第153話 ヨーロッパ内戦終結
アメリカの食料エリア、ニューアメリカでは、大規模な農地開拓と工業地帯の造成が終わり、猛烈な勢いで元の科学文明を取り戻そうとしていた。
まず基礎となる電力エネルギーを確保しようと、ファダラグ飼育場の建設と原子力発電所の完成を急いだ。
「大統領、ようやく第一期原子力発電所が完成いたしました」
大統領補佐官から報告を聞いたサリンジャー大統領は、ホッとした表情を見せる。
「ふうっ、これで本格的に産業を移せる。何から移すのかね?」
「委員会では、自動車産業を移す計画です。但し、電気自動車のみの製造になります」
「つまり、紅雷石発電装置と組み合わせた電気自動車を製造するということだね?」
「そうです。ファダラグ飼育場で生産される紅雷石は、電気自動車のエネルギー源として使われることになるでしょう」
「ところで電気自動車に使われる半導体チップは、どうするのだね?」
「半導体チップの製造工場も、ニューアメリカに建設することが決定しております。ただ材料や製造装置の国際分業が進んでおりましたので、それらもニューアメリカで製造するようになるのは、時間がかかるでしょう」
原子力発電所が建設できたのは、それらの部品が元のアメリカに在庫として残っていたからだ。在庫がなくなれば、原子力発電所も建設できなくなる。
アメリカはニューアメリカの中だけで半導体産業を構築しようとしているが、それは困難な道だった。だが、それをやり遂げなければ、元の文明を再構築するというアメリカの目標も達成できない。
「シュルツ長官、日本はどうしているのかね?」
日本の外務省に相当する国務省の長官であるシュルツは、肩を竦めた。
「日本は困難なことだと理解しているので、数十年分の科学文明が後退することを許容するつもりでいるようです」
「現実的で賢明な判断だと言えるだろう。だが、アメリカは許容できない。ヨーロッパの状況を聞いただろ」
シュルツ長官は頷いた。内戦が続くヨーロッパでは、食料エリアに移住した人々が百年前と同じ程度の生活をしていた。アメリカ人は洗濯機もない生活を長くは我慢できないだろうと大統領は思っていた。
「しかし、日本のアガルタには、参考にすべき点もあります」
シュルツ長官は言うと、大統領は知りたがった。
「性能を抑えた古いタイプの電化製品を作り始めているということです」
アガルタではシンプルな機能だけしかない洗濯機や冷蔵庫の製造を始めていたのだ。まだ日本で製造されたものが使える状態で残っているのだが、アガルタで製造を始めている。
それは技術を途絶えさせないために製造を始めたらしい。
「なるほど、ニューアメリカも見習うべきだな」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アメリカが食料エリアに科学文明を再構築しようとしている時、アガルタでは新しい発見があった。源斥力を注ぎ込むと回転する立体紋章を発見したのである。
「これは凄い発見だぞ」
俺が言うと河井は腑に落ちないという顔をする。
「何が凄い発見なんだ? 回転するだけなら電気モーターが有るじゃないか」
「前にも教えたが、紅雷石を電気に変換すると、電気にならずにロスする割合が五割ほどになる。そうして作られた電気を円運動に変換する時もロスが生じるんだ」
電気モーターは効率が悪いということである。
「待ってくれ。以前にアルミニウムに対して強力な斥力を発揮する立体紋章があって、それを使ってピストンエンジンが作れそうだと言っていなかったか?」
「ああ、それも開発していたが、どうしても馬力が上がらなかった。そこで新しく発見した立体紋章だ」
「その立体紋章を使えば、馬力が上がったのか?」
「馬鹿みたいに上がった。電気モーターを使った時は五十馬力ほどだったが、その立体紋章を使ったら二百馬力になった」
それだけエネルギーロスが多かったという事だ。俺は源斥エンジンの開発を進めることにした。まずは、俺の高機動車を源斥エンジンに変えた。
改造を終えた高機動車を、ヤシロの外に持ち出し試し乗りしてみた。ハンドルを握ってアクセルを踏むと、グンと加速するのを感じた。この後、自動車会社の技術者たちと話し合い、源斥エンジンの本格的開発が決まる。
アガルタではクゥエル支族の技術を研究し、それを利用した文明を構築しようと開発が進められた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
人類が食料エリアへ移住してから、数年が経過してヨーロッパも落ち着きを取り戻した。しかし、内戦のせいで文明は衰退し、人口も大幅に減っている。
そして、やっと他の国々はどうなったのだろうか、と気になり始めたらしい。イギリスのプレスコット首相は、官邸から外を眺めた。
大通りを馬車が走っている。
「石油の供給が途絶えて数年で、このような状況になるとは……」
プレスコット首相は特別顧問のレイモンドを呼んだ。レイモンドが来ると、アメリカの様子を確かめて欲しいと頼んだ。
「アメリカでございますか?」
「そうだ、内戦が終わり諸外国との交流を再開しようと考えている」
「それは良い考えだと思います。早速アメリカ大使館と連絡を取りましょう」
内戦が下火になった頃、アメリカがイギリスの食料エリアへ大使館を建てさせてくれと要請してきたので、許可を与えていた。
レイモンドは電話でアメリカ大使館と連絡を取り、その日の夕方に大使館へ向かう。大使から一緒に夕食でも、と誘われたのである。
「ローゼン大使、お招き頂きありがとうございます」
「退屈な日々が続いていましたから、ちょうど良かった」
「申し訳ない。内戦の影響で貴国と話し合う余裕をなくしていたのです」
「と言うと、内戦は終わったのですな」
「ええ、終わりです。食料エリアの国境線も確定しました」
ローゼン大使はすでに知っていたのだが、『それは良かった』と祝福した。
夕食を食べながら会話が始まる。
「国内も安定したので、諸外国の様子が気になり始めたのです。世界はどうなったのでしょう」
それを聞いたローゼン大使は微笑んだ。
「地球は滅亡する瀬戸際にあります。生き残った者の多くが食料エリアへ移住して生活を始めていますが、元の文化的生活には戻れていません」
レイモンドは自国もそうだと頷いた。
「文化的生活を維持した国は、どれほどあるのですか?」
「アメリカと日本だけでしょう。後は百年ほど昔に戻ったという感じです」
「アメリカはそうかもしれない、と思っていましたが、日本もですか?」
ローゼン大使が笑った。
「日本は一番最初に、食料エリアに文明を持ち込んだのです」
「どういうことでしょう?」
「いえ、日本との約束がありますので、詳しくは言えません」
レイモンドは腑に落ちないという顔をしながら、アメリカの食料エリアを見学する許可をもらった。
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