第39話 貿易と金
俺たちはホームセンターへ向かった。五分ほど走った地点で、煙を上げているのがホームセンターではなく、隣のビルだと分かった。
「あのビルは何だっけ?」
河井が疑問の声を上げた。
「あれは、銀行だ」
俺たちは銀行の前まで来た。シャッターが爆破されたように壊れている。その壊された部分から黒い煙が立ち昇っている。
「これはオークの仕業じゃないな」
「というと、人間ですか?」
エレナが眉をひそめる。獣人区で活動しているのは、東下町の探索者である可能性が高い。
「なあ、どうやってシャッターを壊したんだ?」
河井が青い顔をして質問した。
「たぶん操炎術だろう。スキルレベルが3になれば、【爆炎撃】という攻撃技を使えるようになる。それを使ったんだ」
「【爆炎撃】か、何か洒落ているじゃないか。操術系のスキルが選べるようになったら、操炎術を選ぶか」
「そんなことより、何で銀行に押し入ったのか、謎です。現金を盗んでも使い道がないと思うんですが」
エレナの言う通り、現在では現金を使わなくなっている。貨幣や紙幣に信用を与えていた日本政府が機能しなくなっているのだから、一万円札で買えるものなどないのだ。
「現金の他に銀行にあるのは何だ? 銀行と付き合いがなかったから、よく分からん」
「私もです」
「自分もだ。でも、銀行だから何か貴重なものがあるんだろ」
悲しいことに三人とも裕福な家庭に生まれたとは言えず、銀行に口座は持っていたが、大して活用していたわけではなかった。
銀行内部はあまり荒らされていなかった。銀行員がキチッと戸締まりをしてから逃げたからだろう。ただ誰かがシャッターを爆破した時に、中にあったプラスチックや案内書みたいなものに火が点いて燃え上がっていた。
煙の元は燃え上がったプラスチックのようだ。
『気配察知』のスキルを使って周囲を探る。
「地下から人の気配がする」
地下には貸し金庫があるようだ。俺たちは階段で地下一階に下りた。ドアが壊され、貸し金庫の部屋が見える。三人で中を覗いた。
貸し金庫の部屋に居たのは、東下町の探索者である数人の男たちだった。東下町の探索者も異獣を倒すことで成長し、活動範囲を広げているようだ。
その男たちの中に日比野が居た。彼は御手洗信用金庫の元職員で煬帝の下で働いていた奴である。
「あんたたち、何やってるんだ?」
河井が声をかけると、男たちが素早く振り向いた。
「誰だ?」
俺は河井を睨んでから答えた。
「日比野さん、俺だよ。無人島で一緒だった摩紀だ」
日比野が緊張を解いた。
「何だ。あの時の大学生か。どうしてここへ来た?」
「爆発音が聞こえたんで、調べに来ただけだ。何をしてるんだ?」
「市長の命令で、
「金だって、何に使うんだ?」
日比野が馬鹿にするように笑った。
「何も知らないんだな。日本政府は海外と細々だが貿易をしている。その支払には、ゴールドが必要なんだ」
「あったぞ!」
金を探していた探索者の一人が声を上げた。金のインゴットを見つけたようだ。
貿易は止まったと思っていたが、そうではなかったようだ。日本政府は何を輸入するために金を必要としているのだろうか。食料? 石炭? 石油に関しては油田が全滅したと聞いているのでないだろう。
「東上町の奴らは、何にも知らずに、お気楽でいいな。さあ、俺たちは忙しいんだ。お前らは邪魔だから出ていけ」
その言葉に怒りを覚えた。
「その言い方はないだろ。俺たちが知らないのは、東下町が情報を知らせないからだろ」
日比野たちは鼻で笑い、俺たちを銀行から追い出した。
「あいつら、偉そうにしやがって」
外に出た河井が怒りを口にした。
エレナも不機嫌な顔をしている。
「あの人たち、私たちのことを人間だと思っていないんじゃないですか」
「珍しく怒っているんだな」
「だって、コジローさんは腹が立たないの?」
「それはムカついたけど、今始まったことじゃないからな。それに日本政府が貿易をしているというのが、気になった」
「何が気になったんだよ」
河井が尋ねた。俺は振り向いて銀行へ視線を向けてから口を開いた。
「金で何を買おうとしているかだよ」
「一番欲しいのは、食料じゃないか」
「食料を輸出できる余裕のある国があるのかな」
「アメリカとかオーストラリアは、食料が余っているんだろ」
「今年の分はそうかもしれない。でも、ああいう国は大型農業機械を導入して大規模農場を経営しているだろ。油田が壊滅して石油がなくなったら、ガソリンも軽油も使えなくなるんだぞ」
エレナが真剣な顔になっている。
「将来が不安だから、私なら売らないで貯蔵しておくかな。でも、長期保存できないものもあるから、それは売るのもありかも」
「そうか、長期保存できない食料か。思いつかなかった」
河井が銀行を見ている。
「金か、価値がなくなったと思っていたんだけど」
それを聞いた俺は笑った。
「一昔前に戻ったということかな。そのうちに小判とかが出回ったりして」
エレナが呆れた顔をしている。
「小判はないかな。出回るなら金貨ですよ。まあ、あんまり変わらないですけど……ん、『心臓石加工術』で金が作れるようになったら、どうなるんでしょう?」
「……一個の心臓石から、どれくらいの金が作れるかによると思う。ちょっとだけだったら、あまり影響はないんじゃないか」
河井が邪悪な笑いを浮かべる。
「『心臓石加工術』で金が作れるのか。どうやるんだ?」
俺がどうすれば、知識スキルを選べるようになるか教えると、河井が顔をしかめた。
「金の勉強って、何だよ。もうちょっと簡単な方法はないのか?」
俺は他の方法は存在しないと答えた。
俺は世界と日本政府について考えた。
「異獣は水を嫌うから、海運が発達するかもしれないな。そうすると、海側にある東上町が発展するかもしれない。そうなったら、東下町の連中は悔しがるぞ」
「でも、それはそれで心配です」
エレナの心配は理解できた。東下町の市長なら実力行使で、東上町を占領するかもしれない。
「そうなるのは、何年も先のことだ。その間に準備すればいい」
それにはまず東上町の住民をレベルアップさせることが必要になるだろう。これは始まっており、三割ほどがレベルアップが終わっている。
俺たちはオーク狩りを再開した。と言っても、河井を鍛えることが主目的なので、彼がへたばるまで戦ってもらった。おかげでレベルアップしたようだ。
河井の修業を三日ほど続けると、『刀術』のスキルを取得した。そこで修業は終了し、河井には一人稽古でしばらく練習させることにした。
エレナは爆裂矢の製作、俺は前からやろうと思っていた『操闇術』の調査を始めた。
俺の『操闇術』のスキルレベルはマックスになっている。スキルレベルが5で可能になった【影渡り】までは検証しているので、次はスキルレベル6で可能になる【影刃】である。
これは闇属性の心臓石を影刃石に変化させることから始まる。影刃石は大きいほど良いようなので、小鬼区の守護者から手に入れた心臓石を使う。
ボーリングボールほどもある闇属性の心臓石を『心臓石加工術』と『操闇術』のスキルを使って、影刃石に変化させる。直径四センチ、長さ三〇センチほどの六角柱の黒水晶のようなものに変化する。
【影刃】という能力により、影刃石の先端からビームサーベルのようなものを伸ばすことができる。この影刃と呼ばれるものは、物体に接触すると鋭利で強靭な黒い刃に変化して自動的に切り裂く。
これは刃物の扱いが得意ではない俺でも、使える武器になる。実際に試してみると、直径三〇センチほどの丸太を真っ二つにするほどで、ゾッとするほどの切れ味だった。
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