第12話 変化する流れ

「学院の、教員……だと?」


 ニックが目を点にして固まる。

 ユキノも教員と聞き驚いているが、俺はひとまず冷静に状況を見守ることにした。


「まだ時間じゃないだろ……!」


 青ざめた表情になったニックが、壁にかけられている時計を確認する。

 何事かと疑問に思ったが、それはすぐにビビアンカの返答によって明らかになった。


「一つ前の面談が円滑に進んでな。ここへは少し早めに移動して、読書でもしておこうかと思ったのだよ」


 今日が以前にニックが言っていた、学院への推薦入学を決定づける顔合わせの日だったようだ。


「それがまさか、このような愉快な場に出会えるとはね」


 女性にしては低めの声に、氷像と称される整ったクールな外見。

 美しさの裏にどこか影を感じさせる彼女は、腕を組むと俺たち三人を順に見た。


 黒いパンツスタイルに白シャツといったシンプルな服装はゲームと同じだ。


 ビビアンカは主人公たちを導く担任であり、作中でも屈指の実力者だった。ストーリーの後半では、手合わせに勝利することで特殊な【剣魔術】を授けてくれる重要人物でもある。


 ニックは今日、面談のためにギルドにいたのか。

 まさか彼を担当した教員がビビアンカだったとは思いもしなかった。


「性格に難ありのようだが、うちはその程度で入学を取り消すことはない」


 面接官の言葉を聞き、強張っていたニックの表情が元に戻る。

 おそらく先程の一件を見られたことによって、万が一のことがないか危ぶんでいたのだろう。得意げな目を俺たちに向けてくる。


 ニックの発言に腹を立てていたユキノは、学院のスタンスにひどく傷ついたようだった。

 自身の魔力を暴れさせてしまいショックを受けていた中で、さらに重ねられたものだからより虚しく感じたみたいだ。


 しかし、ビビアンカの発言はそこで終わりではなかった。

 彼女は肘を立て、右手の指でこめかみを抑える。


「だが魔力に関する知識の乏しさに加え、【剣魔術】を使用されかけたなどと言う状況判断能力の低さはいただけないな。これでも、学院長にどうしてもと頼まれた案件だからと期待していたのだがね」


 ビビアンカが醸す明確な失望に、ニックの表情はまた硬直した。


「ど、どういうことだ……?」

「わからないのかね。つまり、お前の推薦入学は取り消そうと言っているんだ。生徒に求められる最低限の素質はあると、一般入試で示したまえ」

「なっ。そ、それは……」


 淡々と下された宣告に、ニックは言葉を詰まらせる。

 それでもなお彼はすぐに食い下がり、異議を唱えた。


「話が違うぞッ! なんで俺が……。学院側に問い合わせるからな!」

「好きにしてくれ。もとより今回の判断は私に一任されている」

「……くッ。お、俺は──」

「もう良い。ならば簡単な賭けをして、私の判断に誤りはないと証明しよう。お前が予想を上回ったら、学院への入学を認める。駄目だった場合は話はそこまでだ」


 これ以上やり取りが長引くことは面倒だと感じたのか、ビビアンカが突然賭けを持ち出した。話があまりに自分たちと関係のないところにいくので、思わず俺はユキノと顔を見合わせてしまう。


「あ……?」

「あくまで簡単な賭けだ。この少年の剣を、お前が持つことができるかどうか。ちなみに私は持てないと見ている」


 だが、ビビアンカが賭けに使うと言ったのは俺が持つ長剣であり、いきなり会話に巻き込まれてしまったのだった。

 登場人物たちと関わる可能性がある道を選んだとはいえ、こんなに早くここまでのことがあるとは。


「少しの間、剣を借りても良いだろうか?」

「……ええ。まあ持つだけでしたら、別に構いませんが」


 特に問題はないので俺が鞘ごと剣を差し出すと、ニックはニヤつきながら手を伸ばした。


「なんだよ。結局、剣を持つだけで入学できるって。今までのは何の冗談だったんだ──よおっ!?」


 しかし剣を受け取ると、ニックは間の抜けた声を出しながら地面に倒れ込んだ。一瞬のことだったが、剣ごと彼をビビアンカが支えている。


 彼女は俺の剣をゆっくりと地面に置くと、四つん這いになっているニックを見下ろした。


「持てないだろう? これで理解できたか。私がお前の力量を正確に判断した上で、推薦を取り消したのだと」

「……は? ど、どうなってるんだよ。こんなに重いわけねえだろっ」


 ニックは何度も地面を踏ん張り、俺の剣を持ち上げようとするがびくともしない。膂力が足りていないということは、レベル3くらいだったのだろう。

 ビビアンカは傍目から、およそのレベルなどを見て取ったとでもいうのだろうか。


「では、話は以上だ。貸してもらいすまなかったな」


 彼女は軽々と剣を拾うと、俺に返してきた。

 一歩進み、このまま去っていくのかと思ったが、そこで動きが止まる。ユキノと俺を見てから、最後にビビアンカは微笑んだ。


「魔力の操作は練習あるのみだ。いずれ完璧に支配下に置くことができるだろう。才能ゆえに簡単に滅入るんじゃないぞ。少年も、素晴らしい知識を持っているようだからな……また、学院で会おうじゃないか」


 現れた時と同じく、ビビアンカは颯爽とギルドを出ていく。

 その背中を見送ると、一人の女性の登場により完全に止まっていたギルド内の時間が再び流れ出した。周囲で立ち止まっていた他の探索者たちも、それぞれの行動に戻っていく。


 ふと床に座り込んだままのニックを見る。

 すると彼はキッと俺たちを鋭く睨んでから、ビビアンカの後を追っていった。


「お、おい! 待ってくれ。俺が悪かったから、もう一度だけ面談を……!!」


 ゲームでは推薦入学をしていたニックが、学院に入るためには一般入試を受けるほかなくなった。俺の存在によって、早くもメインストーリーに変化を与えてしまったのだ。

 そのことに、形容し難い戸惑いを感じる。


「……ねえ、ジント。さっきの先生、すごかったね!」


 ただ、落ち込んでいたユキノはビビアンカとの接触により気持ちが前を向いたらしい。ギルドの出口にその姿を思い浮かべるように、ユキノは目を輝かせている。


 この出会いも、マイナスではなかったのかもしれない。

 今こうして生きて、心を晴らしたユキノの姿に俺はそう思う事ができた。


 学院への願書を提出し、俺たちは入試に向けた生活を本格的にスタートさせた。

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