第27話 問い

 全てが終わったあと、一件の事後処理はビビアンカをはじめとする大人たちによって行われた。


 俺たちがニックの遺体を引き渡す際、顔を合わせ騒動の真相を問いただした彼の父親は、ジェオルドの助けもなく責任を一身に被らせられ都市内の治安維持部隊に連行されたそうだ。すでに俺たちの街では噂になっている。


 息子の亡骸を前にし、呆然と首を振った彼の姿が思い出される。

 ぎゅっと握られた拳と、震える小さな声。


「なぜ……なぜ、こんなことに。この、親不孝者が!」


 その壮年の男は、眉間に癖づいた皺を深く寄せ、怒りではなく沈痛な表情を浮かべた。


「勝手に死にやがって……ッ」


 瞼を閉じたニックから返事はない。

 男は外へ漏れ出しかけた嗚咽と共に大きく唾を飲み込むと、俺たちを見てから肺いっぱいにまで鼻から息を吸った。


「何があったか……詳しく、聞かせてもらえないだろうか」


 彼らが待つ場所へと転移しなかった俺たちが、ダンジョンに飛ばされていたことは伝えてある。そこで、ニックは命を落としたとも。


 そのことを聞き動揺し、息子の死に打ちひしがれている様子だったからだろう。事故ではなかったと思わずにはいられず、経緯を究明しようとしていたアイシャは虚ろだった。


 詳細を話すため俺が口を開くと、ニックの父親と目が合った。


「骸廃坑道のボス部屋に転移したんです。脱出のための戦闘中、武器を持たない彼は……敵の攻撃によって亡くなりました」

「…………そう、か。あの【魔機物スクロール】が、そんな場所に……」

「ご存知なかったのですね」


 頷きの意味が込められた、脱力しきった俯きが返ってくる。


 しばしの沈黙の後、ナーダが切り出した。


「あなたが御子息に命じたと聞きましたが、なぜそのような真似を?」


 それからされた彼の話では、自分が取り付けた推薦入学はアイシャの叔父であるジェオルドを介して得たものだったそうだ。

 だがそれを無下にしただけでなく、一般試験にも落ちたと語るニックを恥じ、彼はせめてもとジェオルドの得になる話にニックを使い溜飲を下げようとしたらしい。


 詳細な理由を聞かされてはいなかったが、ジェオルドがアイシャを捕らえたがっていることは知っていたのだ。

 こうして、まるで愚かな経緯で事は運んだのだった。

 警戒が薄まる合格発表時に、所有していた【魔機物】を使った作戦が決行できたと喜ぶジェオルドと、彼は想定していたB層の地下室で待っていたのだとか。


 おそらくあの【魔機物】は、どこかのタイミングで他の物と入れ替わりでもしていたのだろう。


「共犯とはいえ、グレイスの叔父は貴族だ」


 ビビアンカが目を細めた。


「おそらく単独犯として、今回の非は一人で負うことになるだろう。わかっているな」

「……ああ、それはもちろん。過失で私も息子を失ったからと言って逃れられるとは思っていない。世話になっている相手のためにと盲目的になっていたんだ。罪は私にある。裁かれ、頭を冷やさなければならないだろう」


 ニックの父親は、焦点を結ばない目で息子を見下ろした。


 場合にもよるが、この規模の出来事では貴族が平民と同等に罰されることはない。生まれ持った階級が異なるのだ。

 そのことを、彼も受け入れているように見える。


「許してくれとは言わないが、君たちには感謝したい……」


 最後に彼は俺とユキノ、アイシャに頭を下げた。

 ジェオルドは罰せられないだろうという話に、アイシャはもどかしげにしている。


「私が、君たちを殺しかけてしまったというのにもかかわらず、息子を連れて帰って来てくれてありがとう……」


 結局、そもそも今回の件の主導者は彼だったため、もしかすると自身でジェオルドが加担していたこと自体をなかったことにしたのかもしれない。

 俺たちに感じることができた父親のニックに対する思いが、どこまで本物だったかは不明だ。


 だが、ユキノやアイシャも実際の経緯を知り、淀んだ空気に苛まれながら俺たちはその場をあとにしたのだった。


 ──そして、三日が経った。


 帰路で「こちらで事後処理はしておく。制服の採寸などは、また改めて学院に来い」とビビアンカに指定されたのが今日だ。


 時刻は昼の三時前だが、学院の中は人の姿は少なく静かだ。

 今日は土曜日。探索学院は週休一日制を採用しているが、土曜日は午前のみの授業となっている。


「いたいた、アイシャ」


 本館に入ると、後ろで一つに結った金髪の少女が目に入った。

 ユキノの声にこちらを向いたアイシャの隣にナーダはいない。


「今日は一人なのか?」


 集合場所はこの本館のエントランスロビーだ。周囲を見回しながら近づいた俺は、足を止め尋ねた。


「こんにちは、ジント、ユキノ。今日は誰でも門を通れるようではなかったので、ナーダには試験の時のように時間に合わせて迎えに来てもらいます」


 三日前の暗い表情が影を潜め、以前のように明るい表情で彼女は微笑む。

 その表情からは、自分なりに感情に整理をつけられたことが伝わってきた。


「元気そうで良かったわ」


 ユキノがほっと安堵を見せる。


 家に帰ってからも、彼女はアイシャのことをずっと心配していたのだ。

 一連の出来事を思うと自分自身に思うところも当然あったようだ。しかしアイシャのこともあり、この三日間はさらに頻繁に口を一文字に結んで息を吐いていたのだった。


「ご心配おかけしました。でも、もう大丈夫です」

「……うん」


 ジッと顔を見てから、ユキノがよしと頷く。


「お前たち、来たようだな。こっちだ」


 二人が楽しそうに話し始めたので少し離れた位置で待つことにしていると、しばらくしてから横にある階段の上にビビアンカが現れた。

 彼女はそれだけ言うと、踵を返し踊り場から折れ曲がった先の上階へと戻っていく。


 俺はユキノたちの前を歩き、ビビアンカの後を追うことにした。

 すぐに背中に追いつき、何やら後ろでユキノが街で聞いた先日の顛末をアイシャに教えていると、ビビアンカが言った。


「もう耳にしているようだが、ハーパーの父親は逮捕される形になった。詳細は伏せられているため、お前たちも他言は控えておけ」


 彼女が言葉を終えると同時に、ある扉の前で足を止める。

 壁には『保健室』と書かれたプレート。


「まずは制服のための採寸だが、人数が人数なのでな。今日はここで行う。男の方が早く終わるのでウォルドからとのことだ」


 ビビアンカが開けた扉の先には、十個のベッドが並ぶ部屋が待っていた。


 世間的には滅多にない物だが、学院では半数以上の扉に使われている魔空間扉だ。備え付けられた窓から差し込む陽光も本物ではない。

 扉外の天気に合わせて変化する設定がなされているのだ。


 中ではメジャーを持った女性が待っている。

 残る三人は廊下で待つようなので、俺は部屋に入り手足の長さなどを素早く測定されることになった。


 採寸が終わると、扉を開けて外に出る。

 ユキノたちと入れ替わり、廊下には俺とビビアンカのみの状態になった。


「その剣……ヴァーダン・シリーズか」

「鞘の形状からわかったのですか?」


 登録のために差してきていた剣を、見ただけで言い当てられたことに感心しながら訊く。


「ふっ、よく知っているのでな。見た目でわかる」


 転移先がなぜわかったのかは、まだ訊かれていない。この流れで質問が投げかけられるのだろうと踏み、あらかじめ準備していた答えをいつでも口にできるように待つ。


「──アイシャ・グレイスは、城主の血を引いているのだな」


 しかし、次に来たのは予想を遥か上回る言葉だった。

 舌の上に用意していた台詞を飲み込み、彼女の顔を見つめる。


 それはナーダと叔父であるジェオルドの他に、現時点ではアイシャ本人も知らない出生の秘密だった。

 なぜビビアンカが知っている? この間に調べ上げたとでも言うのだろうか。


「驚いた様子だな。……だが、荒唐無稽な話にしては真に受けすぎだ。発言にではなく、私が知っていることに衝撃を受けてはいないか?」

「……いえ、何の冗談かと」


 前後に続く誰もいない長い廊下。

 交わった視線を外さず、落ち着いた声で咄嗟に返す。


「なんだ、そうか。しかし……」


 ビビアンカは突然、前を向いたまま俺の耳元に顔を寄せた。


「動揺が見えるぞ。今からする質問には、身の安全のためにも素直に答えるんだ。……ジント・ウォルド。お前は、一体どこの誰なんだ──?」

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