第103話 クゥエル支族

 俺たちが巨大船の中で遭遇した巨大亀は、全長が八メートルほどもある化け物だった。しかも、その甲羅には巨大な水晶のようなものが生えている。


「デカイ亀だな」

 河井が思わず呟いた。その声に気づいたかのように、巨大亀が俺たちに目を向けた。


「気をつけろ!」

 俺が叫んだ瞬間、巨大亀の口から火炎が吹き出された。河井が慌てて逃げ出す。


 俺は『大周天』のスキルを使って気を練り始め、体内に神気が生じて力が漲り始める。巨大亀の炎が、俺に向けられた。慌てて横に逃げる。


 エレナと美咲は部屋の入口付近まで避難していた。俺は炎から逃げながら『機動装甲』のスキルを使う。俺の周囲が障壁に包み込まれた。


 炎が掠めたが、その障壁が防いでくれる。俺は『変換炉』を使い神気を衝撃波に変えて撃ち出した。衝撃波が巨大亀の甲羅に命中し弾き飛ばす。


 炎を吐き出したままクルクル回る巨大亀。それを見ていた河井がなぜかワクワクしたような様子をしている。

「もしかして……飛ぶのか」


 俺は溜息を吐き出した。

「あの巨体で飛ぶわけがないだろう」

「分からないぞ。こんな奇妙な生き物が、存在すること自体が不思議なんだから」


 河井の期待は、残念ながら叶えられなかった。それどころか、回転が止まった巨大亀は苦しみ始めたのだ。そして、巨大亀が動かなくなった。


「どうしたの?」

 美咲が尋ねた。俺は慎重に巨大亀に近付き生死を確かめた。ピクリとも動かない。死んでいるようだ。


「死んでいる」

「何でだ。心臓発作か何かなのか?」

 河井がわけが分からないという顔をしている。俺の衝撃波が命中したのは確かだが、それが致命傷になったとは考えられない。


 エレナと美咲が近付いてきて巨大亀を調べ始めた。俺は亀の甲羅に登って、背中に付いている水晶に手を伸ばす。その水晶に手が触れた瞬間、頭の中に大量の情報が流れ込んできた。


 俺は驚いて手を離し甲羅から滑り落ちた。

「イテッ!」

 美咲が呆れたという顔で、俺を見下ろしている。


「何をしてるのよ?」

「あの水晶に触ったら、何かが頭の中に入ってきたんだ」

 河井が首を傾げながら甲羅に登り、水晶に手を伸ばす。それを見た美咲が止めた。


「待って!」

 河井が美咲に顔を向けた。そして、手が水晶に触れる。

「うわっ!」

 河井が大声を上げて、甲羅から滑り落ちて俺にぶつかった。俺は河井の身体をベンチプレスのように持ち上げ、後ろに投げ捨てた。


「痛っ、酷いじゃないか。投げることはないだろ」

「酷いのは、お前だ。何で俺の上に落ちてくるんだ」

「不可抗力だよ。驚いた拍子に足が滑ったんだ」


 美咲が溜息を漏らした。

「そんなことはいいから、頭の中に入って来たというのは何なの?」

 俺は頭の中をチェックして、その存在を確かめた。


「何かのメッセージだな。クゥエル支族という種族が残したメッセージらしいが、途中で手を離したので、よく分からない」


 河井も同じようなものらしい。美咲が水晶に目を向け、甲羅を登り始めた。

「気をつけろよ」

「大丈夫よ」

 美咲は水晶に手を伸ばし、触るとジッと耐えるような顔になる。その姿勢のまま五分ほどが経過した。


 美咲が水晶から手を離し大きく息を吐きだした。

「何か分かったのか?」

 俺が尋ねると、美咲が頷いた。美咲の説明によると、これはクゥエル支族という別の世界の住民が残した記録碑みたいなものらしい。


「これはクゥエル支族が、この食料エリアを去ることになった時に、残したものらしいの」

「ここを使うのは、人類が初めてじゃないということか」


「ええ、ここで十五世代が暮らした後に、どこかへ去ったようね」

「十五世代……一世代を三〇年と仮定すると四五〇年か。何か短いな。ここを用意した種族とは別だということか?」


「そうね。食料エリアは避難場所兼食料調達場所として、何回も使い回しされているみたい」

「クゥエル支族も、絶滅の危機だったの?」

 エレナが尋ねた。


「どういう経緯で、ここへ来たのかは分からないけど、彼らにとっても、ここは避難場所だったみたいよ。それより重要なことが分かった」


「重要なことだって?」

「ええ、クゥエル支族が自分たちの文明で重要だと考えている技術の成果を、三つ隠したというのよ」

「技術、何だろう?」


「その技術を三箇所に隠したそうよ。その一箇所がここなのよ。ちなみに亀は全然関係ないから」

 巨大亀の甲羅から突き出ている水晶は体内から出てきたのではなく、何かの事情で甲羅に突き刺さった水晶が取り外せないまま亀が成長したようだ。


 水晶と甲羅の繋ぎ目を調べると、そんな感じがするという程度のものだが、見当外れではない気がする。


「不運な亀だな。でも、何で死んだんだ?」

「老衰じゃないの。結構長生きしたみたいだから」

「ふーん、だったら、この亀は一万歳か。道理でデカイはずだ」


 皆が河井の顔を見る。今のがジョークかどうかを判断しようとしているのだ。

「ミチハル、亀は一万年も生きないぞ」

「鶴は千年、亀は万年じゃないのか?」


「鶴も亀も、そんな長生きじゃない。亀がそんなに長生きなら、地球は『亀の惑星』になっている」

 河井がふっと笑う。


「コジロー、長生きする生物が支配種族になるわけじゃないぞ」

 偶に河井がまともなことを言う。何だか悔しかった。


「それより、この水晶にクゥエル支族の技術が収められているんですか?」

 エレナが確認した。

「ええ、この水晶のどこかにあるらしいんだけど」


 俺は甲羅の上に登って水晶を調べた。水晶の中に白い玉がある。これが技術を収めたものなのだろうか?


「水晶の中に白い玉がある。これだと思うが、取り出すためには水晶を壊さないといけない。どうする?」


 美咲は考えた末に答えた。

「水晶に含まれているメッセージは、私が全て聞いたから、壊して。壊す時は、水晶の中央に丸い窪みがあるから、そこの中心を叩くのよ」


 俺は頷いて亜空間から工具箱を取り出し、中のプラスドライバーとハンマーを持ち上げた。プラスドライバーの先を窪みに押し付けハンマーで叩くと水晶が粉々に砕け散った。


 白い玉が転げ落ちて船の床を転がり、それを追って甲羅から飛び降りる。白い玉は美咲が拾い上げた。

「それは、どうやって使うんだ?」

「こうするのよ」


 美咲は白い玉を両手で握って捻った。それは球体のカプセルだったようだ。中には十数個の種のようなものと飴玉のようなものが二個だけ入っていた。


 美咲は迷いもなく飴玉を一個だけ口の中に放り込み、ジッと動かなくなった。エレナが話しかけようとしたので、俺は止めた。何か理由があるはずだ。


 一〇分ほどして、美咲が大きく息を吐きだした。

「その飴はなんだったんだ?」

「飴じゃないのよ。あれは情報伝達物質というのかな。口に含むと情報を伝える物質なの」


「へえー、もう一個あるのも、同じものなのか?」

 河井が質問した。美咲は頷き、

「ええ、そうよ」

「だったら、自分が試していいか?」


「農業関係だけど、いいの?」

 河井が伸ばした手を引っ込めた。

「農業が重要だと分かっているが、これ以上はいい」


 河井がリタイアしたので、エレナが名乗り出た。美咲が飴をエレナに渡す。エレナが飴を口に入れ動かなくなったので、俺たちは少し離れた場所へ移動して美咲から話を聞いた。


「どんな技術なんだ?」

「思い通りのものを実らせる生産の木を育てる技術よ」

「例えば、どんなものを実らせられるんだ?」


「そうね。この巨船の材料は、生産の木で作ったものなの」

 金属ではないのは分かっていたが、木の実から出来ているとは思わなかった。これだけの巨体を支えられるだけの強度があり、長年風化せずに残っている強靭さがあるとは凄いものだ。


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