第99話 大臣の食料エリア視察

 試しの城から追い出された俺たちは、リンク水晶を持って戻り始めた。

 海を渡り陸地をオフロード車で移動する。

「食料エリアは、いいな。時々、襲ってくる奇獣はいるが、アメリカが町を造った気持ちが分かるな」


 河井の言葉を聞いた美咲が頷いた。

「そうね。真似をするわけじゃないけど、町を建設することも考えた方がいいかもしれない」


 俺はシフトについて考えていた。シフトが起こり、毒虫区が東上町の隣に移動した場合、とんでもない事態になるだろう。


 俺が考え込んでいることにエレナが気付いたようだ。

「コジロー、何を考えているの?」

「シフト対策だよ。どうしたらいいか、考えていた」


 エレナが意味ありげに微笑む。

「簡単じゃない。小鬼区とか草竜区の守護者を倒して、制御石を壊せばいいのよ」

「そうか、一〇年間は、シフトから外れることになるのか」


 シフトでは制御石がないテリトリーは対象外になると、レビウスが言っていた。それが本当なら、東上町と東下町に隣接する異獣のテリトリーは、制御石を破壊するしかないようだ。


 美咲が将来を心配した。

「一〇年後や二〇年後が心配ね。制御石の復活とシフトが同じ日に起きたら、毒虫区が東上町の隣に来るかもしれない」


「毒虫区の制御石も壊したらいい」

 河井が意見を出した。俺はなるほどと一瞬思ったが、毒虫区の制御石が復活した日とシフトが重なったら同じだ。問題は解決しない。


「シフトの日がアナウンスされた今回だけは、何とか対策できるけど、長期的にはダメかもしれない」

「ああ、それでアメリカは避難場所として、食料エリアに町を造ったんだな」


「避難場所として、食料エリアに町を造るのは賛成ですけど、水とかはどうするんです?」

 エレナが気になった疑問を口にした。


「食料エリアにも川があるんだから、その水を処理したら飲めるようになるんじゃないか」

 美咲が頷く。

「そうね。川の水を採取して、日本政府に調べてもらいましょう」


 俺たちはストーンサークルに戻って、耶蘇市に転移した。そこでレビウスからもらったリンク水晶をセットする。これで誰でも食料エリアへ転移できるはずだ。


 俺たちはこの特別なリンク水晶を『制限解除水晶』と呼ぶことにした。


 東上町に戻った俺たちは、佐久間を連れ出して転移ドームへ行った。探索者だが、ガーディアンキラーではない佐久間を、本当に転移できるのか実験台に選んだのだ。


「本当に食料エリアへ行けるようになったのか?」

「そのはずなんだよ。それを確かめるために、佐久間さんの協力が必要なんだ」

「協力するのはいいけど、危険じゃないんだろうな?」


「大丈夫、俺が警護するから」

「そういうなら、食料エリアへ行ってみよう」

 俺たちは公園の入り口まで行った。以前までは、ここから先はガーディアンキラーでないと入れなかったのだ。佐久間が中に足を踏み入れた。


「おおっ、入れたぞ」

 レビウスは嘘を言っていなかったようだ。その後、実際に食料エリアへ転移した。これでガーディアンキラーでない者も食料エリアへ行けることが証明された。


 数日後、俺たちは仮首都へ行って、生駒大臣に食料エリアでの出来事を報告した。

「君たちが信用できないというのではないのだが、にわかには信じられない話だ」


 それは俺たちにも理解できる。他人から同じ事を言われたら、信じないだろう。

「君たちの話の中で、私が重要だと思ったのは、シフトのことだ。異獣のテリトリーが入れ替わるというのは、生き残っている町の住民にとって、かなり問題となるだろう」


「シフトを阻止したいテリトリーがあれば、制御石を壊すくらいしか、我々の間では思い付きませんでした」

「そうか、制御石を壊すか……」

 この場合は仕方ないと思うのだが、生駒大臣は制御石を壊すということにためらいがあるようだ。


「制御石を壊せば、そのテリトリーの異獣が増えなくなる。そうなると、心臓石の回収量が減る」

 政府は心臓石をいろいろな分野で利用しているらしい。輸入できなくなったものが多くあり、その代替品として心臓石を使っていたようだ。


「取り敢えず、耶蘇市の転移ドームにセットされた制限解除水晶を貸してくれないか?」


 ちょっと困ったという顔をする。美咲が代わって答えた。

「残念なことに、その制限解除水晶は、一度セットすると外れないものだったようです」


 レビウスから忠告されていたので、知っていたことだ。それでもセットするなら耶蘇市の転移ドームと、俺たちは決めたのだ。


 政府が欲しいと思ったのなら、自分たちでチームを編成して『試しの城』へ行けばいいのだ。道案内くらいはする。


「そうなのか、仕方ない。列車で耶蘇市へ行って、私自身が確かめることにしよう」

「えっ、大臣自ら食料エリアへ行かれるのですか?」

 大臣が笑った。

「一度、食料エリアを見てみたいと思っていたのだ」


 生駒大臣が食料エリアへ行くと言い出した後、その話を聞いた農林水産省の車田大臣が自分も行くと言い出した。官僚の何人かも行くらしいが、面倒なことだ。


 俺たちは先に耶蘇市に戻って、大臣たちが来訪するのを待つことにした。

 そして、大臣たちが来た時、団体で食料エリアへ行く準備が終わっていた。


 駅のプラットフォームで、大臣たちを迎える。

「急がせて済まないが、時間がないのだ。すぐに食料エリアを見せてくれないか」

 俺は頷いた。

「分かりました」


 俺たちは大臣二人と官僚数人を連れて、公園へと向かった。一緒に護衛の警察官らしい者たちもいたが、彼らはお客さんじゃないので、護衛する必要はないだろう。


 公園の前まで来ると、生駒大臣が立ち止まった。

「ここに転移ドームがあるのか。普通なら入れないはずなのだろう?」

「そうでした。ですが、今は誰でも入れます」

 美咲がそう言って、中に案内した。


 二人の大臣が転移模様の前で、下を見つめる。

「これを踏めば、食料エリアへ転移できるのだな」

 俺は肯定した。リンク水晶は外してあるので、他の転移門へ行く選択肢は出ないはずだ。


 大臣たちが足を踏み出し消えた。俺たちも追いかけるように進み出る。気づいた時には、食料エリアへ転移していた。


 大臣たちが呆然とした顔で、食料エリアの広大な草原を見ていた。

「大臣、そこは邪魔になりますので、前へお進みください」

 美咲が大臣たちを誘導して、一番見晴らしの良い所へ連れて行く。


「こ、これが食料エリアか。これは別な星なのかね?」

「分かりません。ただ広大な土地と海が存在することは分かっています」

「だったら、星じゃないのか?」


 美咲が首を傾げた。

「私は、食料エリアで一度も太陽を見たことがないのです」

 大臣二人が首を傾げている。その間に、官僚たちと護衛が食料エリアに転移してきた。


 全員が揃ったので、まずプチ芋が収穫できる場所へ向かって、大量に育っているプチ芋を見せた。この光景に農林水産大臣が興奮していた。


 そして、甲冑豚を狩り、ピンクマンモスの姿を見せる。

「うおっ、デカイな。象ではなくマンモスだね。ピンクなのが納得できないが」

 生駒大臣はピンクマンモスに驚いていた。


 一通り見終わって、ストーンサークルに戻って来た。生駒大臣が美咲に視線を向ける。

「耶蘇市は、ここをどうするつもりなのかね?」

「私たちは、ここに町を造ろうか、と考えています」


 車田大臣が不満そうな顔をする。日本を見捨てて食料エリアへ逃げ込むのかと思ったようだ。

「大臣、日本人が絶滅しないためには、ここに移住することも必要だと考えているんですよ」


「そんなに地球は危険なのか?」

「試しの城の件は、聞かれていると思いますが、レビウスという存在が、地球人を絶滅寸前だと言ったのです」

「聞いている。だが、何者なのかわからないのだろう?」


 美咲は頷いた。

「ですが、彼らが食料エリアを用意したのは確実です。食料エリアに城まで建てているのですから」

「だがね。その話を鵜呑みにするわけには、いかんのだ。政府の者が確認するまではね」


 大臣たちは、俺たちに協力を求めた。その代わり食料エリアに町を建設する時に、支援することを約束させた。


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