第139話 オーストラリアの食料エリア

「しかし、これから先はアメリカからの援助を期待できなくなる。どうやって経営していくつもりなのです」

 その男は言葉を詰まらせ、俺を睨んだ。


「とにかく冷静になって話し合いましょう。部屋の中で話そうじゃないですか」

 俺は自分から事務所に入り、話し合いを進めようと考えた。事務所の中では採掘現場の幹部が事務仕事をしていた。


「ダレル、どうしたんだ?」

 俺を出迎えてくれた人物は、ダレルという名前らしい。

「日本からのお客さんだ。例の件で来たらしい」

 炭田の権利が日本に移ったことは、アメリカから連絡が来ているらしい。


 会議室のような部屋に案内された俺と河井、技術者の岩沢は椅子に座ると、オーストラリア人に視線を向ける。


「先ほども言いましたが、これから先はアメリカからの援助はないと考えてもらいたい」

 ダレルの顔に暗い影が差す。

「食料はどうなるんだ?」

 石炭の代価として受け取っていたものだけでは、足りなかったらしい。


「まず日本からの援助を考えている。ところで、空気中に有る毒が、妊娠を邪魔するという事実を知っていますか?」


 ダレルたちが不安そうな表情を浮かべる。

「何も聞いていない。どういう意味だ?」

「日本で出生率が急激に低くなったので、調査した結果、空気中の毒が女性の体内に入ると、妊娠を妨げる作用が有ると分かったのです」


「な、何だと……それは子供が生まれなくなって、我々は死に絶えるということか?」

「そうです」

「畜生、そんなことならアメリカに行くんだった」


 アメリカなら、この事実を知っていたと思うのだが、居残ると決めたオーストラリア人には伝えなかったようだ。


「我々やアメリカが、食料エリアに移住すると決定したのには、食料だけでない理由が有るということです」


 ダレルが俺たちに鋭い目を向ける。

「そんな話をして、我々も日本の食料エリアに移住させてくれるというのか?」


「希望者がいるなら、そうしてもいい。但し、日本はもう一つの方法も考えています」

「もう一つの方法とは?」

「オーストラリアから食料エリアへ、普通の人でも使える転移ドームを設置することです」


 ダレルたちは驚いたようだ。

「そ、そんなことができるのか?」

「日本はできる。アメリカもできるが、そうしなかったようですね」

 オーストラリア人たちが苦い顔になる。


「その代価として、我々に石炭を掘れというのだな?」

「妥当な条件だと思いますが」

 オーストラリア人たちは、ガヤガヤと自分たちだけで早口で話し始めた。オーストラリア英語は独特な発音なので、半分ほどしか分からない。


「話し合った結果、あなたたちの条件を呑もうと思う。但し、我々だけで決められることじゃないから、正式に決定するまでは時間が掛かるぞ」


 それは分かっていたことなので、その炭田で働く人々が決定を下すまで周囲の土地を調査することにした。


 オーストラリア人の探索者を紹介してもらい、事務所の近くにある異獣テリトリーの状況を聞いた。一番近くにある転移ドームは、巨人区の向う側にあるらしい。


 巨人区をテリトリーにしている異獣は、かなり手強い連中のようだ。武器として鉄製の金剛棒を持っており、それを振り回す腕力は凄まじいものがあった。


 但し、恐ろしいのはパワーだけで特別な能力はないらしい。そして、素早さもそれほどではなかった。俺たちはそれぞれの武器とスキルを使って倒しながら進んだ。


「ここの守護者を倒して、護符を手に入れた方がいいんじゃないか?」

 河井の提案に頷いた。

「そうだな。でも、シフトが起きれば、護符は使えなくなるぞ。制御石を破壊した方が良くないか?」

「それだと、だれでも通れるようになる」


 河井はオーストラリアに残っているならず者たちを警戒しているようだ。転移ドームに到着すると、そこから食料エリアに転移する。


 ここの食料エリアは、アガルタとは別の区画になっているので、アガルタからは来れないはずだ。ストーンサークルは丘の上にあり、そこから広々とした森が目に入る。


 ストーンサークルの周りに人の痕跡が全く無い、今使った転移ドームは、使われていなかったようだ。


「いいところだな。移住するには最適だと思うけど」

「だけど、建設用の重機がないと大変そうだ」

 茂っている木々はどれも太い木で、斬り倒すのも大変そうだった。

「それは『操地術』で代用すればいい。オーストラリアにだって使える者は多いはずだ」


 そうだけど、『操地術』で代用できない作業もある。切り倒した木を運んだり、道を舗装したりする作業には重機が欲しい。


「あれって、川じゃないか?」

 河井が声を上げた。川があるなら飲水や農業用水は大丈夫だろう。

 丘を下りて森に入ると、木々に様々な果実が実っているのに気付いた。アガルタで食べた事がある果実もある。


 その果実をいくつか採取すると、他に食べ物はないか探し始める。そして、甲冑豚と遭遇する。俺たちは一撃で倒して血抜きをするために木に吊るした。


 それからプチ芋やキャッサバに似た芋もあった。それらを採取して甲冑豚を吊るしていた場所へ戻る。血抜きが完了しているようだ。


 甲冑豚を亜空間へ仕舞いストーンサークルへ戻る。転移してから、ちょうど五時間ほど経っている。転移ドームへ戻った俺たちは、事務所に戻った。


 俺たちが食料エリアで採取した食糧を見せると、

「なるほど、食料エリアには十分な食料があるということか。移住するにはいい環境らしい」

 と言ってダレルが頷く。


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