第105話 シフト

 俺たちが生駒大臣を巨大船に案内した後、大勢の研究者や学者が巨大船の調査のために訪れた。巨大船の近くに調査基地のようなものが建設され、十数人の者が泊まり込んで調査するようになる。


 俺たちは生産の木をどうするかで話し合い、巨大船の建設素材・木綿・絹・植物油・乳を生産するための原料を実の内部に蓄える木の種を創り出した。


 これには日本の専門家も協力してくれた。日本政府も大きな興味を示したのである。その種を植えた俺たちは、一〇ヶ月後に大きくなっている事を願った。


 それから食料エリアの町ヤシロの開発を進めた。耶蘇市に残っていた重機を大量にヤシロに持ち込み、貴重なガソリンや軽油も大量に使って土地を造成し道路や平らな土地を造り出した。


 九里川に近い土地には、水田用の農地を用意した。住民の要望で米の生産は必要だったのだ。水田稲作は連作障害がないので、安定した収穫が見込めるというのも魅力だった。


 小麦も生産するが、小麦は米よりも肥料が必要になるので、それをどうするかが課題になっている。ただ広い土地があるので、耶蘇市よりも自由度の高い農業ができるだろう。


 但し、熱帯地方で栽培される作物は、食料エリアでの生産には向かないようだ。ここでパイナップルやサトウキビの生産は難しいのである。


 最初の移住者は、年寄と子供のいる家庭だった。その中には保育園も入っている。

「ねえ、コジロー兄ちゃん。ここには遊園地はないの?」

 コレチカが尋ねた。


「ヤシロは出来たばかりの町だからな。そのうち造るよ。でも、遊び場はたくさんあるぞ」

 近くに公園があり、日本から持って来た様々な遊具が置いてある。その他にもサイクリングコースやスケートボードコースなどが造られていた。


 これらの施設は場所さえ用意すれば、遊べるので安上がりなのだ。だが、コレチカとメイカは不満そうだ。

「メイカは、自転車もスケートボードも持っていないもん」


 どうやら、公園にあるような遊具では、満足できないらしい。開発途中の町なので、買い物に行く店もなく刺激が少ないのだ。メイカたちにとっては、物足りない町なのだろう。


 だが、空気中に毒がなく異獣に怯えずに暮らせるのは、素晴らしいことだ。甲冑豚やピンクマンモスはいるが、そのテリトリーに入らなければ安全だ。まあ、異獣もそうなのだが、異獣のテリトリーが広すぎるというのが問題だったのである。


 シフトが起こる一ヶ月前に、俺たちは小鬼区・草竜区・小獣区・アンデッド区・スライム区の守護者を倒し制御石を破壊した。シフトが起こることを阻止したのだ。


 最後に守護者へトドメを刺したのは、ガーディアンキラーでない若い探索者たちだった。この街に新しいガーディアンキラーが五人も誕生したのである。


 シフトが起こる三日前に、耶蘇市の住民は全員が食料エリアへ転移した。何が起きるか分からないので、用心したのだ。


 その時、耶蘇市の住民だけでなく、近隣の生き残っている町から食料エリアへ避難した者も多かった。美咲が提案して、それらの町に声を掛けたのだ。


 耶蘇市で生き残った人々が一万人ほどで、他の町から来た人数が二千人ほどである。人々は難民キャンプのようにテントの中で生活するようになった。


 だが、その顔には希望があった。将来は食料エリアに住めるだろうという希望だ。

 シフトが完了したと思われる頃、俺たちは耶蘇市に戻り何が変わったのか確かめることにした。ストーンサークルから耶蘇市に転移する。


「どうなったんだろう?」

 河井が疑問を口にした。俺たちは転移ドームを出て、草竜区に入った。草竜区は制御石を壊したことで、異獣の数が減っていた。その点以外は変化がない。


 俺たちは東上町と東下町を調査した。人々が居ないことを除けば、外見は変わっていない。但し、停電しているようだ。


 制御石を破壊した小鬼区・草竜区・小獣区・アンデッド区・スライム区は、変化がない。

 俺たちは元獣人区だった場所に足を踏み入れた。そこで遭遇したのは、全長二メートルほどもあるゴーレムだった。


「うわっ、ゴーレム区に変わっている」

 河井が声を上げた。俺は擂旋棍を構え、『大周天』のスキルを使って神気を練り始める。エレナが羅刹弓を引き絞り、爆裂矢を放った。


 爆裂矢はゴーレムの胴に命中して爆発した。ゴーレムの脇腹部分が抉れて穴が開く。それでも致命傷ではなかったようだ。


 俺が走り寄り、神気を流し込んだ擂旋棍を穴が開いている箇所に叩き込んだ。ゴーレムが砕け散り崩壊する。


「ふうっ。ゴーレムか、硬いな」

 俺はゴーレムに擂旋棍を叩き込んだ時の手応えを思い出していた。


「守護者がいるところは、同じなんでしょうか?」

 エレナが質問した。これには実際に行って確かめるしか確認する方法はなかった。俺たちは耶蘇北高校へ向かった。耶蘇北高校の近くまで来た時、守護者の気配を感じる。


 どうやら守護者の居場所は変わらないらしい。

 ゴーレム区に変わってしまった場所を調べてみると、何かが戦った形跡があることが分かった。シフトにおいて、異獣同士の戦いがあったようだ。


「シフト中にこの場所で、オークとゴーレムが戦ってテリトリーの奪い合いがあったということなの?」

 美咲が理解できないという顔をしている。


「そうとしか考えられないけど、異獣がどういう基準でテリトリーを交換したがるのかが、分からないんだよな」


「人間が住んでいる場所の近くに来たいのかな」

 河井が意見を言った。


「どうだろう? 異獣が人間を食べると進化すると言ったことがあっただろ」

 俺はゴブリンが人間を食べて、ホブゴブリンになったのを見ている。それが全ての異獣に当てはまるのなら、異獣は人間を食べたいと思っているのかもしれない。


 だけど、単に殺すだけが目的だと思える異獣もいる。誰かが本格的に研究してくれないかな。そんなことを考えていた。


「コジロー、真面目なことを考えているのか? 顔がブサイクになっているぞ」

 河井の言葉で現実に戻り、

「誰がブサイクだ」


 俺たちは小竜区だった場所へ向かった。そこで遭遇したのは、バーサクベアだった。体重が五〇〇キロもありそうな大物だ。


「バーサクベアが居るということは、ここは獣王区になったのか」

 俺は厄介なことになったと溜息を漏らす。バーサクベアは手強い相手で、中々仕留められないからだ。この異獣は呆れるほどタフなのだ。


 と言っても、四人で総攻撃すれば仕留められる異獣である。問題は守護者だ。獣王区の守護者は、かなり強力な化け物だった。


「こんなのが東上町の近くにあるのはまずいな。護符が必要だ」

 俺の言葉を聞いて、エレナと美咲が頷いた。

「ゴーレムやバーサクベアが居る場所が近くにあるのは、探索者にとって不利なのよね」


 探索者が成長するには、近くに弱い異獣のテリトリーがあり段々と強い異獣が住むテリトリーが続いているということが望ましいのだ。


 しかし、今回のシフトで手強い異獣のテリトリーが人が住むエリアに近付いているようだ。


 食料エリアに避難していた人々が戻って来た。だが、食料エリアの安全な空気を味わった人々は、耶蘇市に閉塞感というか絶望を予感させるような感じを覚えたらしい。


 多くの人が食料エリアへ移住できるのは、いつになるのかと質問するようになった。

 それからシフトが終わった日本全国の情報が入るようになると日本全体が暗くなった。人が住むエリアの近くにあるテリトリーの制御石を壊さなかったところは、隣接する場所に手強い異獣のテリトリーが移動したのだ。


 それだけではなく、それらの手強い異獣が人の住むエリアに入ろうとして暴れ始めたのである。そのせいでいくつかの町は住民が避難することになった。


 耶蘇市の近くにも、そういう町が一つあり住民を避難させる手伝いを俺たちは頑張った。御蔭で耶蘇市の人口が三千人ほど増えた。


 この調子だとまだまだ増えそうなので、食料エリアの開発にもっと力を入れることにする。


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