第37話 ログハウス
翌日、俺とエレナは佐久間に会いに行った。下条砦ではちょうどゴブリンと佐久間たちが戦っていた。時々、ゴブリンが五、六匹の群れで砦を襲い東上町に侵入しようとするのだ。
佐久間たちにもゴブリン護符を配布しているのだが、普段は身に付けていない。レベル上げのためには戦う方が良いからだ。
ゴブリンを倒した佐久間たちが砦に戻ってきた。
「コジローとエレナじゃねえか。これから外に出るのか?」
「いや、佐久間さんに話があって来たんだ」
佐久間がニヤッと笑う。
「分かった。ログハウスの件だろ」
「正解。ログハウスを保育園の庭に建てて欲しいんだ」
佐久間が頷いた。
「いいぞ。問題はどうやって建築資材を運ぶかだ」
「水道局の倉庫にあったトラックを使えば……あっ、そうか。燃料を使い切ったんだった」
とりあえず、ガソリンを集めることにした。今回は奇獣区の家々を回って回収する。だが、樹人区でガソリンを探した時より苦労した。奇獣区に残っている車は、樹人区よりも少なかったからだ。
それでも何とか必要なガソリンを回収して、東上町に戻った。
その夜、俺と佐久間、それに武藤たちは、草竜区の倉庫に向かった。草竜区の夜は静かだった。ソードサウルスも寝ているらしく、動くものはほとんど居ない。
ただ夜行性の異獣も存在する。草竜区ではブレードクロウと呼ばれる二足歩行の恐竜のような異獣が棲み着いている。カミソリのような鋭い爪を持ち、素早い動きで駆け寄って獲物を切り裂く敵だ。
黒井の運転する六人乗りトラックで、俺たちは建設会社の倉庫に向かった。体長が一七〇センチほどのブレードクロウと偶に遭遇する。
そういう奴らは、黒井がトラックで撥ねて始末した。
「これが一年前だったら、俺は刑務所行きだな」
三匹ほどブレードクロウを撥ねた黒井が言う。
「調子に乗るんじゃないぞ。運転している最中にレベルアップすれば、酷い目に遭うことになる」
武藤が黒井に注意した。
年下の二之部が、俺に話しかけてきた。
「東下町に行ったんだろ。どんな様子だった?」
「あの町には、燃料の備蓄があるようだ。大型の農業機械を使って畑を耕していたし、新市役所の市長室はエアコンが動いていた」
それを聞いた二之部がムッとした表情を浮かべる。
「何だ、それ。東上町には一滴の燃料も分けてくれないのに」
「だろう。俺も腹が立ったんで、『東上町には来るな』と言ってやった」
それを聞いた武藤が苦笑する。
「物資の配給は諦めたが、日本政府や県の情報は欲しいんだよな。政府はどうするつもりなのかを知りたい」
その意見には、俺も賛成だった。
そんなことを話しているうちに、倉庫に到着した。佐久間が持っていた鍵でドア開け、中からシャッターを上げる。幸いにも目的の建材は残っていた。
「一度には運べないから、何往復かする必要があるな」
ログハウスの建材は一軒分ではなく三軒分あるらしい。俺たちは強化された筋力を活かして手早くトラックに積み込んだ。
何回か往復して建材のほとんどを運び出した頃、農協ビルの守護者に匹敵する気配を感じて、俺たちは倉庫の陰に身を隠した。
段々と近付いてくる圧倒的な気配が分かる。『操闇術』で手に入れた【暗視】の能力を使って、外を覗き見た。倉庫が面する通りを、巨大な恐竜が歩いていた。
全長九メートルほど、四足歩行で頭に三本の角がある。昔、恐竜図鑑で見たトリケラトプスという恐竜に似ている。但し、真っ赤な目が光っている点だけは違っていた。
俺たちは息を殺し、そいつが通り過ぎるのを待った。五分ほどジッとしていると、気配が感じられなくなる。
「あいつが守護者なのか?」
黒井が声を上げた。
「あの気配からすると、そうらしいけど……今までの守護者は自分の棲家から、あまり離れなかったんだがな」
俺が首をひねっていると、あまり深く考えない二之部が答える。
「夜の散歩でもしたくなったんだろ」
佐久間が急いで運び出そうと言う。俺たちも賛成してトラックに最後の建材を積み込んだ。
一晩かかったが、俺たちはすべての建材を東上町に運び込んだ。
疲れ果てた俺は、保育園に戻って眠った。
「ねえねえ、コジローは何で起きないの?」
メイカの声が聞こえる。
「起こしちゃダメよ。コジローさんは夜遅くまで働いていたんだから」
エレナの声だ。俺は目を瞑ったまま、聞いていた。
薄っすらと目を開けると、メイカが俺の顔を覗き込んでいる。俺は起き上がってメイカを抱き上げた。メイカは嬉しそうに笑い声を上げる。
「ごめんなさい。起こして」
エレナが謝った。俺は時計を見て四時間ほど眠ったことを確認した。この時計は乾電池で動いている。乾電池の在庫がなくなれば、動かなくなるだろう。
「構わないさ。それより何か食べるものはある?」
朝食の蒸しパンが残っているので用意するというエレナ。
俺はエレナが持ってきた蒸しパンとお茶で食事を済ませる。
俺はエレナに昨晩の出来事を知らせた。
「へえー、トリケラトプスみたいな守護者か」
エレナの言葉を聞いたコレチカが、寄ってきた。
「恐竜なの? 僕も見てみたい」
コレチカだけではなく、他の男の子も話を聞きに来た。俺は恐竜図鑑のトリケラトプスを見せながら、その大きさを説明した。子供たちは目を輝かせている。
「ねえねえ、コジローはトリケラトプスを倒せるの?」
あの大きさを考えると擂旋棍では倒すのは難しそうだ。『操炎術』か『操闇術』で倒すことになるだろう。ただ、俺は『操炎術』は苦手だった。
至近距離でないと相手に命中しないのだ。投擲術を使った場合は、遠くの相手にも命中させられるのに、なぜだろうと不思議に思う。
「爆弾でもないと倒すのは難しいかな」
「トリケラトプス、すげえー」
コレチカが変な風に感心する。
「そういえば、爆発の
エレナが報告した。爆発の鏃は、『心臓石加工術』のスキルレベルが6になれば、作れるようになる。俺もスキルレベルが6なので、こんな短期間で追いつかれたことになる。
心臓石から子供たちの服や生活用品を大量に作っていたので、その経験がスキルレベルを成長させたのだろう。ちなみに、生活用品というのは歯ブラシやトイレットペーパーである。
最近の家庭ではトイレットペーパーがなくなり、新聞紙を代替で使っているらしい。だが、子供たちは新聞紙を嫌がった。その気持ちは分からなくもない。そこで、俺が『心臓石加工術』で紙が作れるかもしれないと教えると、エレナが紙の研究を始めた。
その結果、『真層構造(紙)☆』の知識スキルを手に入れた。ゴブリンの心臓石一個からトイレットペーパーが一個生成できるらしい。
この情報が東上町の女性陣に伝わると、異獣を倒して『毒耐性』と『心臓石加工術』のスキルを手に入れたいという女性が増えた。
かなりの女性がトイレットペーパーを欲しいと思っていたらしい。
その翌々日から、保育園の庭でログハウスの建設が始まった。俺も手伝って一ヶ月でログハウスが完成する。どこから聞いたのか、悪友の河井も現れ手伝ってくれた。
トイレは水洗だが、外にあるタンクに水を入れないと使えない仕様になっている。お風呂は薪用風呂釜に変更されている。そして、厨房は土間と竈になっていた。
一年中、大量の薪が必要になるだろう。
問題は下水だった。東上町は合併浄化槽を使っているので、電気さえあれば何とかなるのだが、その電気が停電している。そこで車のバッテリーを使って、合併浄化槽の電源だけは確保していた。
そのバッテリーの充電は、東砂川の水力を使った小型水力発電である。このバッテリーや小型水力発電がダメになれば、水洗トイレ以前のトイレ様式に戻すことになるだろう。
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