第15話 暴走

 紅葉のマナ知覚騒動が終わってから数分後、仕切り直しの意味を込めて雫が一度手をパン!と合わせる。


「色々ありましたが、次は楓君の番です。紅葉ちゃんの時みたいにはならないだろうけど、万が一ってこともあるから、油断せず行きましょう。」


 名指しされた紅葉は今、武闘館の隅で精霊達と戯れており、ジンはそのお目付け役をしていた。

 通常精霊は一般の魔術師でも感知することは困難で、紅葉のように視認できるレベルの人間は非常に数が少ない。

 また、精霊はマナ以上に繊細な存在で、ちょっとした刺激で自然に影響を与えてしまうため、初めて精霊とコンタクトを取る際には、精霊の感知、もしくは視認できる魔術師1名以上が近くで監視していなければならず、精霊の視認は出来ないが、感知することができるジンが紅葉の監視をしているのも、紅葉が精霊に余計な刺激を与えないようにするためだ。

 楓は、紅葉が精霊と戯れている姿を、武闘館の中央で見ていた。

 楓の目には精霊は写っておらず、紅葉が一人で楽しそうに遊んでるようにしか見えない。

 しかし、楓にはそんな紅葉の姿がとても羨ましく思えた。じき自分もマナの感知が出来る様になるだろうが、雫達の態度から自分が紅葉のようになることはまずないと伺え、今までいつも一緒にいた双子の姉が急に遠い存在に感じたからだ。

 楓は自分の両頬を強く叩き、気合を入れて栞の前に出る。


(弱音を吐くな!、紅葉が遠い存在になるんだったら、俺が近づけばいい。)

 

「よろしくお願いします」


 そう言って栞に一礼する。栞は、急に頬を叩いて気合を入れた楓を見て、目を丸くしていたが、直ぐに元に戻り紅葉の時と同じように楓の手を握り微笑む、


「紅葉さんの時のこと見ていなかったの?そんなに緊張しない、……ほら目を閉じて。」


「すっすいません。」


 楓は栞の指摘に頬を赤らめながら恥ずかしそうにする。

 そんな二人を見て、雫は眉を八の字に曲げて、面白くなさそうな顔をしていた。

 実は雫、楓と初めて会った時からひそかに好意を寄せていた。

 所謂一目惚れというやつで、もちろんこのことは本人も自覚している。だからなおのこと、自分の思い人が、他の女と手をつないで頬を赤らめている姿を見るのは面白くない、


「栞!、魔法をかけるのに手までつなぐ必要はないでしょ!楓君が困ってるじゃない。」


 思わず雫の嫉妬心が全開になってしまい、栞に注意する。雫自身も栞に下心などなく、純粋に親切心で緊張をほぐすために行った行為だと分かっているのだが、その辺は乙女心の暴走というものだろう。

 栞は、雫の注意に疑問を持つが、親友が不機嫌そうにしていたため、ここは従うことにする。

 

「わかったわよ、楓君、目を閉じて」


「はい」


 栞は楓の手を離し、目を閉じるよう促すと、楓は目を閉じる。

 楓が落ち着いたのを確認すると、先ほどと同じようにマナの知覚範囲拡大魔法を楓にかける。


「楓君、なにか感じる?」


「……いえ、何も感じません。」


「それじゃあ、徐々に出力を上げるわね。」


 それから数分後、楓にはマナを感じることができないでいた。

 楓の頭に(もしかしたら自分はマナの感知が出来ないのではないか)、という不安がよぎる。

 

「大丈夫よ楓君、これだけ感知範囲の狭い人は中々珍しいけど、この魔法を使ってマナの感知が全くできないなんて人はいないから。」


 楓の不安を察したのか、栞は楓を励ますように声をかけ


「これじゃあ埒が明かないわね、出力全開で行くわよ」


 そう言って栞は、感知拡大魔法の出力を最大にする。

 その時だった。楓は自身の中にを感じた。


「感じました!!」


 雫と栞は楓の発言を聞いた瞬間、異常事態が起きたと判断した。

 通常マナを初めて知覚した時は、全く新しいものの存在をに感じ取るもので、楓のように。楓が感じているものはと言うことになる。


「栞、魔法を解いて楓君から離れて!、結界の準備をするわ!。」


「わかった!。」


 栞は雫の指示通りに楓にかけていた感知拡大魔法を解き、楓から離れる。

 楓はそのことにも気づかず、自分の中にいる存在を確かめるために集中し、自らの内に感じる存在に段々と近付いて行く、すると最初は感じる程度だった存在が大きなり輪郭が見えてくる。

 ……その姿は巨大な狼の様な形をしており、なにかを訴えている。そう感じた楓が狼の訴えに耳を澄ませたその時だった、楓の耳に狼の咆哮と訴えが聞こえた。


 『足りぬ!』


 そこで楓の意識は断たれた……。


 雫と栞が楓の様子を固唾を飲んで見守っていると、突如大気が震え、楓を中心に風が渦巻く。

 

 「そんな……、周囲のマナを吸収しているの?」

 

 栞がそう呟くと、雫は準備していた魔法を発動する。すると雫の周りにクラゲのような形をした何かと、甲冑を着た巨人のような何かが現われる。


海月みつき楓君を拘束しなさい!、頑亀がんき結界で楓君を閉じ込めて!。」


 雫が海月と頑亀と呼ばれる何かに命令を下すと、『『御意』』という言葉と共に2体が動き出す。

 海月と呼ばれたクラゲの形をしたものが、その触手で楓を拘束すると、頑亀と呼ばれた巨人は楓の周囲に亀甲文様の結界を張る。

 しかし、楓に起こっている現象は収まらない。


『姫!あれはマナの吸収なんて生易しいものではありませぬ、あれは周囲のマナを片端かたはしから喰らっております。このままでは我々も危ういですぞ』


 頑亀と呼ばれた巨人の言葉を受け、雫は頭をフル回転させ考える。このままでは楓が周囲のマナを食い尽くし、ここにいる全員が倒れてしまう、楓が本能的に足りなくなったマナを補充しているのであれば、その分魔力回復薬を飲ませれば良いのだが、楓の様子を見る限り、この場にいる全員の手持ちでも明らかに足りない、状況は八方ふさがりかのように見えた。


「頑亀、楓君の結界を解きなさい。」


 雫は一つの可能性に賭けることにした。頑亀と呼ばれた巨人は雫がしようとしていることを察し、止めようとする。


『姫!それはあまりに危険です』


 雫達の会話を聞いていた栞も、雫が何をしようとしているかを察する


「貴方、まさか血を直接楓君に飲ませる気!?、彼を殺す気なの?」


 雫にもちろんそんなつもりはない、しかし、このままでは何もできずに共倒れする。そうなるくらいなら、たとえ可能性が低くても賭けないよりはましだ。

 議論をしている暇はない、そう判断した雫は自らの親指を噛み切り、「それじゃあお願い!」と言い残し、楓の元へ駆けて行く、


『姫!――ええい、ままよ!』


 頑亀と呼ばれた巨人はそう言うと、雫の指示通り楓の結界を解いた。

 雫は、楓の結界が解かれたことを確認すると楓へ飛びつき、抱きしめ、直ぐに血の出ている自身の親指を楓に口元に当てて血を飲ませる。

 直後、楓は「ぐ……、がぁ、」と苦悶の表情を浮かべる。

 雫は楓を強く抱きしめ(お願い……。)と強く祈った。

 それから雫にとって永遠とも思える程の、実際には1分程が経ったころ、楓に起きていた現象がぴたりと止まった。

 雫は恐る恐る楓の様子を確認する。楓は意識を失っているようだが、他は問題なさそうで、すやすやと寝息を立てている。

 

「よかった~。」


 雫はそう言うと魔法を解き、楓を抱いたままその場にへたり込む、すると、状況を見守っていた他の3人が雫達の元に集まって来た。


「雫……他に方法がないからといって、貴方、無茶しすぎよ!」


 よほど心配だったのだろう、普段あまり感情を表に出さない栞が、珍しく語気を強くする。


「栞、頼むからお説教は後にして、腰が抜けて立てないの。」


「まったく……しばらくそうしてなさい!。」


「それはそれでご褒美なんだけどね……。」


 そう言いながら、雫は楓の前髪を優しく撫でる。するとあることに気付いた。

 紅葉も異変に気付き、そのことを指摘し、指を差す。


「あれ、この子なんですか?」


 紅葉の差す方向の先には、楓の顔を心配そうに舐める一匹の子狼がいた。


~~~~~

 

 双武学園某所、そこには一人の男がいた。

 男は何かを感じ取ると、両手を大きく開き天を仰ぐ、


「ようやくだ……。ようやく4人そろった。これで世界の悲願を叶えることができる。」


 男は人知れず歓喜に打ち震えていた。



『古の時代、戦禍により世界は二つに分かたれた。

 分かたれた二つの世界は再びの邂逅を約束するも、未だその約束は果たされていない……。

 されど、古の英雄達の目覚めは近い。』

 


『分離世界の英雄譚 第二章魔力覚醒編 

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