第14話 交差
「あ、貴方は……?」
突然現れた見知らぬ人物に、アイシャは警戒心を持ったようだ。
剣を向けてはこなかったが、じりっと後退する素振りを見せる。
「偶然通りかかった者だ。悪漢に襲われているようなので手助けしたが、無用だったか?」
「い、いえ。助かりはしましたが……」
「抜け道があるから、そこを案内しよう。俺についてくるか早めに決めてくれ」
蹴り飛ばした仮面の男は、脳震盪を起こしたのか立ち上がりそうにはない。ひとまず時間は稼げただろう。
他の追っ手たちが来るまでに、急いで選択するようアイシャに投げかける。
彼女は後ろにある自分が来た道に目をやった。
逡巡の後、俺を見てから長剣を鞘に戻す。
「わかりました。案内を、お願いできるでしょうか?」
「ああ、それじゃあ──」
そこまで言ったとき、アイシャの肩越しに残りの仮面男たちがやって来たのが見えた。
「いたぞ、あそこだ!」
先頭の者が指をさし、ぞろぞろと後に続く仲間に俺たちの場所を教えている。
アイシャは完全に振り切ったと思っていたのか。声に視線を引き寄せられ、追っ手が先ほどまでの一人ではなく複数人になったことに焦りの表情を浮かべている。
ほんの数瞬だが、彼女の動きが止まった。
その間にも追っ手たちはこちらへ走り始めている。
俺が武器を持っていない以上、五人を相手にすることはできない。
残された距離を確認した上で、俺は今ならまだ逃げ切れると判断し、アイシャの腕を掴んだ。
「行くぞ。転びそうになっても気合いで走り続けてくれ」
彼女の腕を力を込めて引っ張り、走り出す。反応が遅れたため早速転びかけたアイシャだったが、なんとか一歩目を踏み出せたみたいだ。
迂回して先回りできたことからもわかるように、俺の方が足は速い。
限界まで速度を上げ、アイシャが俺に食いつく形で少しでも速く進もうとする。
掴んでいる腕はイメージよりも細かった。
ゲームではあまり意識していなかった、彼女も十五歳の一人の少女に過ぎないのだという鮮明な実在感を覚える。
抜け道の場所については、アイシャの下へ駆けつける前に確認済みだ。
角を曲がり俺が壁に隠れて様子を窺っていた場所まで戻ってくると、そこから団地へ入っていく。
広場のようになっているが、中へ入っていけるポイントが限られているため、仮面の男たちはこちらまで回り込んで来なければならない。
どこへ行くか見られていないうちに、集合住宅のロビーに駆け込む。
「ここに抜け道が?」
「この扉だ」
依然警戒を感じるアイシャの固い声に、ロビーにある鉄扉に手をかけ答える。
一見ただの防火扉だが、開けると下に続く階段があった。
「すごい……」
「『階層間』に繋がる地下通路だ。早く中に入ろう」
ゲームで主人公がしていたように、アイシャを連れて中へ入る。
音に気をつけ鉄扉を閉じると、俺たちは階段を下っていった。
ムービーはここで終わり、映像の視点は空高く上り【セントラル】の全体像を映していた。そのためこの先の道は不明だ。
だが薄暗い階段を抜けると、左右に伸びた細い道に出た。壁には照明もあり明るい。
本編での会話から、ここがC層とD層の間にある地下通路であることは知っていた。俺が今日C層へ上がるために通ってきた『階層間』と呼ばれる階段に繋がっている空間らしい。
主に下層へ行くC層の住民たちが、近道として使っている移動用経路だそうだ。
「右から出るつもりだが、問題はないか?」
「ええ、そうしましょう」
追っ手たちは先へ進んでいくだろうと踏み、通ってきた方向である右へ行く。
南東エリアから、俺が利用した東エリアにある『階層間』に出る道だ。
夜ということもあり見える範囲に通行人の姿はない。
ここの照明は、C層で利用されている魔石由来のエネルギーの一部が使われているのだろうか……などと考え歩いていると、今度は家にあるようなサイズの鉄扉に突き当たった。
扉を出ると、C層から下りて最初に行き着く踊り場だった。
階段を上り周囲を見渡すが、仮面の男たちは確認できない。どうやら無事に逃げ切れたようだ。
「……あの」
このままアイシャを置いて去ろうかと思っていると、彼女が話しかけてきた。
「助けていただき、ありがとうございました。深く感謝します」
顔を向けると、美しい所作でお辞儀をされる。
「気にしないでくれ。自分が助けたくて、ただ助けただけの話だ」
「そうですか。ですがせめて、お名前だけでも教えていただけませんか? 今は何もお渡しできませんが、いつか再会した際に……」
「遠慮しておこう。俺は行くが、ここからは君一人でも大丈夫か?」
アイシャは何かを言おうとしたが、名乗らない俺にそれ以上追求することはなかった。
「……はい。下手に動くと危険なので、なるべく安全な場所で朝が来るのを待とうかと。信頼できる人間を数時間後にはこれで呼ぶことが出来る──あっ」
ポケットから金属光沢のあるペンのような物を取り出し、アイシャはそれを見せた。
しかし、その時に階層間から風が吹き上げ、俺が目深に被っていたフードが脱げたのだ。
見事に目と目が合い、思わずため息を吐いてしまう。
これまで顔を知られたくないと隠していたのにもかかわらず、最後に見られてしまうとは。気がついた時にはすでに手遅れだったため、驚きよりも後悔が先に来た。
「あいつらに追われてる中で何時間も一人にするのは心配だが、隠れていれば大丈夫だろう」
「あ。そ、そうですね。それよりも……その、ついでにお名前も……」
気にせず話を続ける俺に、困惑しつつもアイシャが再度名前を尋ねてくる。
顔が明らかになってしまったのだから、名前もということなのだろう。
「……」
こうなった以上は、学院で再会した時に結局名前も知られるはずだ。俺がどうしようかと無言でいると、別の場所から声が聞こえてきた。
C層の中央方面から続く道からだ。追っ手のものではない。
「あ、ジント。いたいた!」
ミルクティーベージュの髪を風になびかせ、こちらに駆け寄ってくるのは外出姿のユキノだった。
一瞬目を疑ったが、見間違いようもない。
「なんで……ここにいるんだ?」
「なんでって、明らかに様子が変だったからよ。少し前に部屋を出て外の景色を見てた時があったでしょ? あの時みたいに気になってジントの部屋に行ったらいないから」
俺の問いに、近くまで来たユキノが答えてくれる。
「わたしも外に出たら、ちょうどジントの後ろ姿を見つけてね。学院でも見に行くのかなって追ったんだけど、見失っちゃって。もう探したじゃない」
ユキノは俺を探しつつ、自分も学院の前まで行っていたのだそうだ。
しかし見つからず、家に帰ろうとしていたところだったらしい。
「ジントというのですか?」
やり取りに出た名前を繰り返すように、アイシャが訊いてくる。
「あー……」
「……誰?」
俺が言い淀んでいると、外套の裾をつまんできたユキノに小声で尋ねられた。
学院を見に行こうとしていたが、途中で男と対峙する彼女を見つけて助けたのだ、ということにして手早く説明する。
ユキノは疑わず、納得してくれたみたいだ。
「わたしはユキノ。こっちはジントで合ってるわよ」
アイシャの方を向くと、彼女は俺たちの紹介をしたのだった。
ムービーの一幕を見るつもりが、あの出来事から端を発して完全にアイシャとの出会いを果たしてしまった。
「ユキノに、ジントですか。私はアイシャといいます。あの……学院を見にいかれていたということは、もしかすると生徒──ではなく今度受験を?」
「そうね。わたしたち、二人とも」
「お二人ともですか! 実は私も受けるんです、第三探索学院を」
俺が頭を悩ませている間にも、ユキノたちが会話を進めている。
アイシャも学院の受験生だと知り、ユキノは「えっ」と嬉しそうに眉を上げてから一気に距離を縮めた。きっと親近感が湧いたのだろう。
ゲームでも事情により学院に入るまで友人に恵まれていなかったという設定だったからか、アイシャもユキノを警戒せず受け入れている。
話が広がり、最終的にはなぜか朝にアイシャの待ち人を呼べるようになるまで、D層の俺たちの家で彼女は身を隠しておくということになっていた。
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