第40話 獣人区の水田
【影刃】を使えるようになった後、俺たちは小鬼区で水田に戻せる土地を探した。だが、残念ながら見つからなかった。
水田に戻せる土地というのは、水の給水と排水が可能で整地されていない土地だ。日本には放置されている水田がかなり多くある。
米作農家が高齢化して米を作らなくなった水田を、俺たちは小鬼区で探していたのだ。とはいえ、さすがに住宅地で条件に合う土地は少なかった。
ところが、【影刃】を実戦で試そうと思いエレナと一緒に獣人区へ行った時、最適の土地を見つけた。水田を社宅にするために有名電機メーカーが購入したのだが、会社の業績が悪くなり社宅建設の計画が頓挫し、そのままになっている土地だった。
「この土地が小鬼区にあったらな」
俺が愚痴のように呟くと、エレナが簡単そうに告げた。
「獣人区の守護者も倒して、オーク護符の作り方を手に入れればいいじゃないですか」
エレナの俺に対する信頼度は、非常に高いようだ。
「……狙ってみようかな」
「コジローなら、大丈夫よ」
なぜか敬称が省略されている。それだけ親しくなったという証拠だろう。俺としては、ちょっと嬉しかった。
「そうだよな。二ヘクタールの水田だからな」
獣人区で見つけた土地は、二ヘクタールの広さがあり、比較的簡単に水田に戻せそうな土地だった。諦めるには惜しい土地なのだ。
米の平均的な収穫量は、一ヘクタールなら五、六トンである。もちろん、水田に戻したばかりの農地で栽培するのだから、収穫量は格段に落ちるだろう。
それでも、五〇人以上が一年間食べるだけの収穫量はあると考えた。但し、一人の人間が一年間に食べる米の量は時代によって違う。昭和の頃は一〇〇キロを超えていたが、平成末期には六〇キロまで減少していたのだ。
ただ世の中が変わったので、米の消費量は増えると思われる。米は
水田で栽培する水稲の他にも、畑で栽培する
ただ陸稲は餅米が多いと聞いているので、もち用として栽培するのはいいかもしれない。―――ここまでの知識は、農家の吉野から聞いた知識である。
俺は獣人区の守護者を倒すことを本気で検討してみようと思った。
「獣人区の守護者を倒すためには、新しい武器に慣れることが必要だな。それにエレナと河井のレベル上げも必要だ」
「河井さんも必要?」
ちょっと軽薄なところがある河井に対するエレナの評価は低かった。
「二人だけのチームというのは、バランスが悪いと思うんだ。後二人ほどチームに入れた方がいいと思う」
いつもチーム単位で活動するということは、考えていなかった。困難な目的ができた時に集まり、目的を達成した後は、解散してそれぞれの活動を行うような柔軟性のあるチームを考えていた。
戻ろうと思った俺たちは、オークの集団を引き連れたハイオークと遭遇した。俺は最初の目的である【影刃】の使い心地を確かめようと思った。
「エレナは弓で援護してくれ。俺はハイオークを仕留める」
「オークをコジローに近付けさせないようにすればいいのね」
エレナは矢筒から爆裂矢を取り出し弓に
まず六匹ほどのオークが襲いかかってきた。俺は影刃サーベルを構え、【影刃】のスキルを発動させる。影刃サーベルから一メートルほどの漆黒の円柱が伸びた。
先頭のオークが牛刀を振り下ろした。その攻撃を躱して影刃サーベルの影刃でオークの胴を薙ぎ払う。オークの腹に接触した影刃は薄く鋭いカミソリの刃のように変化し、異獣の肉体を斬り裂いた。
手応えはほとんどなかった。なのに、オークは真っ二つとなって消滅。凄まじい切れ味である。
俺から少し離れたところに居たオークに爆裂矢が命中し爆発した。俺はオークの集団を抜け出し、ハイオークに迫った。
背後で爆発音がする。エレナが活躍しているようだ。
ハイオークが柳葉刀を俺に向かって突き出した。その柳葉刀を影刃で弾いた。オークの肉体に接触した時とは違い、影刃は変化しなかった。
俺の意思で接触したものを斬り裂くか弾き返すか自由自在にできるようだ。敵の武器を切断することもできるのだが、それは危険な場合もある。
短くなった武器でそのまま攻撃して来る恐れもあるからだ。だから、敵の肉体は斬り裂き、武器は弾くということにしている。
ちなみに、敵を斬り裂く時には精神力が消費されるようだ。擂旋棍は肉体的に疲れるが、影刃サーベルは精神的に疲れる武器だった。
武器を弾かれたハイオークは、バランスを崩した。その隙を見逃さず、影刃をハイオークの首に滑り込ませた。その首がポトリと落ちる。
後ろを見ると、オークたちは消滅していた。エレナの弓で仕留められたようだ。
「終わったな。心臓石を拾って帰ろう」
「ええ」
その日は町に戻った。保育園のログハウスに入ると、子供たちが出迎えてくれた。子供たちはリビングでトランプ遊びをしていたらしい。
メイカが寄ってきたので抱き上げた。
「ねえねえ、水田は見つかった?」
「見つけたんだけど、ちょっと遠いところなんだ」
「そうなの。メイカでも行ける?」
「メイカがもっと大きくなったら、連れて行ってやるぞ」
「うん、たくさん食べて大きくなる」
その様子をコレチカが見ていた。
「ロリコン?」
俺は愕然とした。そんな言葉をコレチカが知っているとは思わなかったし、それを俺に対して使うとも思っていなかったのだ。
「ち、違う。誰に『ロリコン』なんて教えてもらったんだ?」
「ミチハル兄ちゃん」
今度河井にあったら、徹底的に話し合わねばならないようだ。
土井園長がリビングに入ってきた。
「コジローさん、次の冬に備えて、薪を増やさないといけないと思うんだけど」
ログハウスを建てたので、それ用の薪が必要になるという話だ。
「俺が山に行ってきます」
山の持ち主は死んでしまったので、一時的に町の持ち物ということになっている。ちゃんとした手続きしたわけではないが、町の者なら切って使ってもいいということになっていた。
将来的には話し合わなければならないが、当座は自由にして良いという。
俺は河井を連れて、山に向かった。
「何で、自分なんだよ?」
「力仕事になるから、お前を誘ったんだ。それにコレチカに変なことを教えただろう。これは罰だ」
「クッ、余計なことを教えなきゃ良かった」
「薪が必要なんだ。伐採の手伝いをしろ」
まず杉山に向かった。適当に間伐して、間伐材の杉を薪とするためである。伐採は影刃サーベルで行う。一振りで切り倒せるのだから簡単だ。
問題は切り倒した後だ。枝を払い、適当な長さに切りそろえなければならない。俺は枝を払い、切りそろえた。
「なあ、これはどうやって持って帰るんだ?」
河井が疑問の声を上げた。
俺はフフッと笑う。
「お前に、とっておきの秘密を教えてやろう。俺は、アイテムボックスのような能力を持っているんだ」
「うおっ、凄えじゃないか」
河井が興奮した顔で感心した。だが、俺が影空間を出して、中から特大のシャドウバッグを出すと微妙な顔をする。
「念じただけで、収納するとかできないのか?」
「馬鹿野郎、横着なことを考えるな。お前の仕事は俺が切りそろえた薪をシャドウバッグに詰め込むことだ」
怒鳴られた河井は、仕方ないというように薪を拾って、シャドウバッグに詰め込む作業を始めた。
俺は次にどの木を切り倒そうか、と選び始めた。
その時、歌が聞こえてきた。
「コジローが♪ きーを切る♪ スパン♪ スパン♪ スパン♪ …… スパン♪ スパン♪ スパン♪ ……コジローが♪ きーを切る♪ スパン♪ スパン♪ スパン♪ ……」
河井がラップ調の出鱈目な曲を歌いながら、薪を運んでいた。
俺は眉をひそめ、影刃サーベルを構えた。ちょうど振り下ろした時に、『スパン♪ スパン♪ スパン♪』という声が聞こえ、影刃サーベルを振り回した。
「あっ」
残すつもりの木まで切り倒してしまった。
「何やってるんだ、コジロー。杉の木を全部切り倒す気か」
「お前が、変な歌をエンドレスで歌ってるから、手元が狂ったんだ」
「他人のせいにするなよ。プロだったら、そんな間違いは絶対にしないぞ」
「俺は、プロじゃない!」
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