第10話 図書室の主と魔力

 双武学園の図書室はとにかく広い、蔵書数もそこらの図書館よりも多く、絵本から専門書まで様々な本が置かれている。

 楓は、幼少の頃から本を読むこと好きで、高校の進路をこの双武学園に決めた理由の一つに、双武学園の図書室の蔵書数に引かれたから、というものがある程である。

 楓が図書室の戸を開き、「失礼しまーす。」と言いながら図書室に入ると


「あら、神樹君、今日は文芸部ここに来たのね。」


と声をかけられる。

 楓が声のする方を見ると、図書室の貸し出し・返却受付席に本を読んでいる眼鏡をかけた少女がいた。

 彼女こそ、この双武学園において図書室の主と呼ばれている文芸部部長、紙法 栞しほう しおりである。

 楓は、「おつかれさまです、紙法部長」と栞に挨拶をした後、大量の本を栞の前に出す。


「先週借りていた本の返却に来ました。」


「あぁ、今日は本の返却日だったのね。それで今度はどんな本をご所望かしら。」


 栞は読んでいる本から目を離さずに質問をする。

 そんな栞の態度も慣れたもので、楓は「う~ん」と一考した後、読みたい本のリクエストをする。


「そうですね、武術関係の古書と武器の専門書、それと面白そうな小説をいくつか、ってところですかね。」


「武器の方は近代兵器?それとも弓や白兵武器の方かしら?」


「後者の方です。」


「それだったら、武術関係の棚に古書と一緒にあるわよ、小説の方は、いくつか新刊が出ているからそれを読んでみたらどう?」


「ありがとうございます。それにしても紙法部長は、図書室の蔵書について本当に詳しいですよね。」


 栞は楓の褒め言葉に「ふふ」と笑みをこぼす。


「「図書室の主」ですもの、当然よ。それにしても神樹君は本当に色々な本を読むのね」


「本は知識の集合体、知識は力ですから。」


 楓がそう答えると、栞はそこで初めて読んでいる本から目を離し、楓に笑顔を向ける。


「神樹君のそういうものの考え方、私好きよ。」


 栞はその性格上、基本的に感情を表に出したり、表情を変えることは非常に少ない、そんな栞の珍しい笑顔を見て、楓は不覚にもドキッとしてしまう。

 楓は赤くなった頬を隠しながら、「それじゃあ、失礼します。」と言って逃げるようにその場を後にした。

 

 楓が目的の本を探していると意外な人物と遭遇した。

 ジン・テラヴァルカだ、ジンは図書室の卓上に両足を乗せ、お世辞にも良い態度とは思えない態度で本を読んでいた。

 ジンを見つけた楓は、怪訝な顔をしてジンに尋ねる。

 

「なんで不良おまえ図書室ここにいる。」


楓の質問にジンは「なんだ、お前か」と一言発っした後、不承、不承といった態度で答える


「文芸部の俺がここにいちゃいけねえのかよ。」


「お前、本を読むのかよ。」


 楓は、双武学園の特性上、不良であるジンが文芸部所属なのは特段驚くべきことではないが、不良ジンが図書室で本を読んでいること自体に驚いていた。


「そうだよ、文句あっか?」


「文句はないよ、だけど騒いだりするなよ。」

 

 一応ジンに注意をする楓だが、ジンは


「図書室で騒ぐ馬鹿がいるかよ、他の奴らの邪魔になるだろうが。」

 

と極まっとうな返答をし、楓は不良ジンの意外な返答にキョトンとなる。


「お前、本当に不良か?」


「それは周りの奴らが勝手に言ってるだけだ、俺は俺の決める範囲内で好きにやってるだけだ。……用がねえなら俺は他に行くぜ」


 楓の物言いに不機嫌になったのか、その場から移動しようとするジンを、楓は「ちょっと待った」と制止する。

 

「聞きたいことがあるんだ」


「……なんだよ。」


 面倒くさそうな態度でジンが言う。


「昨日お前が使ってた力、俺達が使う氣とも違う、あの力……一体なんだ?」


 楓の質問に、ジンは「あ~」と言いながら周囲を見渡す。

 

「ここじゃ人が多くてダメだ、場所変えるからついてこい。」


 そう言ってジンは栞のいる受付席まで移動し、楓もジン後に付いていく。

 受付席に着いたジンは「おい、紙法」と栞を呼んだ。


「あら、テラヴァルカ君、今日はどんな御用?」


「俺を名字で呼ぶんじゃねえよ、……まぁいい、禁書庫の鍵とブローチ1つ貸してくれ」


 栞は楓の方を見る、栞の目は先程までの目とは違い、なにかを見通すような目をしており、しばらくするとジンの方へ向き直り、


「彼は様だけど」


とジンに確認する。


「確かにまだが資格はある。俺が保証するよ。」


ジンがそう言うと栞は「そう……。」と一考する素振りを見せた後、納得した様子で席を立つ、そして、受付席の後ろにある金庫から鍵とブローチを一つづつ取り出し、鍵はジンに、ブローチは楓に渡す。

ブローチを受け取った楓は「これは?」と栞に質問する。


「神樹君、禁書庫に入るときはこのブローチを付けてね。そうじゃないと|《・》《・》


栞の言葉に、意味が分からないといった様子の楓、楓が栞の言葉の意味を問おうとしたその時、


「おい、行くぞ」


栞から鍵を受け取ったジンが、自身の後に付いてくるよう楓に促す。

楓は訳が分からないながらも、栞の忠告通りブローチを制服の胸元に付け、ジンに付いて行こうとしたその時、栞がぼそりと何か呟く


 「ようこそ、へ。」


その声はとても小さく、楓の耳には届かなかった。


~~~~~


 双武学園の図書室には、許可を受けた生徒のみが使用することのできる部屋が一室存在する。

 文芸部員である楓も最初にその部屋の説明を受けており、その部屋の存在を知っていたが、そこが禁書庫と呼ばれていることは知らされていなかった。

 楓とジンはその禁書庫の前に着くと、ジンは栞に渡された鍵を使って禁書庫の鍵を開け、扉を開く。

 すると、禁書庫の中は異様な雰囲気に包まれていた。

 見た目は、普通の図書館と全く変わらない、本が整然と棚に並べられ、ところどころに本を読むためのスペースがある、いたって普通に見える部屋だ、しかしその雰囲気は異様と呼べるもので、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 そんな雰囲気に楓が飲まれていると、ジンが楓の肩をポンッと軽く叩く

 

。ほら、行くぞ」

 

楓は禁書庫の雰囲気に圧倒されながらも、


「お、おう……」


と、返事をして、ジンに付いていくと、禁書庫内の一つのテーブル席に案内される。


「ここにするか、座れよ」


 そう言ってジンは着席し、楓もそれに続いてジンの向かい側の席に着席する。


「質問のことだが……、その前に、ここで俺が言ったことは基本他言無用だ、のある紅葉と新藤には言っても良いが、他の……「氣」が使えない奴らはダメだ。」


「資格……っていうことは、なにか決まり事でもあるのか?」


「一応な、お前らも「氣」については誰にでもしゃべらないだろ。」


 実際のところ「氣」単体のことについては喋ることは禁じられてはいない。

 しかし「氣」の習得に関することは各流派の奥義に触れることが多く、誰にでもしゃべってしまえば奥義の拡散につながり、それは流派の衰退につながってしまう。

 だから神木流も門下生、厳密に言えば門下生の中でも「氣」の習得の見込みがある者にしか「氣」習得方法は教えておらず、楓はジンの発言に納得した様子で答えた。


「そうだな、……分かった。ここでのことは言いふらしたりはしないよ。」


「それで、昨日俺が使った力、「魔力」のことについてだな。」


 楓はジンの「魔力」という言葉に、興味津々といった様子で質問する。


「「魔力?」、「氣」とはどう違うんだ?」


「全然違ぇよ、「氣」っていうのは所謂いわゆる生体エネルギーのことだろ?、「魔力」っていうのは、周りの自然にある「マナ」っていうエネルギーを、自身の魂という変換機を使って変換されたものだ。自分自身を使うっていうところは共通しているが、元のエネルギーの出所が違う、それが最大の違いだな。」


「「氣」は主に身体能力の強化に使うんだけど、「魔力」はどうなんだ?ジンも身体能力の強化、してたよな?」


「できるにはできるが、それは圧倒的に「氣」の方が効率がいい、俺が使ってたのは厳密に言えば身体能力の強化ではなくて、パワードスーツの装着だな、それ以外にも、物語で使われているような魔法と大体同じようなことが出来る。」


「すごいな……、なあ相談なんだがその魔力、俺達にも……」


 教えてくれ、そう言いかけたところで、ジンが言葉を遮る。


「俺には無理だ、教えたくねえってわけじゃない。。」


「……?、どういうことだ?」


「俺は魔力のコントロールが得意じゃない上に、出力が馬鹿デカいんだ。そんな奴が他人を魔力に目覚めさせようとすると、……最悪の場合死んじまう。だから教えることはできない。」


 楓はジンの返答に、落胆しつつも、納得する。

 いくら魔力について教えて欲しくても、その過程で死んでしまっては意味がないからだ。

 

 話が終わり、2人が禁書庫を出たころには、既に日が傾いていた。


「もうこんな時間か、今日はここまでだな、俺は帰るぜ。」


 ジンはそう言って楓に背を向ける。


「ジン、今日はありがとな。」


 楓は背を向けたジンに一言礼を言う、するとジンは背を向けたまま


「気にすんな、同じ部活仲間だろ」


そう言って図書室を後にした。

 楓はジンの「同じ部活仲間」という言葉に嬉しくなり、上機嫌で帰宅した。  

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