第3話 怒りの理由

 今の楓の機嫌はすこぶる悪い、楓は不良というものに関しては、そこまで悪い印象を持っていないのだが、今回の最武達の様に、自身と相手の実力の差すら分からない者が、自分より強いものに対して自らの力を誇示したり、暴力を振う姿は見ていてとても不快な気持ちになる。

 しかし、そういった者達は大抵の場合返り討ちに遭うため、なんとか我慢が出来ていたが、今回は違った。

 なぜか新藤は、相手の力を推し量ることもできない者達の攻撃をわざと受け、反撃も一切しない、新藤のその行為が楓の持つに反していた。

 この二つの要因が重なったことにより、楓の我慢の限界を超え、今の状況に至っていた。

 このままでは不味い、様子見をしていた紅葉は内心そう呟き、眉をひそめる。

 やっとの思いで見つけることができた自分達が入部したいと思えた部活。そこへの入部がこのままでは出来なくなる。

 しかもこの機会を逃してしまえば、また部活探しから始めなくてはならない、それどころかどころか下手をすれば自分達が入りたいと思える部活が見つからない可能性だってある。

 それだけは避けなけれならない、紅葉はそう思い、頭に血が上っている楓を落ち着かせようとする。


 「楓!気持ちは分かるけど落ち着こう、ね?」


 紅葉の言葉に楓は背を向けたまま答える。

 

 「紅葉、こればっかりは譲れないんだ、だから無理。」


 楓は紅葉の言わんとすることは理解していたが、自らの信条に反する行為をする者と一緒に部活はしたくないと、紅葉の言葉をはっきりと拒絶した。

 楓は意外と頑固なところがあり、これと決めたことは絶対に譲らない。

 その楓に拒絶されたことで、紅葉は仕方ないとため息を吐き、状況を見守ることに決める。


 楓に睨まれていた新藤が口を開く

 

「君が怒っている理由わけは、俺があまりに情けない姿を晒したからか?」


 しかし、その言葉は楓の機嫌をより悪い方向に向かわせるものであった。


「違います。シンドウセンパイはあいつらより強いはずなのに、無抵抗でいたからです。俺は力のある者があえて理不尽に屈するというのが嫌いなんです。」


「それは俺が最武達より弱い……。」


「違う!」


 楓は、新藤の言い訳じみた答えに増々苛立ちを覚え、新藤の言葉を遮った。


「あんたはあれだけ木刀で殴られたっていうのに、骨折はおろか、傷一つ負っちゃいない。」


 新藤は楓に痛いところを突かれ動揺する。 


「っ!それは、……あいつらが手加減したんだろ」


「俺を殴ってきたやつの一撃は、下手をすれば骨折どころじゃすまないものでしたよ。そんな奴らが手加減なんてするはずがない、それに……。」


 いくら楓が追及しても、新藤は自らの実力を認めようとしない。

 このままでは埒が明かないと思った楓は、新藤の実力を実際に確かめるべく、突然新藤に向かって鋭い一撃を放つ、これは先程最武に放った一撃よりも鋭く重いものであった。

 その一撃を新藤は

 反応できず受けるわけでもなく、慌てて反応し防御したわけではない、楓の一撃に反応し

 楓の突然の攻撃に驚きつつも、見事に攻撃を受けきった新藤は、楓の行動の真意が分からずに、思わず声を上げる。


「何をする!」


「今の反応が証拠です。今の一撃は防御してしまったら防御箇所に少なくないダメージを与える攻撃でした。それを見抜いたうえでなんて常人――ましてや力加減のできない不良より弱い人ができるはずありません」


 言い切って楓は構を解いた。

 新藤は、俺の実力の確認のためにそこまでするか?と呆れたが、楓があまりに真剣な表情をしていたため、観念したように「はぁー」一度と長い吐息はき、その表情を真剣なものに変える。


「確かに俺は実力を隠していた……。あいつらの攻撃なぞ何十発受けようともケガをしない自信がある。だから無抵抗のままでいた。そうしていればそのうち諦めて立ち去っただろうしな。」


 良く言って平和主義、悪く言って事なかれ主義的な新藤の答えに納得のいかない楓


「それじゃあ何の解決にもなっていないじゃないですか!」 


 新藤も楓の意見が間違っているとは思わなかったが、それは己の思いに反する。新藤は楓の目を真剣に見つめ、自身の思いを口にする。


「それでも、誰も傷つかなくて済むならその方がいい。」


「は?」


 新藤の思いがけない返答に楓は目を丸くする。


「だってそうだろ、お前みたいに反撃していたら相手が傷ついてしまう。俺は誰かが傷つくのが嫌いだ、そんなところを見るくらいなら自分が傷ついた方がましだ。」

 

 新藤はそう言って、楓に笑って見せる。

 これはもう平和主義とかそういう問題ではない、ただ単にこの新藤という男がお人好しなだけだ。

 他人が傷つかないのならば、自分は傷ついてた方がまし、楓はこんな考え方を持つ者に会ったのは初めてのことで、こんな奴が本当にいたのか、と怒りを通り越して感心していた。


「先輩お人良しすぎます。怒りを通り越して感心しました。」


 新藤にに対して思わず失礼な物言いをするが、そんな楓の言葉などまったく気にしていない新藤は


「ああ、よく言われる。」

 

そう笑顔で返した。

 ここで楓に一つの疑問が浮んだ、じゃあこの人は何のために武術を修めているのか。楓はそのことが気になり、


「質問ですけど、先輩は何のために武術を修めているのですか?」


 新藤は楓の質問に「そんなこと決まってるじゃないか」と前置き、


「第一に自分の周りの人を守れる力が欲しいから、第二に自分自身を強くするため、今回は俺の力が足りずに無理だったが、力があれば抑止力にもなるからな。」


 新藤の「抑止力になる」という言葉を聞いて、楓は喜ぶ、それは楓自身が力のある者は理不尽な暴力を振るう者達に対する抑止力であるべきだという信条を持っていたからだ。

 そこで楓は、この新藤という自分と同じ考えを持つ男を強くし、共に歩みたいと思い 


「わかりました。俺、1年の神樹楓っていいます。入部希望なんですけど入部してもいいですか?」


そう言って総合武術への入部を希望する。

 思ってもみなかった入部希望者の出現に新藤は喜び、満面の笑みで答える。


「応!俺は2年総合武術部主将新藤 剛しんどうつよし、入部希望者は大歓迎だ!。これからよろしくな!」


「よろしくおねがいします。」


 楓と新藤が固く握手を交わす。

 そこに状況を見守って見ていた紅葉が二人の間に割って入り


「わ~た~し~を~忘れるな~!!」


と言いながら握手を交わす新藤と楓を引きはがし、紅葉は新藤の前に立った。


「新藤先輩!!」


 紅葉はものすごい剣幕で新藤に詰め寄り、新藤は勢いづいた紅葉に圧倒される。


「はい!」


「私、神木楓の双子の姉で紅葉っていいます。私も入部希望者です!っていうか入部します!いいですね!!」


「はい!!」


「それではよろしくお願いします!!」


 紅葉が新藤に一礼する。新藤は紅葉に圧倒されたまま


「お願いします……。」


と返し、神木姉弟の総合武術部入部がここに決まった。


~~~~~


 双武学園の敷地は広大で校舎や武道場等が多く建てられており、その中には現在使用されていない空き教室等が多くある。

 こういった場所は普段、文化系の部やその他の学生が学習のために使用しているのだが、更に極一部の空き教室は管理も雑になっており、素行不良者所謂不良のたまり場となってしまっていた。

 ここはその極一部の教室、そこには先程まで総合武術部を襲撃していた不良達と一人の男子生徒がいた。

 男子生徒は金髪で整った堀の深い顔立ちで高身長、一目で日ノ本人ではないことが分かる。


「……で、お前らは慌てて逃げ帰って来たと、」


 教室の机上に座っている男子学生が総合武術部を襲撃した不良達を睨む、……睨まれた不良達は男子生徒に対して、完全に恐怖し、委縮してしまっていた。


「あ……あいつがいなければ、新藤を追い出して道場が手に入ったのに……あいつをどうにかしてくれよ」


 委縮しきった不良の一人が、勇気を振り絞り男子生徒に懇願する。

 懇願する不良達に男子生徒は「そんなんだからだよ」と呆れながらも続ける


「俺はあんなボロ道場、欲しくもないんだよ、――それに、お前らが新藤をどうこうできるとは思わねえけどな」

  

 男子生徒は新藤の実力を知っていたのか、付け加えるように不良達にと言うが、不良達にはよく聞こえていなかったのか「え?」と言うのみであった。


「まあいい、その一年に興味が湧いた。明日にでも俺が一人で行ってくる。」


 そう言って男子生徒は、空き教室を後にした。

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