第17話 霊獣

 神樹姉弟は双武学園と姉弟の住む双武市の隣町である鏡花町に来ていた。

 

 「で、雫先輩の家の場所、知ってるのか?」


 未だに至福の時間を邪魔されたことを根に持って不機嫌な楓。

 紅葉はそんな楓に呆れながらも、諭すように叱る。


 「も〜、まだ不機嫌そうな顔して〜、いい加減子供じゃないんだから止めなさい!。雫先輩から説明したいことがあるから、楓が起きたら一緒に来てくれって言われたの!雫先輩の家の場所なら地図をもらってるから大丈夫!。それに楓だって雫先輩に聞きたいことあるでしょ?」


 コウが紅葉のカバンの中から顔を出し、ワン(主、自ら過ちを認めるのも大事なことですぞ)と言っている。

 二人?から叱られ、気まずくなったのか楓は「悪かったよ。」と謝り二人?についていく、すると紅葉が立ち止まり、あたりをキョロキョロと見回す。

 

「え〜っと、雫先輩からもらった地図によると、この辺で一番大きなお屋敷らしいんだけど……。」


「この辺で一番大きな屋敷って言ったら、鏡花流の屋敷じゃないのか?。」


 鏡花流とは、神木流と同じく武術の名家で、ここ鏡花町の名前の由来となるほどの流派であり、武術界隈では武器術に長けていることでも有名である。

 楓の発言を聞き、紅葉は楓の方に振り返る。



「そう、その鏡花流のお屋敷!、そこが雫先輩の家なんだって。」


「いや、雫先輩の名字はジフタリアだろ、一文字も合っちゃいないじゃん。」


「雫先輩のお父さんは婿養子で、実家が鏡花家なの。雫先輩は日ノ本生まれ、日ノ本育ちで、小さい時から鏡花家に住んでるんだって。」


「なるほど。じゃあここが雫先輩の家だな」


 楓ははそう言いながら鏡花と書かれた表札を指差す。

 紅葉は完全に見落としていたようで、頬を赤くして「えへへ……。」と恥ずかしそうに頬を掻き、楓はジト目で紅葉を睨む


「えへへ、じゃないよ、どうやったらこんなデカイ屋敷を見落とすんだよ!」


「も〜、細かいこと気にしない、ほら!行くよ。」


 いや、細かくないよ、と楓は思ったが、それを指摘すると紅葉の機嫌が悪くなるので、ジト目で睨むだけにする。

 紅葉が、鏡花家の門に設置されたインターホンのスイッチを押すと、女性の声がする。


『どちら様でしょうか?』


「あの、私、雫さんの後輩の神樹紅葉といいます。本日は雫さんからご招待を頂き、弟と共に訪問させていただきました。」


『はい、お嬢様からお聞きしております。ご案内致しますので、どうぞ中へお入り下さい。』


 神樹姉弟が門の中に入ると、玄関前で着物姿の女性が待っており、神樹姉弟が近づくと丁寧なお辞儀をする。


「私、鏡花家の使用人の伊藤と申します。お嬢様は現在お稽古中ですので、客間でお待ち下さい。ご案内いたします。」


そう言うと、使用人は神樹姉弟を客間まで案内した。


 神樹姉弟が客間で待つこと十数分、客間の襖が開け放たれ、稽古着だろうか袴姿の雫が現れる。


「私が呼んだのに待たせちゃってごめんね、」


「こちらこそ急にお邪魔してすいません」


 雫が部屋に入って来たことを察したコウが、客間の畳に置かれていた紅葉のバッグからもぞもぞと這い出し、恭しくお辞儀をする。


 ワン(姫!ご機嫌麗しゅう御座います。お加減はいかがですかな?)


 雫はコウの挨拶が終わるや否や「あ〜コウ君だ〜。」と言いコウを抱き上げ撫で回す。


「こんにちは、コウ君、私は絶好調よ、コウ君の調子はどう?」


(姫のご尽力もありまして、私めも快調に御座います。)

 

 コウは雫に撫でられ、ご満悦そうにゴロゴロと喉を鳴らしながらそう言った。

 お前は狼じゃないのか?、と心の中でツッコミつつ楓は考える。


(雫先輩もコウの姿と声が分かるようだ、だけど上木さんはコウ姿は見えていても声は聞こえていなかった……。マナの感知能力が関係しているのか、いや、だけどコウは自分のことを霊獣って言っていた……、ってことは精霊と同じたぐいのはず。であれば上木さんはコウのことが見えないはず………。)


 そんな考えが頭の中を堂々巡りし、顎に手を当てて考え込む楓。

 雫は考え込む楓の姿を見て、コウを抱きながら尋ねる。


「どうしたの楓くん?」


「……雫先輩、お話の前に質問しても良いですか?」


 雫は「もちろん」と快諾して、楓達が座っている場所のテーブルを挟んだ真向かいにコウを抱いたまま正座する。

 楓の質問を待つ雫は、真剣な眼差しで楓を見つめる。

 雫に抱かれているコウも真剣な眼差しで楓を見つめていた。

 楓を見つめる二人?を見て(何か締まらない絵面だな)と思いながらも、楓は口を開く。


「質問というのは、そいつ……コウのことです。」


 楓に名指しされ、コウは驚いたような顔をする。


 ワン(私めのことですか。)


 「そう、お前のことだ。……」


 そう言って楓はコウに視線を移し、質問を続ける。


 「コウは俺のことを主って呼ぶけど、俺はコウの主になった覚えもないし、俺がコウの主になるとしても、コウことを何も知らないまま主になることは出来ない。だからコウがどういう存在なのか教えて貰えませんか?」 


「そうね、それじゃあまず守護獣について説明するわね。守護獣っていうのは、基本的に魔術師と契約を交わした使い魔の中でも特に強力なものや、魔術師と契約した霊獣のことを総じて守護獣って呼んでるの。だから、マナの感知ができるようになったばかりの初心者が守護獣と契約することはまず無いことなのだけれど、極々稀にマナの感知……、魔術師の間ではマナの目覚めって呼ぶんだけど、そのマナの目覚めと同時に霊獣が顕現して、そのまま守護獣になるケースがあるの。楓君はこのケースに当たるわね。」


「だけど俺はコウと契約を交わしてないですよ。」


「そのことなんだけど、霊獣が顕現した時点で既に契約は交わされているみたいなの。」


「みたい、っていうことは詳しいことは分からないってことですか?」


「そうね、霊獣自体が希少な存在って言うこともあるんだけど、その辺については霊獣が教えてくれないの。」


ワン(そのとおり、我等が契約について語ることは規則……というよりも禁忌に近いですかな、……とにかく、我等が人間に契約について教えることは出来ないのです。)


「そういう訳で、守護獣についてはわかった?」


 楓は頷いて肯定する。


「それじゃあ次は、霊獣についてでいいかな?」


「はい、コウは自分のことを霊獣って言ってましたけど、霊獣ってのは精霊と同じ様な存在なんですか?」


「そうね、霊獣と精霊は体がマナで構成されているという点は同じなんだけど、霊獣は精霊よりも上位の存在になるわ。霊獣の方が体を構成しているマナの密度が桁違いに高くて、その密度の高さから強大な力を持ち、マナを知覚出来ない人でもその姿を見ることができる。それが霊獣よ。」


 楓は雫の説明を聞き、コウを見る。


(だから上木さんもコウのことが見えてたのか。)


 「ちなみにコウ君の種族は狼王族っていう霊獣の中でもさらに上位の種族になるわ」


 コウは雫の腕の中で、誇らしげに胸を張る。


(……こうして見てても、ただの小狼にしか見えないけどな。)


 楓は胸を張るコウに手を差し伸べる。


「まぁ、お前がすごい存在だっていうことは分かったよ。これからよろしくな。」


 コウは、楓から差し伸べられた手を見て、嬉しそうに自らの前足を出し握手?する。


 ワン!(こちらこそ、姫の騎士の守護獣として誠心誠意仕えさせて頂きますぞ)


 コウの「姫の騎士」という言葉に、雫は慌ててコウの口を塞ぐが、コウの言葉はテレパシーのようなものなので意味がなかった。

「コウ君!それは私から楓君に説明するって言ったじゃない!。」


「雫先輩、騎士って俺のことですよね。どういうことですか?」


 楓の質問に、雫は一度ハァっとため息を吐き、真剣な眼差しで楓と紅葉を見つめる


「今日私が二人に話したかったことには、そのことも関係しているわ。――そう、巫女についてよ。」

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