第2話:櫛引木葉は鈍感である

「うきゅう」


バタンと、部屋に着いた途端木葉はベッドに倒れこんだ。モフモフだった。なんだこれ『千葉ディステニアンランド』か?と思うくらいにはふかふかだった。なぜその例えなのかというと、木葉はあんまりお高いホテルにお泊まりしたことがないからだ。ホテル自体家族との旅行でしかいったことがない。


その家族とも、6年前姉が水難事故で亡くなって以来、あまり旅行というものをしなくなっていた。


「………うぅ、これからどうなるんだろぅ」


独り言をつぶやいてみても、特に何かが変わるわけでもない。部屋は一人一人に用意されていて、部屋の内装の豪華さからも転移者たちが優遇されているのは理解できる。それでも、1人の部屋というものはこの状況においてただ寂しいだけのものであった。


……


……………


……………………




コンコン


1人の部屋に乾いたノックの音が響く。その音で自分が眠ってしまっていたことに気づいた。気づけば窓の外は朝日が昇っていて、眩しいばかりの朝日が部屋の中に差し込んでいた。異世界に来て1日目?の朝である。昨日は昼に転移したにもかかわらず、何故だかこちらでは夜だった。おそらくあちらとこちらでは時間が色々異なっているのだろうと、木葉は自己解釈した。


「木葉ちゃん、いるかしら?」

「おーい!木葉〜?」

「起きてるかい?木葉ちゃん」

「う〜〜、起きてるよう〜〜zzz」

「あれ、なんかzzzが聞こえる……ちょ、開けるよ?」

ガチャ


部屋に入ってきたのは木葉の友達、花蓮と樹咲と千鳥だった。


「木葉、飯の時間だから下に集まれってさ。王宮の料理だぜ?あたしはもう腹ペコだよ〜」

「樹咲ちゃん食べても太らないもんね〜、いいなぁ」

「そういう木葉だって太らねえじゃん!ん?お眠なのか?」

「うん、ちょっとさっきまで寝ちゃってて。樹咲ちゃんおんぶして〜」

「んな!?」

「はにゃ!?」

「ず、ずるいわ!!私がおぶる!!」


花蓮が何故か背中を主張し出した。ばっちこいって感じのポーズに、内心木葉はクスッと笑う。


「花蓮ちゃん私のことおぶれるかな…」

「ええ!無事に食堂まで送り届けてみせるわ!!必ず!!」

「なんだその倒置法……いいよ、あたしがおぶってく。花蓮力ないからなぁ」

「それは同感だね。僕もあまり力がある方ではないし……」

「千鳥ちゃんは力あるよ!!いつも先輩の道具きっちり運んでるじゃん!!」


鶴岡千鳥(つるおかちどり)は努力家である。いつも気障っぽく振舞ってはいるが、影では木葉と同じくらい努力しているといっても過言ではない。剣道場に最後まで残って練習するのは木葉と千鳥なのだ。






「そうなのね、千鳥は中学から剣道を…」


食堂への道中、少女たちはいつも通りに会話をする。異世界に来たからといって、そのサイクルは変わらない。因みに木葉は樹咲の背中で熟睡している。樹咲はその顔を真っ赤にしながら幸せを噛み締めているのだが、花蓮の目が激しい。


「ああ、大会で木葉ちゃんを初めてみたときは驚いたな。あんな可愛い女の子が、あんなに力強い打ち方をするんだ、と感動したさ。僕も毎日努力しているけど、木葉はその2倍は努力しているように感じる。何故なんだろうな……」


木葉の努力とは、紛れもなく夢の中での剣の打ち合いも含まれる。なんとかあの女の子に勝とうとして、一心不乱に剣を振っていると、いつのまにかその感覚を現実でも発揮できるようになっている。睡眠学習といって仕舞えば良いだろうか?文字通り、2倍の努力がなされているのだ。


「ついたわね」

「お?さっそく木葉ちゃんはお眠なのか!」


天童零児(てんどうれいじ)が大きな声を上げてしまい、木葉の意識はうつつへと戻された。そのこともあって零児は花蓮にボディーブローを決められた。


「うぅ、樹咲ちゃんありがと♪もう歩けるよ」

「そっか…………おい天童、貴様よくも木葉を起こしやがったな」

「ゴベェ!!いや、待て待て、食事なんだから起こさないとダメっしょ、、おいやめろ花蓮関節技はやめていたたたたたたたた!!」


花蓮と零児は幼馴染である。故に距離感は異常に近い。あんな風に関節技が決められるのも互いの仲の良さ故である。

「故であるじゃねぇぇぇ!!いたい、いたいってあ、待って……なんか気持ちいい」

「やばい、零児が何かに目覚める前に花蓮ちゃんをトメロォォ!!」


しばらく食堂では大乱闘スマッ○ュ云々が起こっていた


……


…………


…………………


「食事の後は国王陛下への謁見となっております。その後は役職の確認を……」

「蟹!!蟹だよ蟹!花蓮ちゃん蟹だよこれ!うわぁ、海老さんもいるぅ!えへへ、よろしくね海老さん、貴方はどこ出身なのかな?『僕はぁ、海老海老星出身の海老だよぉ(裏声)』。そっかぁ、だからこんなに甘くて美味しいんだね!『あぁ、食べないでぇぇ(裏声)』。へっへっへ〜、身も心も剥がしてやるぜ〜」

「もう木葉ちゃんったら、一人芝居?」

「えへへ、そうだよ!蟹さんも最近ご無沙汰だったからね〜。あ、官都(かんと)くん、そこのお刺身取ってー!」

「おっし了解了解、ほらたんと食えぇ!」

「うわぁぁ!お魚の頭ごと乗ってる!!すごいね!」

「ほら、あんまり詰め込むと喉つまるぞ」

「大丈夫だよ語李(がたり)くん!ていうか語李くんもちゃんと食べなきゃ!!ほらほら」

「や、待て待て、それ木葉の箸ついてる…」

「ふぇ?」

「あ、いや、なんでもない……」

「なんでもなくないよ!語李くん顔真っ赤だよ?」

「おいおい語李ぃ!ラブコメしてんじゃねぇぞ!ヒューヒュー!」

「ち、ちがうよ!」

「?」


神官全無視である。ここまで行くといっそ清々しい。しかし神官は、これでクラスの中心にいるのが誰なのか理解したようだ。


(………この可憐な少女がリーダーか?確かに美しい顔立ちだが、このお嬢さんが勇者ということはあるまい。………あとでお手紙からはじめてみよう……)


速攻で陥落した。ちょろい、ちょろいぞ神官。ちゃんと異世界と美は共通しているらしい。というか聖職者的にそれはオッケーなのか?


……


………


……………


玉座の間、と、いかにも王様が踏ん反り返ってそうな厳かな部屋に案内された。そこには複数の偉そうな人がまぁ偉そうに踏ん反り返っている。数名子供もいたが、彼女らも煌びやかな衣装に身を包み、大人たちの近くに座していた。


一番奥の髭がカッコ良い男がこの神聖パルシア王国の現国王:エルクドレール8世。国教の『満月教会』を保護し、満月教の布教を熱心に進めているらしい。海外に対しても香辛料を求めての航海のほか、満月教布教も平行して進めているとか。


隣に座るさらに偉そうな老人が『満月教会』の教皇:シャルル。大陸の最大宗派である、満月教会フォルトナ派の教皇だ。位的には国王より上らしいが、その辺は詳しく説明されていない。


さらに手前の王妃の名は:ダイヤ。その側に控える15歳くらいの金髪の美少女がマリアージュと言う名の王女である。隣にはその妹:レイラという金髪の少女が佇んでいる。ダイヤ王妃の近くに12歳かそこらの金髪の美少年も座っていたが、その子は紹介されなかった。


後は騎士団長やら宰相やら総統やらが紹介されたが、木葉の頭には全く入ってこなかった。木葉は横文字を覚えるのが苦手なのだ。


しかしクラスメイトたちは別である。マジモンの金髪美少女や金髪ショタを前にほぼ全員が大興奮だった。普段木葉に一直線な花蓮や樹咲や千鳥ですら、彼女らの美しさに目を奪われていた。その恍惚とした表情を、木葉は初めて見たかもしれない。実際は木葉の入学時にそんな顔をしていたが。


騎士団長もなかなかハンサムな人で、一部の女子たちはきゃあきゃあ騒ぎ出しそうな勢いだった。けれども木葉はなぜかそれらに全く惹かれなかった。昨日からある身体の違和感、そして、場に漂う可笑しな空気の方が木葉の心には残っていた。


ふと、少し前にいた少女と目が合う。染めた金髪をシュシュでサイドテールにしたギャルっぽい女の子。名前は真室 柊(まむろ ひいらぎ)。不良少女として恐れられ、クラスでは孤高の存在だ。まだ木葉の毒牙にかかっていない珍しい女の子。だが実は誰よりも木葉のことを長く知っている。小学校が同じだったのだ。でも特別仲が良かったわけでもなく、木葉でさえその距離感は測りかねていた。まぁそんなことはどうでもよくて……



(柊ちゃんも目を奪われてないし、この変な空気は私の勘違いなのかな?)



気づけば、マリア王女がこちらに向かってウインクをして来たように見えた。少し首を傾げて、笑いかける。すると、マリア王女は何かに悶えるようにして自身の身体を抱きしめていた。一体何事だろうか。


(面白そうな人だなあ)


木葉は本当に鈍感である……

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