」

「こっちも美味しいわよ、はい、あーん」

「あーん。ん〜、バナナも良いね〜!じゃあ苺のもあげる!」

「ありがと木葉ちゃん!」


公園で食べるクレープ。2人で食べさせてあいっこをするのも久しぶりだった。幸せな時間が過ぎて行く。


……


…………


……………………


「お母さん、お見舞いに来たよ」

「……」

「寝ちゃってる……ここ最近お母さんの起きてるの見てないや……あはは」


心労が祟って倒れた木葉の母。最近はずっと木葉が家のことをやっている。時々叔母が来て面倒見てくれたりするのだが、基本は1人だ。


「早く、よくならないかな…」


木葉が母の手を握る。その温もりが、木葉を安心させるのだ。まだここにいる、最後に残った家族はまだここにいるよ、と。


「お父さん……お見舞い来ないのかな」


お見舞いの品に、父のものがないことに気づく。市のお仕事で忙しいのはわかっているが、それでも見舞いくらい来てくれてもいいとは思う。


「私やお母さんのこと、嫌いになっちゃったのかな…」


夕日が病室に差し込む。うろこ雲がとても鮮やかに広がっていた。


……


………


……………


「ただいま〜」


誰もいない家。電気をつけると誰かが出迎えてくれる、なんていうのはなかなか見なくなった。時々叔母が来ていることがあるが、それも毎日ではない。今日は来ていないようだった。


「私も料理、作れるようにならないとな」


叔母が作り置きしたカレーライスを一人で盛り付けて食べる。最近ご飯が美味しく感じない。それがとても辛かった。



それからお風呂に入って、3時間くらい勉強して、就寝する。ベッドに入って、初めて木葉は涙を流す。一人の夜はこんなにも寂しい。友達に電話でもしようかと思ったけど、迷惑かもしれないからやめてしまう。それでも寂しいものは寂しいから、アザラシの抱き枕 (あーちゃん)を抱きしめてその心を癒そうとする。


「うぅ、ぅぅ、寂しいな。あーちゃん、寂しいよ…」

「寂しくないよ、僕がいるよ (裏声)」

「うん、ありがとね、あーちゃん」


涙も出なくなった頃、木葉はようやく眠りに落ちる。あーちゃんをぎゅっと抱きしめて、深い眠りに落ちる。そうして、あの夢を見るのだ。



灰色の空の草原。顔も名前も知らない女の子。その子といる時だけ、木葉は一人ぼっちを忘れることができた。だから木葉は何時も早く寝ているのだ。


「木葉、寂しそうね」

「うん、寂しいな。でも友達もいるし、貴方もいるし、大丈夫!!」


精一杯強がってみせるが、女の子は首を振った。


「ここでは、無理しなくていい。木葉が泣きたい時に泣いて。私が受け止めてあげるから」


その言葉はすっと木葉の心に染み込んで来て、木葉は我慢ができなくなる。気づけばその子に抱きついて涙を流しているのだ。


女の子は木葉を抱きしめると、そっとその頭を撫でた。その心地の良さに安心して、夢の中でも眠ってしまう。



そして次の朝がやってくる。



「おはよう!おはよう!起きて起きて」

「うぅ、バリエーション少ない…」


木葉は、アザラシの抱き枕を放り投げて朝の支度を始めた。

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