第18話 実技試験

 筆記試験を突破したとの通達は、ギルド経由で俺とユキノの下に届いた。


 あれから一週間。

 今日が入学者を決める最後の選別──いよいよ実技試験が行われる日だ。


「訓練所C……ここがわたしたちの試験会場みたい」


 再び学院を訪れ、壁に貼られた案内板に従って進むと黒い扉の前に到着した。

 ユキノが通知書に記載されていた会場名と、室名プレートを見比べている。


 受験者たちは予め、いくつかの試験会場に振り分けられているようだ。

 俺たちは今回は同じ、この『訓練所C』に来るよう通知書に記されていた。


「間違ってないよね? だって、なんかここ……」


 扉を見た後、ユキノは左に続く廊下の先を確認する。


「訓練所というより、普通の部屋に見えるんだけど」


 彼女が言うことはもっともだった。

 ここはアパートの一室だと言われた方が、まだしっくりくる。二階建ての小さな建物に、三部屋ずつ両階合わせて計六部屋ある場所だ。


 一階の手前に『訓練場A』とプレートが貼られた部屋があり、その奥にB、Cと並んでいる。上の階には同じ要領でD、E、Fの部屋があった。


 俺はこの部屋に、ゲームで来たことがある。

 そのため中がどうなっているか知っているが、初見のユキノはわからなくとも仕方がないだろう。


「まあ、とりあえず入ってみよう。他の部屋には、入っていってる受験生もいることだしな」

「そう……だね」


 俺も廊下の先をちらりと見ると、今しがたAの部屋に通知書を持った男子が入っていったところだった。


 自然な態度で入るよう誘導すると、ユキノが扉を開ける。

 その先に広がっていたのは、外観から予想された手狭な一室──ではなく、広々としたドーム型の屋内グラウンドだった。


「えっ」


 想像外の光景に、ユキノは吸い寄せられるように扉の奥へ入っていく。

 中にはすでに十数人の受験生たちの姿があった。

 また端には柵で区切られたスペースがあり、その中には身長を上回るほど巨大な歯車を備えた機器が設置されていた。


 ユキノはぐるりとドーム内を見回してから、後ろを振り返った。

 そこには自分が入ってきた扉がある。もう一度廊下へ戻り部屋の外に出たが、何が起きてるのか理解できなかったみたいだ。

 眉根を寄せながら、こちらへ帰ってくる。


「どうなってるんだろう……?」


 俺は推測という形で答えれば良いかとも思ったが、その前に扉から入ってきた女性が代わりに全て言ってくれた。


「これは【魔空間扉マジックドア】だ。聞いたことくらいはあるだろう」

「あ、前の……」


 腕を捲った白シャツに、黒のパンツスタイル。

 今日はバインダーを持っているが、以前ギルドで会った時と同じ格好しているビビアンカだ。


 ユキノは彼女のことを好意的に捉えているようだ。

 明るい雰囲気を漂わせ、首を傾げている。


「【魔空間扉】ですか? でもたしか、B層以上にしかないって……」

「街でどう言われているのかは知らないが、主にB層以上でだ。ここはC層だが、例外として全ての探索学院に複数個存在している。我々も確認できていないほど、大量に」

「そんなにっ? じゃあ、ここは──」


 ビビアンカは横目で俺たちを見ると、微笑しグラウンドの奥へと通り過ぎていく。


「学院は【転移門ゲート】を使わずにいける、ある種のフィールドと言えるだろう。それだけ広く、未知に溢れている。さあ、そろそろ試験開始の時間だ」


 まさか彼女が試験官として、この俺たちのグループを担当するのだろうか。

 思わずユキノと目を合わせてから、俺はビビアンカの後を追った。


 先ほど話に出た【魔空間扉マジックドア】とは、この都市が建造され始めた初期に造られたとされている魔法の扉のことだ。

 この訓練場のように扉の先には何倍にも広がった空間がある。

 中には屋外にしか見えない森などの部屋もあり、扉の先の広さは『容量』によって異なるとされている。


 付与された魔法の維持を歯車による動力に頼っている【転移門ゲート】とは違い、恒常的な魔法の効果が確認されている不思議な扉だった。


 そんな扉が膨大な数あり、学院は広大にも程がある敷地面積を誇っている。

 そのことを新たに知ったユキノは、学院の規模に対する認識を改めたらしい。


 しばらく興奮気味の彼女と話していると、ビビアンカが試験の開始を告げた。


「全員揃ったようだな。では、始めよう」


 俺たちの後にも数人の受験生がやってきた。どうやら一グループ二十人単位で試験は行われるそうだ。


 同じギルドから出願したからだろう。中には見知った顔──ニックの姿もあったが、その他にもゲームで重要なポジションにいた人物たちが二人もいる。

 アイシャはいないが、筆記試験は突破しているはずなので会場が違うのだろうか。


 もしくは訓練場を全て使っていたとしても、二十人が六会場で一二〇人だとすると受験生の数に合わないため、試験は時間をずらし複数回行われているのかもしれない。


「実技試験の内容は至って簡単だ。魔力測定と木剣による模擬試合を見て、総合的に私が判断させてもらう。結果が悪くとも将来性を見込められれば合格としよう。各々全力を尽くしてくれ」


 ビビアンカは説明を終えると、早速俺たちを端にある柵で囲まれたスペースへ連れていった。


「まずは一人ずつ魔力の測定を行う。名前を呼んだ者から順に出てこい」


 バインダーに目を落とし、ビビアンカが受験生を呼んでいく。


 ゲームで魔力比べをするというサブクエストが発生した際、俺はこの魔力測定器を使ったことがある。

 全ての訓練所に設置されているこれは、前に立つと魔力に反応し歯車が回転する。魔力の最大出力量が多いほど速く回るのだ。


「あーもう、緊張してきたよ」


 順番を待っていると、ユキノがそわそわしながら小声で話しかけてきた。


「今のユキノなら大丈夫だろ。俺よりも、かなり魔力が多いんだからな」

「それとこれとは別じゃない。魔力を測ると言っても、量だけじゃないみたいだし」

「……気づいてたのか?」


 俺が少しばかり驚きながら訊くと、彼女は心外とでも言うように口を尖らせる。


「わたしだって、これくらいはね。魔力の保有量が多くて出力が大きければ速く回るみたいだけど、人によって回転の滑らかさが違うから」


 現在、短めの赤髪の少女の魔力に反応して、歯車は今までの受験生よりも滑らかに一定のペースで回り続けている。

 ユキノはその様子を指で示した。


「たぶん量だけじゃなくて、魔力の練度とかも見てるってことよね? あの先生がギルドで会ったときに言ってたように、魔力の操作が上手いかどうか確認するために」

「だろうな、俺も同意見だ。しかし将来性を加味して合格とする場合もあるのなら、必ずしもどちらも優れている必要はなさそうだがな」


 ユキノが言った通り、この機器は魔力の練度によって回転の仕方が変わる。

 模擬試合で剣の腕前やセンスを見るとすると、ここでは魔力に関する部分を様々な側面から観察し評価しようとしているのだろう。


「次、ニック・ハーパー」


 ビビアンカに呼ばれ、少女の次はニックが柵の中へ入っていく。

 彼が前に立つと、歯車はかなりの速度で回り始めた。


 一部から感嘆するような声が漏れる。

 だがこう言っては何だが、この魔力量は元々魔力が多い彼が、あくまで探索者としてすでに活動し、レベルを上げているからに過ぎない。

 特別練度が高いとも言えず、相対的に他の者よりも魔力が多いだけだろう。


「次、ジント・ウォルド」


 ビビアンカがバインダーに挟んである用紙への記入を終えると、今度は俺が呼ばれた。


 練度によって歯車の回転に差があることに気づいていないのか、鼻高々に出てくるニックとすれ違う。


 俺が前に立つと、歯車はニックよりも遅く回り始めた。

 いくら入学直後の話だとはいえ、彼はライバルのように主人公と張り合うだけのポテンシャルを持っているのだ。

 俺の方がレベルは上でも、魔力量が劣っていることは当然だ。


 だが、音も立てずスムーズに回り続ける歯車を見て、満足できる練度にはなっていると俺は安堵した。十分な結果だろう。


「次、ユキノ・フレイザー」


 外に出ると、ユキノと入れ替わりになる。

 相変わらず緊張した様子で入っていったユキノの結果を見守ろうとしが、先ほどから近くで待っていたらしいニックが、ニヤニヤとしながら俺の下に寄って来た。


「これで俺の方が上だってはっきりしたな。謝るなら今のうちだぞ」


 そう言って肩に手を置き、顔を近づけてくる。


 以前ギルドで俺の剣を持てなかったことをよほど根に持っているのだろうか。

 自分の方が上だと語気を強めて主張してきた。


 何と答えれば良いのか思案していると、その前に周囲から声が上がった。


「おお! なんだあの回転……」

「すごいな……明らかに他とはレベルが違うぞ!」


 慄然としながらも興奮を孕んだ視線は、魔力測定を受けているユキノに向いている。注目を一身に集めるユキノの前では、滑らかな動きかつ高速で歯車が回っていた。


「ちっ。んだよ……またかよ、あの女!」


 どこかほっとしているユキノを見て、俺が口の端が吊り上がるのを感じていると、ニックは虫の居所が悪そうに舌打ちし離れていった。

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