第21話 水道工事と気功システム
獣人区の倉庫から塩ビパイプを運んだ数日後、俺は初めて東上町の町内会に参加した。この会議は二週間に一回行われており、各グループの代表が出席している。
探索者からは武藤、職人たちの代表として佐久間、農業関係から星谷・武田・徳永、教育関係から高校の教頭である古賀、医者の加藤、町内会の生き残りである松下が参加者らしい。
俺は武藤の相談役として連れてこられた。いつの間に相談役になったのか、本人の俺さえ知らなかった。武藤は漁師の仕事も始めようと考えており、探索者たちを纏める人材が欲しかったようだ。
俺は人を纏めるなんて柄じゃないので、別の人材を探すように勧めるつもりだ。
松下が主導して会議が始まった。
「武藤さん、あんたたちが水道を引くと聞いたんだが、本当なのか?」
「ああ、水汲みが大変だと言っていただろ。そこで佐久間たちに手伝ってもらって水道を敷設する」
大規模農家の武田が、不機嫌そうな顔をしている。
「水道だと、新しくする必要があるのか。今ある水道管に龍髭湧水の水を流し込めばいいんじゃないか?」
「いや、水圧が足りんから、ダメらしい。それに龍髭湧水の水だけじゃ水量不足で元のような水道は復活できんとうちの柏木が言うとった」
「柏木……ああ、水道局の」
この中で唯一の女性である古賀教頭が頷いた。東上町では学校を再開しようとしている。そのために数人の教師たちと古賀教頭が活動していた。教師たちの食料は、武藤たちと一部の農家が供給している。
「それで、どういう水道を設置するのだ?」
武田の質問に、武藤が地図を取り出して広げた。その地図に書き込まれた計画によると、龍髭湧水から東上町の三箇所にまで飲水を送ることになっている。
一箇所目は保育園の近くだ。次が海岸近くの住宅密集地で、最後が農家の家が多い場所である。
「おい、我々のところに引く水道は一箇所だけなのか」
武田が不満を口にした。どうやら、一箇所では足りないと主張しているようだ。
「どこに増やせと言うんだ?」
武田が地図のある地点を指差した。武藤が不思議そうな顔をする。
「どういうことだ? そこは畑が多い場所だろ」
「ハウス栽培が多い場所だ。水道が止まって散水ができなくなっている」
武藤が渋い顔をしている。農家にとって水やりは重要なことだと、俺にも分かる。だが、龍髭湧水は飲水として確保している水だ。農業用水として使うのは問題だと思う。
「農業用水は、まそ川から引いた方がいいんじゃないの」
俺が提案すると、武田が不機嫌そうな顔をする。まそ川は東湖から東砂川へ繋がっている川で、昔は用水路もあったらしい。
「その工事は誰がやるんだ?」
「それは必要な人がやることになるでしょ」
俺が当然だというように言うと、武田がますます不機嫌な顔になる。そんな作業をする余裕がないと言うのだ。
農業に従事している者は一〇〇〇人ほど居るらしいが、休耕田などを水田や畑に戻す作業をしており、用水路などを引く作業はできないそうだ。
武藤が本当かという顔をする。後で聞いたら、武田は少し小狡いところがあるらしい。議論した結果、水道の計画はそのまま進め、用水路は別途計画することに決まった。
武田が東下町と交渉している松下に質問した。
「東下町から燃料の配給は来ないのか?」
「御手洗市長にお願いしているのですが、燃料はないそうです」
煬帝がトラックを使っているのを見ている。燃料はあるはずなのだ。東上町に配給することを惜しんでいるのだろう。明らかな差別である。
ガソリンに関しては、探索者である武藤たちが小鬼区にある車からガソリンを回収して使っていたのだが、小鬼区の乗用車からはほとんど回収し、危険なオークが居る獣人区に活動範囲を広げるかどうかで迷っていたようだ。
ちなみに、ガソリンスタンドの燃料は東下町の連中が所有権を主張しており、武藤たちは手を出せないらしい。そのことについて町内会の人間は罵倒してたが、腕の立つ探索者を集めている東下町には逆らえないようだ。
町内会から戻った俺は、ハイオークとの戦いを思い出し反省した。持っているスキルを十分に使いこなせず、力任せに戦っただけという感じがしていたのだ。
力を否定するわけじゃない。でも、もっと良い戦い方があったはずだという気がする。攻撃に役立ちそうなスキルは『投擲術:4』『斧術:4』『気配察知:2』『小周天:4』『棍棒術:4』『操炎術:3』『操闇術:2』『刀術:2』である。
何だか、器用貧乏という言葉が脳裏に浮かぶ。どのスキルも上級者のスキルレベルである5にすることが難しい。特に『操炎術』『操闇術』には
俺には操術系の才能がないのかもしれない。さらに『刀術』も上達が遅いようだ。刀という武器がしっくりこない気がする。刃の向きを意識して振るというのが面倒な感じがしていた。
とはいえ、自分に合っていると思える『棍棒術』は限界が見えている。力任せに棍棒を異獣に叩きつけても、タフな異獣を仕留めることが難しい。
「こうなったら、異獣の頭蓋骨を陥没させるくらいパワーアップするか、スキルポイントを使って『刀術』や『操炎術』のスキルレベルを上げるかだな」
俺はパワーアップを試してみてから、ダメな時はスキルポイントを使おうと決めた。
問題はパワーアップの方法である。これは『小周天』のスキル知識の中にあった。今練習しているのは、静功と呼ばれる方法だが、もう一つ身体を動かしながら気を練る動功と呼ばれる方法を応用すれば、何とかなりそうだと分かっていた。
現時点での小周天は身体の中心線に沿って気を巡らしているだけなので、その影響範囲は体幹筋に属する筋肉が強化されるだけのようだ。体幹筋が強化されたおかげで攻撃力は上がったのだが、足や肩から手にかけての筋肉は従来通りなので、極端なパワーアップはしていない。
そこで動功である。動功を習得すれば、手足の先まで気を送り届けることができるようになるらしい。もちろん、これはレベルシステムを導入した存在が構築したシステムであり、中国で発展した気功とは別物だった。
だから、俺は『気功システム』と呼んでいる。
その日から、昼間は水道の工事を手伝い、夜は気功と棍棒術、投擲術の練習に打ち込んだ。目標は気を使って全身の筋肉を強化しながら、棍棒術と投擲術が使えるようになることである。
水道の工事は、俺も含めた探索者が龍髭湧水から東上町まで塩ビパイプを継ぎ手で繋ぎながら伸ばしていく工事である。塩ビパイプは地面に這わせるのではなく、鉄パイプを地面に突き立て、鉄パイプと塩ビパイプを交差するように金具で固定していく。
「ダメだ。もう五ミリ上に固定しろ」
厳しいダメ出しをしているのは、大工の佐久間である。職業柄だろうか、こういうことには正確でないと我慢ならないらしい。
個体レベルを上げている探索者が中心になって工事しているので、通常より早いペースで工事が進んでいる。佐久間は一週間ほどかかるんじゃないかと言っていたが、三日で終わりそうだ。
三日後に完成し、パイプの先に取り付けた蛇口から水が出た時、東上町に住む女性たちが非常に喜んだ。かなり水汲みが大変だったようだ。
その後、俺はエレナと一緒に小鬼区と獣人区の探索を続けた。将来的に必要になりそうなものが、空き家となった家に取り残されており、それらを集める仕事をしていたのだ。
俺たちが必要だと考えているのは、包丁や鍋・フライパンなどの料理道具、それに衣類・食器・鏡・化粧品・紙類・文房具・書籍などである。
化粧品は要らないと俺は思ったが、女性にとっては重要だと言う。持ち帰った品物は、保育園の西隣にあるビルの部屋に仕舞っている。このビルは家具などを販売していた会社のビルで、持ち主は死んだという。
こんなことができるのは、『操闇術』とシャドウバッグを俺が所有しているからだ。そして、そんなものを集めているのは、異獣がいる地区の住居が急速に傷み始めているためである。
ゴブリンやオークによって窓が壊され、そこから雨風が入る。温かい時期が来れば、カビなども生えやすくなるだろう。そうなる前に、できるだけ回収したいとエレナが言い出したのだ。
「特に衣類は大切だと思う。だって、いつ作れるようになるか分からないんですよ」
エレナは不安そうな顔をする。
「そうだな。綿を栽培するところから始めないとならないからな」
『心臓石加工術』で必要最小限のものは作れたとしても、元が心臓石なので衣類を量産することは無理だろう。東上町だけでも二五〇〇人ほどの住民が居るのだ。その住民全員に一着の服を作るとしたら、何匹の異獣を倒さなければならないか考えると頭が痛くなる。
探索を続けながらゴブリンやオークと戦い。夜は気功と棍棒術、投擲術の練習を行った結果、『投擲術』『小周天』『棍棒術』のスキルレベルが一つ上がった。
エレナも夜に弓術の練習を始め、順調にスキルレベルを上げているようだ。
俺は実力を試すために棍棒を持って林に行った。木を相手に威力を試すためである。
直径が三〇センチほどの杉の木で試すことにする。俺はゆっくりと動き始めた。それは公園で太極拳の練習をしている人たちの動きと似ていた。
呼吸と動きを調和させ、経脈に沿って気を巡らし始める。初め督脈・任脈だけを巡っていた気が、全身へと広がる。全身に気が巡るのを感じた時、一気に動きを加速させた。棍棒が杉の木に向かって振るわれる。
目で追えないほど加速した棍棒の先が木の幹を叩いた。ドゴッという音がして幹が抉れると同時に棍棒の先が割れた。衝撃に棍棒が耐えられなかったのだ。これが『
「うわっ! 強烈だ」
一撃により幹に一五センチほどの穴が開いていた。これならハイオークの頭蓋骨も叩き割れそうだ。問題は棍棒である。豪肢勁を使って繰り出す技に、棍棒が耐えられないのだ。
「あああっ……鉄パイプを短く切って嵌めてみるか」
棍棒と言うよりメイスみたいになるが、棍棒を強化できるなら形式に拘ることはないと考えた。
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