分離世界の英雄譚

第７話 ジン・テラヴァルカ ２

　紅葉の「私が殺（ヤ）る」発言に、ジンは怒りを顕（あらわ）にして目の前の紅葉に怒号を飛ばす。

「どけ！お前みたいなチンチクリンに用はないんだよ！」

　ジンの傍若無人ぶりについに我慢の限界が来たのか、紅葉も先程までの笑顔を崩し、語気を荒げる。

「楓もアンタなんかに用はないの！私たちの部活の邪魔しておいて、勝手なこと言うな！」

「あ゛ぁ゛！」

　二人が睨み合い、武道場が一触即発の空気に包まれる。

　このままではまずいと新藤は焦りだし、仲裁に入るために二人の間に割って入る。

「紅葉さんもジンも頼むから一回落ち着いてくれ」

「「だったらこの女（男）黙らせろ（てください）！！」」

　しかし、二人は増々ヒートアップし、新藤をどかし言い合いを続ける。

　自分一人ではどうにもならないと思った新藤は、楓に助けを求めるような眼差しを向けると、楓は一人何か考え事をしていたのか、「そうだ！」と一言発しながら手をポンッと叩き、言い合いを続けている二人に提案する。

「それじゃあ紅葉とジンセンパイが勝負をして、ジンセンパイが紅葉に勝ったら俺と勝負することができる……ってのはどうです？」

「異議あり！」

　楓の提案になぜか紅葉が異議を唱える。

　楓はなんでお前が言うんだよと思いながらも話を進めるために呆れた顔で「なに？」と聞く。

「それじゃあ私達にメリットがないじゃない！、そうだ！私がそこの馬鹿『誰が馬鹿だ！』に勝ったら、剣術部全員総合武術部（うち）に入部するってのはどう？」

「それ……、ナイス！」

　紅葉の思いがけない提案に楓が親指を立て賛同する。

　不良と言っても人員は人員だ、部活のメンバーが増えればやれることも増える。

　何よりも新藤のモチベーションが上がる。

　楓にとってそれはとても好都合なことであった。

　しかし、ジンは勝手に話を進めようとする神樹姉弟に増々腹を立て、文句を言う

「勝手に話を進めるんじゃねえ！」

「いいじゃない、私に勝ちさえすれば楓と勝負できるんだから、それともこんな可憐で可愛い紅葉ちゃんに負けるのが怖いとか……、ないわよねえ。」

　紅葉は悪い顔をしながらジンを煽り、どうにかジンに条件を飲ませようとする。

「負けるわけねえだろうが！いいぜやってやる。」

――よし！馬鹿が乗った！

　紅葉は心の中でガッツポーズをする。

「それじゃあ決まり！男に二言はないからね。」

　ちゃっかり言質を取った紅葉。しかし、紅葉とジンが勝負することに反対する者がいた。それは、先程から紅葉の身を案じている男、新藤剛である。

「二人ともいったい何を考えているんだよ、相手は学園４８位、昨日の奴らとは違うんだぞ、ジンの相手なら俺が変わ……」

　言いかけたところで、紅葉が新藤の発言を遮る。

「新藤先輩、心配しすぎ、あと私のこと侮（あなど）りすぎですよ、――私より弱いくせに」

　新藤のあまりの心配ぶりに、少し腹を立てた紅葉の本音がつい出てしまう、その言葉に新藤は驚き、楓に確認する。

「本当なのか？」

　新藤の問いに楓は「はい」と肯定で返す。

　楓の肯定に新藤はジンの相手を一応紅葉に任せること決める。が、内心では紅葉のことを心配したままであった。

　確かにこの学園では、新藤より強いとされる女子はいるが、新藤自身が直接勝負をしたことがあるわけではなく、ましてや新入生である紅葉が自分より強いということを、にわかには信じられなかったのだ。

　「まあ、見ててください、直ぐにわかりますから」

　新藤の心境を察した楓は、そう言って紅葉のことを見つめるのであった。

～～～～～

　総合武術の武道場には、他の格闘技の道場と同じように簡易的な試合場が設けられており、ジンはその試合場の開始線に立つ、その出で立ちには先ほどまでの粗暴な雰囲気はなく、武芸者としてのオーラがあった。

「やるからには俺は誰であろうと全力を出す……。俺は双武学園２年、校内順位４８位ジン・テラヴァルカだ、お前は？」

　紅葉は、ジンの雰囲気の変わりようとその発言に面食らう

　そんな紅葉にジンは

「どうした？」

と声をかけ、紅葉はその言葉に我に返り、自らも開始線に着くと

「どうせ勝負が始まっても舐めてくるんだろうなあと思ってたから、……正直驚きました。先ほどの馬鹿発言は撤回します。すいません」

　そう言って紅葉は頭を下げる。

「そんなこと気にしてねえよ、それに対戦相手に礼を尽くすのは当然のことだ、いいから名乗れ。」

「はい、――双武学園１年、神木流「獣姫（じゅうき）」神樹紅葉、参ります。」

　紅葉の名乗りが終わると、二人とも構えを取った。

「――！、なんだあの構」

　新藤は紅葉の構を見て驚く。

　紅葉の構、その姿はまるで狩りをする四足歩行の猛獣のようで、身を低くかがめ両足と片手を地面に着けていた。

　新藤は今まで紅葉の様な構えを一度たりとも見たことがなく、それはジンも同様であった。

　あんな構なのに全く隙がねえ、――これから野生の獣と戦うみてぇだ

　ジンはこれから未知の強者と戦えることが嬉しくなり、一瞬だが笑みをこぼす。

　それを隙と捉えたのか、紅葉が突進するかの如くジンとの距離を詰める。

――甘ぇ！

　ジンは紅葉の突進に、カウンターで合わせるように自らも距離を詰め拳紅葉の顔面に向けて容赦なく拳を放つが、それを読んでいた紅葉は、ジンの拳撃をギリギリのところで避け、そのままジンの腕を取り、肘関節を極めにかかる。

「うまい！」

　そう新藤が言ったのもつかの間、紅葉はすぐにジンの腕を離し距離を取る。

「何でだ？、あのまま関節を極められたのに。」

　新藤の疑問に楓が説明をする。

「簡単ですよ、あのまま関節を極めても腕を折れず、反撃される恐れがあったので腕を離したんです。それにしても流石ですね、紅葉の「蛇巻（じゃかん）」からの「蛇咬（じゃこう）」をすべて受けきっています。」

「「蛇巻（じゃかん）」からの「蛇咬（じゃこう）」？」

「――ああ、すいません、うちの流派の技のことです。紅葉は神木流の獣擬（じゅうぎ）っていう動物の動きを模した技を使っていて、「蛇巻（じゃかん）」は関節技をかけるときの技で「蛇咬（じゃこう）」はその最中に打つ打撃技のことです。」

　楓の説明に新藤は信じられないと、驚く

「あの一瞬で打撃も行ってたのか！」

「はい、二発、一発は腕を取った時に後頭部めがけて足で、二発目は腕を決めると同時に顔面に打ちました。まぁ一発目は避けられて、二発目は腕で防御されましたけどね。」

　二人の戦いのレベルの高さに新藤は唖然とする。

「あ、動きますよ。」

　楓そう言ったと同時に、今度はジンから先に動き、紅葉に接近。次々と連撃を繰り出すもそれらはすべて避けられ、反撃を受ける。

　その一発一発は重く、確実にジンの体力を削ってゆく。

　そんな中、紅葉はあることを思っていた。

　この人、最初の反応速度はよかったけど、全然技術力がない、こんなのでランカーなの？

　ジンの戦い方は自身の身体能力だけに依存した戦い方で、確かに強いが技術力がまったく感じられず、とても新藤が警戒する相手の様には思えなかった。

――くっそ！なんて重さだ、ガードの上からでも効きやがる。このままじゃあ……。

　紅葉の攻撃受け続けるジンの頭に敗北の二文字がよぎる、その瞬間ジンは思い出す、以前戦った相手のことを……、なにもできず一瞬で負けてしまった戦いのことを……、もうあんな負け方はしたくない、そう思ったジンは覚（・）悟（・）を（・）決（・）め（・）た（・）

　ジンが覚（・）悟（・）を（・）決（・）め（・）た（・）瞬間、紅葉は自（・）ら（・）の（・）死（・）を（・）感（・）じ（・）る（・）程（・）の寒気を感じ、攻撃の手を止めジンから大きく距離をとる。

　その瞳には大きな驚きと動揺が写っていた。

　「なに……、それ」

　「正解だぜ、そのまま攻めてたら俺の攻撃を受けて、下手すりゃ死んでたからな」

　そう言ったジンの体からは、得体のしれない、黒いオーラのようなものがあふれ出ていた。