第16話 筆記試験

 城塞都市【セントラル】のC層東部には、入り組んだ石造りの建物群がある。

 周囲の住宅とは壁によって離隔されたそこは、古めかしい集落を想起させた。


 一帯への玄関口である広々とした正門をくぐると、建物の間を縫うように細い道があちこちへと伸びている。

 石畳の道を挟むのは塔であったり、縦にも横にも長い巨大な施設であったり、はたまた物置にしか見えない小屋だった。


 ──八月一日。

 この第三探索学院で、入学のための筆記試験が行われた。


 主人公がいないと知った時は衝撃を受けたが、あれから時間が経過し、俺は状況を整理した上で試験に臨むことができた。


 プレイヤーが性別や身長、顔のパーツなどを選び【ラスティ・マジック】ではそれぞれ異なる姿の主人公を作れた。

 俺はこの特定の外見の主人公がいないというゲームの特性により、この世界では主人公にあたる人物が存在しなくなったのではないかと考えている。


 また未来が変わるなどといった理由で、控えようとしていたメインストーリーへの干渉。最も重要である主人公の不在により、それを配慮する必要が一切なくなったのだった。


 むしろ主人公が他の人物たちと交流を始める予定だった入学以降は、根本から流れが変わり、発生する出来事に関してはゲームでの知識に期待できなくなる。


 だが、問題視すべきはそれだけではない。

 主人公が解決していくはずだった困難や、打ち払った危機の数々だ。


 例えばアイシャに協力し、彼女の問題を解決に導くのも主人公の役目だった。

 恵まれた才能によって突き進む主人公がおらず、手助けがなければアイシャは一体どうなるのだろうか。大きな課題が生まれ、重く肩にのしかかる。

 今後の対応を検討しなければならない。


 割り当てられた塔の上層階にある教室で筆記試験を終えた俺は、銅色に輝くエレベーターを利用してから外に出た。

 別の教室で試験を受けていたユキノは、伸びをしながら俺を待っていた。


「お疲れ様。ちゃんと出来たか?」


 声をかけると、落ち着いた様子でユキノが答える。


「うーん、どうだろう。ジントに手伝ってもらったところが思ったよりもたくさん出たから、たぶん問題はないかな」

「そうか。なら間違いなく実技試験には進めるだろうな」


 心配する必要はなかったようだ。

 問題は全三十問で、予想通り探索者としての素質を問うようなものが中心だった。後半の数問は、探索において提示された状況に基づき判断を述べる形式のものだったが、ユキノなら大きな減点は避けられているだろう。


 今日の筆記試験の結果は一週間後に通達される。

 年によって差異はあるが、受験者の半数ほどが入学の合否を決める実技試験へと駒を進められる。


「ジントはどうだった?」

「やれるだけのことはやったから、俺も問題はないはずだ」

「良かった。じゃあ、今日はもう帰ろうか」


 二人で学院に入りたいと言っていたユキノは、目標に向け一つ壁を乗り越え晴れやかな笑顔を見せる。


 他の受験者に混ざり正門を目指していると、道の先に見覚えのある人物の姿が目に入った。隣にいるユキノも気がついたのか、そちらへ足を向けている。


「アイシャ! 久しぶりね」

「ユキノ……それに、ジントも。お久しぶりです。実はお二人に会えないか、ナーダに待ってもらって探していたんです」


 道の端で立ち止まっていたのは、美しい金髪が人の目を引くアイシャだった。

 彼女が待たせているというナーダとは、メイド服を着ていたダークエルフの女性のことだ。学院内は安全と判断し、関係者ではないため外で待っているのだろう。


「わたしたちを探してたの?」


 ユキノが眉を上げながら自分を指す。


「はい。あの、もし良かったら試験後にお茶でもいかがかなと」

「行きたい行きたいっ! せっかくだし、ジントも行くわよね」

「俺は……」


 アイシャとはどちらかというとユキノが親しくなっている節がある。

 女子二人で行った方が楽しいのではないかと遠慮しようとしたが、その前にアイシャがユキノの言葉に頷いた。


「ジントも、一緒に行きましょう。時々足を運んでいる人目につきにくい安全なお店なので、ご心配はいりませんから」

「……そうか。だったら同行させてもらうよ」


 俺は以前の襲撃を目にしている。安全面を考慮して断ろうとしていると思われたのか、すぐさま補足されたため受け入れる他なかった。


 ユキノたちが学院の様子を見ながら会話する後ろを歩き、正門に向かう。


 学院内の迷路のように入り組んだ道は、入学当初は何度も迷うと言われていた。しかし今日は、ロープがかけられ門から試験会場まで以外の道が全て塞がれている。受験生たちが迷わぬよう、配慮がされているみたいだ。

 流れに沿って進むと、スムーズに正門まで来ることができた。


 そして外へ出ようとしていた時。

 今度は不意に強烈な視線を感じ、俺は足を止めた。


「……ジント?」


 突然歩みを止めた俺に気づき、ユキノが不思議そうに見てくる。


 具合は違うとはいえ、以前にこの視線と本質的には同じものを向けられたことがある。

 そのため、視線の主が誰であるか想像がつきながらも目を向けると、そこには予想通りビビアンカと遭遇した日以降は姿を見せていなかったニックがいた。


 門の俺たちがいる側とは反対の柱に背を預け、強烈な憎悪に満ちた目で見てきている。


 まったく、厄介な恨みを持たれてしまったものだ。

 ユキノは視線をたどり、ニックの顔を見ると眉を顰めた。


「あの人……。もう行こう」

「ああ、ここで面倒なことになるのは勘弁だからな」


 俺たちはニックを避け、この場を去ろうとする。


「アイシャ、待たせてすまなかった──」


 急に立ち止まったことを謝って先へ進もうとしたが、しかしなぜか次はアイシャがニックを見て固まっていた。

 一方のニックはそんな彼女と俺たちを見てから視線を外すと、背を向けて学院の外へ消えていく。


「……どうかしたのか?」


 訊くと、アイシャは戸惑いを滲ませた。


「先ほど私たちを見ていた彼と、お知り合いなんですか?」

「同じギルドを利用している関係で、以前に少し迷惑をかけられてな」

「なるほど……そういうことですか。いえ、すみません」


 なんとも言えない反応に、何があったのかいまいち掴みきれない。

 ゲームでニックは序盤で主人公のライバルのような存在だったが、クラスも違ったためアイシャなどとの関わりは薄かったはずだ。


「アイシャも知り合いだったの……?」


 ユキノが尋ねると、彼女は小さく首を振った。


「知り合いと呼べるほどでもありませんが、私の両親が生きていた頃、彼の父親が叔父と懇意にしていたのを覚えていたので。叔父の依頼で学院に入ろうとしているのかと警戒したのですが……。ジントたちの知り合いでしたら、杞憂だったようです」


 ニックがアイシャを狙い学院に進もうとしているといった事実はない。

 だが彼の父親が、アイシャの叔父と繋がっていたとは初めて聞いた話だ。


 門の外でナーダと合流した俺たちは、ひとまず店へ案内してもらうことになった。

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