モブは友達が欲しい〜やり込んだゲームのぼっちキャラに転生したら、なぜか学院で孤高の英雄になってしまった〜
和宮 玄/和玄
第一章 入学試験編
第1話 プロローグ
頭上から迫る巨大な拳を避け、俺は剣を振った。
その軌道をなぞるように現れた真っ赤な炎が敵を燃やす。
これこそが魔法が衰退したこの時代、人類が凶悪なモンスターに対抗すべく編み出した技術──【剣魔術】だ。
特殊な剣に魔力を乗せることで、擬似的に魔法の効果を得た剣技を実現している。
敵は一瞬よろめいたが、この程度の攻撃で絶命するほど柔ではなかった。
毒々しい紫がかった泥から成る体躯は、こちらの倍ほどある。
体表に浮き出た泡が弾けると、周囲に有害なガスが広がり、
この一帯に現れる汚泥の巨人『ポイズンゴーレム』はしぶとく倒しにくい上に、攻撃が重いため一発が命取りになる。
ミスは許されない。
間合いを取りながらタイミングを窺い、相手の攻撃を誘う。
痺れを切らしたゴーレムが再び拳を振り上げたのを確認して、俺は後方に下がり剣を構えた。同時に魔力が剣を伝い、【剣魔術】が発動する。
足下が高速で突き上がり、俺は次の瞬間にはゴーレムの頭よりも高い位置へと跳び上がっていた。
上段の構えから、勢いのままに空中で一閃。
反応が間に合わずガラ空きになったポイズンゴーレムの頭部に剣身を叩きつけ、落下に合わせて縦に断つ。
『ムガォッ──』
ゴーレムがくぐもった独特の叫びを上げる。
最後まで警戒を怠らず、俺は続けて追撃のモーションに入ろうとした。
しかし、その前に膝から崩れ落ちたゴーレムが地面に伏し、淡い光の粒子となって霧散する。どうやら勝負はあったみたいだ。
「ふぅ……」
重力に従い真っ直ぐと落ちて行く光を眺めながら、息をつく。
目指す場所はまだ先だ。
今はうまく勝てたが、複数の敵に囲まれでもしたら状況はまた変わるだろう。
なるべく戦闘は避けて──
「……なっ」
その時だった。
たった今、思い描いていた危惧すべき展開が現実となったのは。
汚泥がせり上がり、俺を挟むように出現する二体の巨人。先ほど倒したばかりの個体と寸分違わぬ姿のポイズンゴーレムたちだ。
瞬時に勝ち目はないと判断を下し、逃走を試みる。
だが、すでに手遅れだった。
両方向から一斉に振り下ろされた拳よって、俺は身動きも取れぬまま押し潰され──そして、呆気なく命を刈り取られた。
「…………また駄目だったか」
ため息交じりに呟き、コントローラーから手を離す。
死亡したのは俺自身ではなく、ゲーム画面の中にいる操作していたキャラクターの話。
ゴーレムに敗れ力尽きた金髪の青年は、すでに沼地からリスポーン地点の街中に場所を移し、次の指示が出るのを待っている。
オープンワールド型アクションRPG【ラスティ・マジック】。
昨年このゲームが発売されると、独自の世界観と高い自由度が話題になった。
危険なモンスターたちに追いやられ、人類に残されたのは広大な城塞都市のみとなった時代。プレイヤーは学院に通い、戦う術を学んでいく。
メインストーリーはその学院内での交友関係や、都市に潜む悪との対決だ。
どのような【剣魔術】を習得していくかで、自由自在に戦闘スタイルを変えることができる。
しかし自由度が高いと話題になった最大の魅力は、また別にあった。
メインストーリー以外の、オンラインモードが推奨されている都市内外での散策や冒険──他プレイヤーと同じ世界を共有することができる──では、NPCなどから受けられる様々なサブクエストがAIによって無数に発生するのだ。
中には全プレイヤーで一人にしか発生しないユニーククエストと呼ばれるものまで存在している。
「この世界で生きると決めた、か」
ふと、公式サイト上で見たキャッチコピーが頭をよぎった。
発売開始と同時にプレイを始め、細部まで作り込まれた世界に覚えた感動。
たくさんのNPCたちの物語に心を動かされ、剣を片手に見た地平線をどこまでも冒険したいと思った。
夢中になってやり込み、現在はソロにして最上位プレイヤーの一人に数えられている。
だが先日、偶然発生したユニーククエストは何度挑戦しても失敗続きだった。
本来はエリアを区切るために設置されたであろう異常に強いポイズンゴーレムが大量に出現する沼地。そこを突破してみろと、ある強敵を倒すとクエストが発生したのだ。
すでに今日だけでも十回の失敗を繰り返している。
俺はそろそろ、AIがクエストを作成する段階で何らかの不具合があったのではないかと本気で疑い始めていた。
しかしキャッチコピーを思い出し、まだ出来ることはあると思考を切り替える。
──この世界で生きると決めた。
画面の向こうから感じるのは、果てしなく広がる世界。
ゲームが獲得した鮮やかな現実味だった。
「ソロがプレイスキルでどうにもできないんだ……仕方がない。初めて、誰かに力を貸してもらおう」
自分を納得させるように、声に出して言う。
ユニーククエストとはいえ、上限五人のパーティで挑戦することは可能だ。
顔見知り程度のフレンドしかいないが、今回は憚らず誘うだけ誘ってみよう。俺はどうしても、真剣に、最後まで投げ出さず何とか突破口を見出したかった。
だからフレンドにメッセージを送るために、コントローラーを手に取った──ところまでは覚えている。
だがそこで記憶が途切れ、次に感じ取ったのは後頭部に響く鈍い痛みだった。
「──っ」
ドンッ、と何かに頭を強打したようだ。
思わずうずくまった俺は、自分が鉄製のスプーンを握っていることに気づき、何をしていたのかと疑問に思った。
「大丈夫、ジント?」
「……え」
不意に声をかけられ、顔を上げる。
すると、心配げな表情を浮かべた少女がこちらを覗き込んでいた。
よく見るとここは、机の下らしい。次第に、自分は床に落としたスプーンを拾おうとして机に頭をぶつけたのだと理解していく。
それにしてもなぜ彼女は、俺のことを「ジント」と呼んだのだろうか。
妙に耳馴染みがあるその三文字を不思議に思いながら、後ろに少し下がってから立ち上がると、そこは初めて見る部屋の中だった。
ついさっきまでゲームをしていたはずだが……。
困惑する俺に、少女が近づいてくる。
「本当に大丈夫? かなり強くぶつかったみたいだけど」
「……あ、ああ」
「なら良かった。じゃあ、新しいスプーンと替えてくるから」
返事をしないわけにもいかず、俺が答えると彼女はスプーンを受け取って横を通り抜けていく。
その足はすぐに小さなキッチンにたどり着き止まった。
ふわりと伸びたミルクティーベージュの長い髪に、男女問わず人の目を集めるだろう端整な顔立ち。間違いなく初対面のはずだが、どこか日常を思わせる空気が流れている。
ひとまず状況を確認するため、俺は部屋の中を見回してみる。
継ぎ目がなく無機質な石造りの室内には、少女が今いるキッチンの他に、二人掛けの小さな食卓と、ベッドとクローゼットくらいしか物が置かれていない。
しかし壁にかけられたお洒落な布や、枕元にある間接照明によって殺風景な印象は受けなかった。よくされた整理と同じくらい気が配られているのだろう。
俺は視線をキッチンに戻そうとして、近くの壁に設置されたこれまた小さな鏡の中に、自分の姿が映っていることに気がついた。
一瞬、そのまま見逃しそうになったが──
「嘘、だろ……」
こちらを見返す自分の顔がいつもと違うことに、仰天した。
さほど目立たない地味な顔に黒髪の男が、目を丸くして立っている。
俺が頬に手を伸ばして
部屋にいる少女とは違い、この男の顔には見覚えがあった。
もちろん他人で、一度も会ったことはないが。
この顔────【ラスティ・マジック】に登場するNPCだ。
あの世界を駆け回り続け、やり込んだ俺なら見間違わない。
確かに先ほど少女に呼ばれたように、ジントという名前だった気がする。
だが、疑問は尽きず湧いてくる。
なぜ自分がゲームのNPCの姿になっているのか。
それも、クエストに繋がることもなく、ほとんどのプレイヤーが記憶に留めもしないようなモブの姿に。
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