第111話 大鬼区

 俺は豪華クルーザーを亜空間に収納。ちょっと心配したが無事に収納できた。

「その『亜空間』というスキルの収容能力は、とんでもないな」

 河井が驚くと同時に羨ましそうに言った。


「まあね。と言っても、どうやったら『亜空間』がスキル一覧に載るようになるのか、分からないんだよな」

 『亜空間』は藤林から引き継いだスキルなのだ。藤林がどうやって手に入れたのかは分からない。


 俺たちは耶蘇市に帰ると、海岸に建てられた造船所に豪華クルーザーを持ち込んだ。この建造所はほとんど完成しているのだが、事務所の内装だけがまだだった。


 造船所の社長は、音部孝蔵という技術者上がりの経営者だった。耶蘇市に造船所を建設するという話が計画された時、自分から手を上げて耶蘇市に来る事を希望した人物である。


「コジローさん、この船は?」

「こいつを電気推進船に改造して欲しいんですけど、できるかな?」

 音部は豪華クルーザーを大まかに調査した。


「可能です。ですが、何に使うんです?」

「仮首都から、二万人を耶蘇市に移住させることになった。その二万人を運ぶのに使う」


「ほう、二万人ですか。日本政府の依頼ということになるのですか?」

「そうなります。優先的に頼まれているものがなければ、お願いしたい」

「構わないよ。新造船の設計が終わっていないので、造船の予定は立っていない」


 この造船所は三千トン未満の中型船まで建造できる能力がある。政府はまず電気推進漁船を建造する予定だったが、その設計が終わっていないらしい。


 シフトの騒ぎで技術者も亡くなり計画に遅れが出ているのだ。

「これだけの設備を遊ばせておくのはもったいない。耶蘇市にある漁船を片っ端から電気推進漁船に改造して、全国に配りましょうか?」


「面白い提案だ。仮首都の車田大臣に提案してみよう」

 農林水産省の車田大臣は水産庁も管轄下に置いているので、漁船に関するものは車田大臣に相談するのが良いと考えたようだ。


 俺たちがヤシロに戻って一休みしていると、美咲と竜崎が一緒に来た。

「コジロー、移住計画はどうなったの?」

「生駒総理に二万人を移住させると伝えたら、俺たちに任せると言われた」


 竜崎が顔をしかめた。

「政府はよほど余裕がないみたいだな。管理する役人を何人も寄越すんじゃないかと思っていた」


「でも、この方がやりやすいだろ」

 俺が言うと、二人は頷いた。河井が美咲に顔を向ける。

「ねえ、耶蘇市の受け入れ態勢はどうなっているの?」


「前の住民が家を掃除して、住めるようにしたから大丈夫。布団や毛布は別の町から集めなきゃならないけど」

 耶蘇市にあった布団や毛布は、食料エリアのヤシロに運んだのだ。


「次は電動トラックの回収か。大鬼区の守護者だろ。気配は凄そうだったんだけど、実物はどんな鬼かな?」

 河井が声を上げた。

「鬼だと決まっているわけじゃないぞ」

「でも、大鬼区の守護者が、カエルの化け物とは考えられないんだけど」


「なぜカエルの化け物が出てきたのかは疑問だが、その考えは正しいだろう」

 翌日、俺たちは以前に巨大昆虫区だった場所へ向かった。シフトで大鬼区が移ってきたのである。


 大鬼区を縄張りとしているのは、雷鬼だった。身長二メートル半で武器は二股の槍である。その槍には電気が流れており、二股に分かれた穂先から放電現象が起きる。


「こいつは、雷神なのか?」

 河井が雷鬼を睨みながら言う。

「神様というほど凄い存在じゃないから、雷鬼だな」


 河井は新しい武器であるフレアソードを構えた。雷鬼が河井に向かって槍を突き出す。その槍を躱した河井がフレアソードを雷鬼の腹に叩き付けた。


 フレアソードの刃が雷鬼の腹を切り裂き、青い血を噴き出させる。

「うはっ、鬼の血は青いのか」

 顔を歪めた雷鬼が滅茶苦茶な感じで槍を振り回す。河井は後ろに飛び退いて、距離を取った。


 河井はフレアソードに『操炎術』のスキルから取り出した力を流し込む。すると、フレアソードがオレンジ色の炎を纏った。


 暴れる雷鬼の脇腹にフレアソードの刃を食い込ませた直後、雷鬼の体内にオレンジ色の炎が暴れ込み内臓を焼いた。その一撃で雷鬼が死んだ。


「お見事、フレアソードの特殊能力も使えるようになったんだな」

「おう、スキルレベルが2になったら使えるようになった」


 俺たちは物流センターに向かって進んだ。その間に雷鬼を五匹倒した。俺が倒した三匹からは、雷鬼の角を回収する。この角から電気が発生するらしい。


「これで藤林の雷槍を直せるな」

 俺自身は雷槍を使うつもりはなかった。雷槍は探索者のリーダーである武藤に使ってもらおうと思っている。


 物流センターに到着。物流センターからは禍々しい気配が漂いだしている。

「この気配は、今までの異獣とは違う気がします」

 エレナが同じように禍々しさを感じたようだ。


「そうだな。気をつけよう」

 物流センターの急速充電器がある駐車場へと向かう。記憶していた通り三台の電動トラックがあった。三台の中で一台はフロントガラスが割られ傷付いている。


「雷鬼が暴れたんだな」

 俺たちが近付こうとした時、ドシンという音が響いた。見るとコンクリートで舗装された駐車場に守護者らしい化け物が立っている。物流センターの屋根から飛び下りたらしい。


 そいつは身長三メートルの人型の化け物で、頭が山羊のようになっていた。手には大盾とロングソードを持っている。


「翼はないけど、バフォメットに似ています」

 俺は『バフォメット』という言葉を知らなかった。エレナに尋ねる。

「バフォメットは、山羊の頭と翼を持つ悪魔です」


 翼がないのでバフォメットではないのだろう。その山羊悪魔は鼻息を荒くしながら、こちらに近付いてくる。


「俺が戦うから、二人は援護を頼む」

「任せてください」

「おう、任せろ」

 俺は翔刃槍を構えて進み出た。まずは小手調べとして、神気を練り衝撃波として放ってみる。


 山羊悪魔は俺に向かって盾を突き出した。衝撃波は盾の前方に展開された何かに防がれて威力を発揮できなかった。


「何? あの盾は魔法の盾なのか?」

 俺が驚いていると、山羊悪魔が動いた。俺に向かって剣を振り降ろしたのだ。神気により強化された脚力で跳び退いた俺は、身体のすぐ横を山羊悪魔の剣が通り過ぎるヴォンという音を聞いた。


 剣が振り下ろされた駐車場のコンクリート舗装が砕け、切り裂かれてしまう。凄まじい威力を持つ斬撃だ。


「あ、危ねえー」

 援護するために爆裂矢を番えたエレナは、精霊のトールとアグニを呼び出し祝福を爆裂矢に与えさせる。


 また俺を攻撃しようと山羊悪魔が剣を振り上げた瞬間、羅刹弓に番えられた爆裂矢が放たれた。攻撃している瞬間は、盾の能力は発揮できなかったようで、盾の横を爆裂矢がすり抜ける。


 爆裂矢が山羊悪魔の肩に命中して爆発した。強化された爆発は、肩の骨まで砕いたようだ。それを見た俺はチャンスだと思い攻撃しようとした。


 だが、痛みなど感じないかのように山羊悪魔が攻撃を続けた。恐ろしいことに山羊悪魔の壊れた肩が再生を始めている。


「さすが大鬼区の守護者、でたらめな回復力だ」

 こうなると一気に始末するしかない。俺はエレナと河井に盾を持つ腕を狙うように指示した。


 河井が石槍を山羊悪魔の腕に向かって放った。その攻撃を山羊悪魔がステップして避ける。今度は俺が神気を翔刃槍に流し込み三日月型の神気の刃を撃ち出した。


 山羊悪魔が盾を突き出して攻撃を防ぐ。避けられる攻撃は避けて、避けられないと思った攻撃は盾で防ぐようだ。


 こうなると盾の能力について詳しく知りたくなった。俺は山羊悪魔の周りを回ってエレナたちとは反対の位置に移動した。


「どうするつもりなんだ」

 河井が尋ねる。俺は正面と背後からの同時攻撃を行うと伝えた。


 俺たち三人の攻撃が同時に山羊悪魔を襲った。山羊悪魔はエレナと河井の攻撃を防ぐために盾の能力を使う。そして、俺が放った神気刃の攻撃を飛び退いて避けようと思ったらしい。


 だが、神気刃の攻撃速度は速く、山羊悪魔の右足を切り飛ばした。それから先は簡単だった。三人で袋叩きにして仕留める。


 最後にトドメを刺したのは、河井だったようだ。レベルアップした河井は、『操炎術』をマックスレベルまで上げ、制御石に触れて『上級知識(炎)☆☆☆☆』の知識スキルを手に入れた。


 その後、三台の電動トラックを回収。一部壊れていたりタイヤがパンクしていたりしているが、修理できそうだった。


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