第6話:メルカトル大陸図

木葉のスキル:捏造は、いわば虚飾の能力だ。簡単に言えば実際何も変わっていないということ。ただ数字上の能力値が大幅に下がっているように見えているだけであって、実際木葉が『魔王』と呼ばれるにふさわしいステータスを持っていることに変わりはないのだ。


「うきゃぁあ!卵………失敗した……」

「あーあー、ったく卵も割れねぇのかいお嬢ちゃん」

「す、すびばせん……」

「あー!!泣くな泣くな!しゃあねぇ!料理人歴30年の俺がお嬢ちゃんを一流の料理人にしてやらぁ!!しっかり付いて来いっ!」

「は、はい!!不肖この櫛引木葉、頑張らせていただきます!師匠(・・)!」

「よし、その意気だ!」


嬉しそうに師匠が頷く。そんな木葉たちを3人の友人が影から見守っていた。花蓮、樹咲、千鳥である。


「な、なんか……楽しそうね……」

「お、おう。アタシたちが心配するようなことはなかったな」

「しかしあの料理人……木葉ちゃんとの距離が近くないかい?僕少し妬けてしまうなぁ」

「千鳥、あの人には妻も子もいるのよ?」

「花蓮が珍しくまともだ…」


あれから9日。木葉は料理人として王国の厨房で働くこととなった。木葉の料理人、という役職は嘘っぱちの役職なため当然木葉に料理人としての腕はない。しかし、笑顔なら誰にも負けません!!といった勢いで頑張っているようだった。ちなみに朝ごはんは毎日作っているため、一応卵は割れるはずとお思いの貴方。木葉の朝食には基本的に卵の殻、入ってます。その辺割とポンコツな女の子なんです。


この9日で大きくいろんなことが変わった。まず勇者:船形 荒野(ふながた こうや)のことだ。彼は今レガート団長の指導の元で勇者としての能力を高めている、がしかし、その素行は一切変わることなく。いやむしろ勇者としてクラスメイトを従わせる立場になった途端さらに酷いものになったといっても過言ではない。


「おい雑魚戦闘職ぅ!!邪魔だよどけ!」

「がはっ!!!い、いたい…やめ…」

「あ??きこえねぇよ、おらあぁ!!」


と、こんな感じで、木葉や笹ちゃん先生のような非戦闘職の居残り組以外のメンバーはその実害を受けている。特に酷いのは中途半端に戦闘職に回ってしまった男子たちだ。白鷹ガタリや天童零児などの、槍使いや武闘家といったガチガチの戦闘職の連中は勇者にある程度対抗出来る。が、例えば召喚術師や魔術師といった、ある程度技術と魔法を覚える必要のある連中は勇者のいいサンドバックになってしまう。


しかし厨房にいるため、そのことを木葉は知らなかった。知っていたら木葉の性格上、魔王の力を使ってでも止めていただろう。


……


…………


……………………


異世界についてもクラスメイトたちはある程度の知識を得ることとなる。今彼らがいる大陸は【メルカトル大陸】と言って最も文明が発達した大陸であり、他大陸の植民地化も既に進めているという。では、主要国を紹介していこう




「うわぁ!!大きい!うちの近くの図書館の何倍もおっきい!」

「ちょ、櫛引さん!はしゃがないで!」




非戦闘職の木葉には、時々お暇が与えられる。本来なら副職で戦闘職があれば戦闘訓練には参加するため、役職が非戦闘職であっても大体は参加する。しかし木葉に至っては副職すら非戦闘系なので、モノホンの戦力外だ。仕方ないのである。


と、いうわけでそのお暇を使って木葉は、同じく役職-副職ともに非戦闘系だった、最上 笹乃(もがみ ささの)先生と王立図書館に遊びにきていた。因みに笹乃のステータスはこんなだ。


【最上 笹乃(もがみ ささの)/25歳/女性】

→役職:巫女(かんなぎ)

→副職:研究家

→レベル:1

→タグカラー:

HP:100

物理耐久力:20

魔力保持量:90

魔術耐久力:60

敏速:15

【特殊技能】《禊》

【通常技能】《言語》《精神汚染耐久》




「これが世界地図なのですね」

「さ、見よ見よ!《言語》のスキルって便利だね!ここの本全部読めちゃうんだもん」


 まず大陸の西に位置するのが現在木葉達が滞在している【神聖パルシア王国】だ。いわゆる千年王国というやつで、様々な文化の発祥地として栄えている。王都は花の都:パリスパレスで、ここは【満月教会:フォルトナ派】の総本山となっている他、多くのギルドが拠点としている都だ。パルシア王家の住まう宮殿:バリジス宮殿の壮観は豪華絢爛の一言に尽きる。

 勢力図としてはローマ帝国を彷彿とさせる版図の広さだ。近年東の帝国や連邦、北の連合王国の台頭でその勢力拡大方針は南方の大陸に向けられているという。南方大陸沿岸部はほぼ王国の植民地と化しているとか云々。圧倒的軍事力を誇る、大陸の覇権国家である。


「やっぱりこの頃はまだ植民地とかがあるんだね……なんとかできないのかな」

「こればっかりは歴史の運命なのでしょうね。現実世界の方での帝国主義の歴史を知る者としては心苦しいですが」

「私たちの力でどうにかできるものじゃないからね………あ、でも亜人族には会ってみたいな!耳とかついてるんだよね?兎さんとか、猫さんとか」

「亜人族も大分虐げられているらしいですね。ほら、次のページです」


王国の東にはポツポツと小国家が点在しているが、その中にある程度大きめの勢力圏を獲得している国がある。それが【リルヴィーツェ帝国】だ。200年前に傭兵団や【アカネ騎士団】という騎士団が集って作られた国家。今日では賢帝と名高いランガーフ3世の手によって他大陸への植民地獲得が進められているという。こちらは戦闘系ギルドの拠点として発展した帝都:ベルントが最大都市となっていて、帝国の近衛軍も駐在しているため治安はかなり良いのだとか。ただし、亜人族に対してはかなりその扱いがよろしくないと言われている。


「……食べるのかな?兎さん」

「ろ、労働力という意味で扱いが良くないということでしょう?多分」

「私狸さんなら食べてみたい……たぬき汁」

「櫛引さん!?」


そのさらに東にある小国家の向こうには【スロヴィア連邦】がある。国土の大半を永久凍土で固められ土地がやせ細っているため、肥沃な土地獲得のための近隣の大陸への侵攻に余念がない。魔族討伐に力を入れており、こちらにも勇者が存在するという。その能力は未だ不明だが。


スロヴィア連邦の南には【東方共同体】があり、哲学発祥の地として今も偉大な学者を輩出している。商工会らの権力が強いのが特徴だ。また、同じような場所はパルシア王国の内部にもあって【中立都市:リヒテン】がそれに当たる。商工業者たちのギルドが集中している他、強力な傭兵団がいるため魔族の侵攻による被害はゼロと言っていい。


一方パルシア王国の北には大きな島があり、その島を中心に築かれた国家が【ブルテーン連合王国】。世界に最も多くの植民地を持つ海洋国家である。


特別紹介はしなかったが、メルカトル大陸における魔族の勢力圏というのは大きい。5つの地点は魔族が集まって勢力圏を築いており、今も拡大しているのだとか。それもこれも復活した魔王を迎えるために…。


(まさか私みたいなのが魔王だなんて知ったら……どうなるのかな?うぅ、怖いな。絶対バレないようにしなきゃ)


「さて、こんなところでしょうか。でも戦いとかを除けば少し楽しそうですね、異世界。文明レベルはお察しですが…………あ!先生は勿論みなさんを日本に帰してあげたいとおもってますよ!?本当ですよ!?」


「分かってるよ〜。私も帰りたいもん。あ、でも異世界の観光地とか、名物料理みたいなのは味わってみたいなぁ。よし!笹ちゃん先生!旅行いこうよ!」


「だ・め・で・す!今は魔王討伐が優先なんですから。


「ぶーぶー!!笹ちゃん先生厳しいよぉ!」


こんな風にぶうたれているが、木葉は内心穏やかではなかった。


(ごめんね先生。私が、魔王なんだ。でもこんなこと、誰かに相談できるわけがない。花蓮ちゃんだって、樹咲ちゃんだって、千鳥ちゃんだって、きっと困惑する。でも私がこうやって耐えてればなんの問題もないから………隠し通さなきゃ、絶対)


木葉は笑顔を貼り付けて笹乃へと返した。その不自然な笑顔に笹乃は一瞬違和感を覚えたが、すぐに錯覚だと思い込んだ。木葉はいつだって明るいから、何かを抱え込むタイプではないと今までの経験から判断したのだろう。







と、その時、笹乃はとある人物を発見した。


「あれ?あそこにいるのって、もしかして真室(まむろ)さん?」

「え?柊ちゃん?どこどこ?あ、いた!!」


真室 柊(まむろ ひいらぎ)。金髪の一匹狼不良少女。木葉の小学校の時の同級生だ。あまり話したことはないが。というか何度となくアタックしてそっぽを向かれてしまったのだ。だが木葉は、これを機会に柊としっかり仲良くなりたいと考えていた。


「柊ちゃーーん!!おーーい!!」

「ちょ、ここ図書館ですよ!?櫛引さん静かに!」


実際そんなに大声は出していない。が、しかし真室 柊は木葉たちに気づいたようだ。いつもならそのままそっぽを向かれてしまうのだが、今回は笹乃もいたことで柊は木葉たちの方へ向かってきた。


「…なに?」

「真室さん、訓練はどうしたんですか?」

「…サボった。あんなゴリラの指示に従いたくねぇ」

「ゴリラって…船形くんのこと?そんなにゴリラっぽいかなぁ…」

「あ……櫛引木葉」


柊は木葉をじっと見つめていた。流石に至近距離で長いこと見つめられると木葉だって恥ずかしい。


(柊ちゃんってやっぱり可愛いなあ。でも昔は金髪じゃなかったんだけどな)


「え、えっと、、なにかな?」

「…なんでもねぇ。あたし、もう行くから」


またそっぽを向かれてしまった。すると、がっかりしている木葉に柊は何か言い忘れたかのように振り返って、木葉に近づいてきた。え、え?と慌てる木葉の耳元で、こう囁く。



「…あんたは一人で溜め込まない方がいい。その偽物の笑顔……見てて痛々しいよ」

「え!?」

「……んじゃ、またね」


そういって、柊は本を持って図書館から出ていってしまった。取り残された木葉は全く内心穏やかでない。


(え?え?もしかして、バレた?いや、でも私がステータス画面出した時は周りに人いなかったし…。単純に心配してくれたの?ていうか、うぅ、私そんなに顔に出てるのかな…)




そのやり取りを笹乃は、ポカンとした顔で眺めていた。

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