第98話 レビウス

 俺たちは扉を開けた。そこには全長四メートルほどの大熊がいた。しかも、大熊は銀色に輝く毛で覆われている。


「派手な熊だな」

 河井が声を上げる。俺は銀熊よりも目の隅に現れた小さな一〇個の点が気になった。眼がおかしくなったのかと思い尋ねた。


「皆、目に小さな点が見えるようになったんだが、俺だけか?」

 美咲やエレナ、河井も自分たちも同じだと言う。

「そんなことより、熊が近付いてくるぞ」

 河井が警告の声を上げる。普通の熊なら警戒する様子を見せるものだ。だが、この銀熊は何のためらいもなく近付いてくる。


 俺たちと戦うことが、自分の役目だと分かっているかのようだ。

「あっ、点が一つ消えました」

 エレナが声を上げた。俺も自分のものを確かめた。確かに一〇個の点が九個に減っている。


 美咲は、これをカウントダウンだと推理したようだ。

「ということは、この点が残っている間に、あの熊を何とかしろということ?」

 エレナが近付いてくる熊を見た。それに答えるように二本足で立ち上がった銀熊が吠える。


「そうだと言っているみたいだ」

 俺の言葉に皆が頷いた。その時には戦闘準備が終わっている。全員の手に武器があり、隙のない構えをとっていた。


 俺は『大周天』を使って体内で神気を廻らし始めた。河井が大剣の斬撃を銀熊に叩き込む。銀熊の胴体に当たったが、金属的な音がして大剣が撥ね返された。


「マジか。生き物を攻撃した手応えじゃないぞ」

 銀熊がお返しとばかりに長い腕を振り回し鋭い爪で河井を引っ掻こうとする。河井は大剣を盾にして身を守った。だが、車に撥ねられたかのように河井が吹き飛ぶ。銀熊のパワーは尋常なものではないようだ。


「ミチハル」

 俺は体内を廻る神気を衝撃波に変えて撃ち出した。衝撃波が命中し銀熊を盛大に弾き飛ばす。一〇メートルほど宙を舞った銀熊が床を転がる。


 普通の熊なら死んでいるはずだが、銀熊は平気な顔で起き上がった。だが、ノーダメージだったわけではないらしく、かなり怒っていた。点を確認する。急がなければ、点が八個になっていた。


 銀熊が前足で床を叩く。石畳の床が割れ石の欠片が飛び散った。そして、唸り声を発する。

 吹き飛ばされた河井が起き上がるのが見えた。大丈夫だったようだ。美咲が氷槍を放つ。キラキラと煌く氷の槍が銀熊に命中したが、砕けたのは氷槍だった。


 エレナが精霊の祝福を付与した爆裂矢を放つ。銀熊の胸で爆発。仰け反って爆発を受け流した銀熊は健在だった。


「こいつ、呆れるほど頑丈だな」

 俺が言うと美咲が頷く。

「もう一度、『操氷術』を使って攻撃してみるから、それがダメだった時は、『操炎術』で攻撃して」


 俺は頷いて『操炎術』の何を使うか選び始めた。美咲が【氷爆】を発動。右手から白いボールのようなものを撃ち出した。氷爆ボールは銀熊に命中し、その全身を凍らせようとする。


 銀色に輝く体毛が白く変わり、銀熊の動きが鈍る。だが、それは数秒だけだった。銀熊が身震いして凍りつきそうになった筋肉に力を入れ、極寒の冷気に対抗する。


 俺は『操炎術』の【フレア】を発動。突き出した右手の先から直径一メートルほどの巨大な炎の帯が噴き出した。巨大な炎にまで膨れ上がり、銀熊をローストする。あの炎の中は溶鉱炉のように高温になっているはずだ。


 炎が収まった時、銀熊はまだ立っていた。だが、輝いていた銀色の毛は焼けて全身が黒っぽくなっている。美咲が【氷槍雨】を使った。上空から氷柱つららの雨が降り注ぎ銀熊を貫く。突き刺さった氷柱は、強烈な冷気を放ち銀熊を凍らせた。


 銀熊が動きを止め倒れた。目の隅にある点は三個残っており、セーフだ。その時、頭の中で例の声がした。

【クリアしました。上階に上がりなさい】

 その声と同時に奥にあった扉が開き、階段が現れた。


「皆、聞こえた?」

 美咲が確認する。俺たちは頷き、現れた階段を上った。


 二階の中央には分裂の泉のような水溜りがあった。まさか、風呂というわけではないだろう。俺は不思議に思いながら近付いた。


【最もレベルが高い者の身体構造を調査します。分析槽に入水してもらいます】

 皆の目が俺に集まった。


「俺なの?」

「一番レベルが高いと言ったら、コジローしかいないだろう」

 河井が断言した。そうなんだけど、何だか気が進まない。でも、拒否できる雰囲気じゃないので。下着一つになって、分析槽に入った。


 分析槽の液体は水ではなかった。もっと油に近いものである。全身の皮膚がチクチクする。そう感じた次の瞬間、頭の中に何かが入ってきた。抵抗したが無理だ。


 身体だけでなく精神まで分析されているらしい。気持ち悪い。そんな状態が五分ほど続いた後、突然終わった。


【合格レベルに達していることを確認しました。上の階へお進みください】


「コジローのレベルで合格しなかったら、他の人は全くダメなんじゃない」

 美咲が言う。河井とエレナも頷いた。俺は脱いだ服を着てから身体の調子が良くなっているのに気付いた。分析と同時に何かされたのだろうか?


 三階に上がった俺たちは、そこで幽霊に遭遇した。

 中央にアルベルト・アインシュタインが立っていたのだ。


「あなたは誰です?」

【私はレビウス、調整官だ。この姿は地球で有名な人物のフォルムを拝借している。合格した者には、質問に答えることになっているので、質問するがいい】

 例の声に似ているが、少し違うようだ。調整官……さっぱり分からない。


 美咲が質問した。

「調整官とは何ですか?」

【絶滅寸前の種族の中で、将来期待が持てそうな種族に救いの手を差し伸べる者だ】


 絶滅寸前? どういう意味だ。もしかして、核戦争でも始まりそうだと思ったのだろうか?

【違う。そのような卑小な危機ではない】

 心を読まれたようだ。


「レベルシステムを導入したのは、あなたですか?」

 美咲が尋ねた。

【私を含めた救済委員会が決定した。地球人のために用意した救済策の一つだ。そして、食料エリアも救済策の一つである】


 エレナがレビウスに視線を向けた。

「シフトとは何ですか?」

【異獣がテリトリーを交換することだ。但し、制御石がないテリトリーは対象外となる】


 隣接する場所に強い異獣が存在しない場所を、人々は避難場所とした。東上町と東下町がそうなのだ。

 異獣は、他の異獣がテリトリーとしている場所には侵入しない。だが、人間のテリトリーには侵入しようとする。だからこそ、東上町の下条橋には砦のような防壁があるのだ。


 現在は小鬼区なので、それほど問題になっていないが、これが鬼人区や大鬼区などに変わったら、厄介なことになる。あんな防壁では、鬼人区や大鬼区の異獣を防ぎきれないだろう。


【次回は最初のシフトなので、アナウンスを行った。だが、その次からはアナウンスなしで、シフトが行われるだろう】


 俺は一番知りたかったことを尋ねる。

「ガーディアンを倒した者以外が、食料エリアへ転移する方法を聞きたい」

【試しに合格した者には、これを渡すことになっている】


 レビウスが俺にリンク水晶みたいなものを渡した。

【それを転移ドームにセットすれば、誰でも転移できるようになるだろう。但し、一度セットすれば、当分外れなくなるぞ】


「この試しの城は、何度でも試せるのでしょうか?」

 河井が尋ねた。

【同じ者が再び城に入ることはできない。さて、時間だ。帰るがいい】


「もう一つだけ、質問が」

【時間がない】

 次の瞬間、俺たちは城の外へ出ていた。


「うわっ、何だ?」

 河井が驚きの声を上げた。美咲は俺に視線を向ける。

「最後に何を聞こうとしていたの?」


「絶滅寸前の危機とは、何かということだ」

「やっぱり、私も聞きたかったんだけど」

「誰か他の人に聞いてもらうしかないな」


 俺たちは日本政府に報告し、他の探索者に確かめてもらうしかないと考えた。


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