第22話 旧友との再会

 俺が豪肢勁を習得している間、エレナは弓術の練習を続けていた。弓術はエレナに合っていたようで、短期間でスキルレベルが3まで上がった。


 子供たちが眠った後、エレナは弓を持ち練習場にしている庭の隅に向かう。月明かりはあるものの的がおぼろげにしか見えない。


 エレナの吐く息が白く変わっている。日が沈んで一段と寒くなったようだ。弓術スキルを選んだ時に脳に刻み込まれた情報を確認してから弓を構えた。


 矢を番え弓を引き絞る。矢が吸い込まれるように的に向かい命中した。それは的にしている板に矢が突き刺さる音で分かった。


 二時間ほど練習したところで、園長に声をかけられた。

「頑張っているのね」

「はい。頑張らないと、コジローさんに付いて行けないんです」

 保育園ではコジローという呼び方が定着したようだ。


 園長が心配そうな顔をする。

「無理に付いて行かなくてもいいんじゃないの。コジロー君は当分ここに居るみたいだから、あなたは子供たちの世話をしながら待っていたらいいのよ」


 エレナが強く首を振って否定した。

「それはダメです。コジローさんは強いですけど、町の外は危険なんです。それにレベルアップした時、どうしても無防備になる瞬間があります。そんな時は誰かが一緒に居ないとダメなんです」


 園長が肩を竦め、意味ありげな視線をエレナに向けた。その視線を受けて、エレナが顔を赤くする。

「違いますよ。コジローさんには、命を助けられたんで、恩返しをしたいだけです」

「そういうことにしておいて、あげましょうかね」


 その翌日、俺が水田や畑を見たいと言うと、エレナが案内すると言ってくれた。

 東上町の農地は水田が六割、畑が三割、果樹園が一割という比率になっている。水田の多くは休耕田となっていたようで、春までに田植えができるように整備していた。


「まるで一〇〇年前に戻ったようだな」

 俺が感想を口にすると、エレナが頷いた。

「ええ、機械が使えないので、全部人力でやっています」


「この人たちは異獣を一匹でも倒したのかな」

 エレナが小首を傾げてから答えた。

「多くの人は倒していないと思いますよ。死ぬのが怖いんです」


 今度は俺が首を傾げた。

「どういう意味?」

「最初の頃、異獣を倒した人の中に、激痛で心臓発作を起こして死んだ人が居たんです。その情報が広まって異獣を倒すのは危険だと噂が流れたんです」


「心臓発作か……あの激痛だからな。心臓などに病気を持っている人は危ないかもしれない」

 俺は全員が異獣を倒して『毒耐性』を持てばいいと思っていた。だが、持病持ちの人には危険らしい。


「スキルを持たない人が毒で倒れたら、どうしたらいいか。考えているんですが……」

 エレナは『毒耐性』のスキルを持っていない保育士の二人と子供たちのことを心配しているようだ。毒は空気と一緒に体内に入り、通常は体外に排出されるようだ。


 だが、新陳代謝が衰えた老人や病人は、体外に排出できなくなり死に至るという。ちなみに『毒耐性』のスキルは耐性という名前なのに毒を体外に排出する能力を高めるものらしい。


 俺は『心臓石加工術』のスキル知識を思い出した。その中に木属性の心臓石からポーションを作る技術がある。ポーションには、細胞活性・解毒・免疫強化の三種類があり、解毒ポーションを使えば異獣の毒も除去できるようだ。


 俺は水田や畑を回って働いている人々をチェックした。知り合いが働いていないか確かめたのだ。だが、会いたいと思っていた者は見つからなかった。


 その代わり、あまり会いたくなかった奴を見つけてしまう。休耕田をクワで耕していた青年が、俺の顔を見て、クワを放り投げ走り寄ってきた。

「うおっ、やっぱりコジローじゃねえか」

 高校時代に一緒に遊んでいた悪友だった。


「ニゲカワ、お前も生きていたのか」

 その青年が顔をしかめた。

「そのアダ名はやめろ。河井だ」


 俺は驚いたような表情を浮かべる。

「嘘、お前の本名はニゲカワじゃないのか?」

 河井が俺を睨んだ。

「いい加減にしろよ。ニゲカワというアダ名は、お前が付けたんじゃねえか」


 そうだった。友人同士で山に登った時、野生動物と遭遇して一人だけ逃げたのが河井だったのだ。河井は猪だと思ったらしいが、たぬきだった。


「しかし、良かったな。生き残ったんだ。昔から逃げ足だけは速かったもんな」

「逃げ足だけというのは余計だ。それより保育園のエレナ様と一緒に何してるんだ?」

「エレナ様? ……まあいい、偶然小鬼区で会って保育園で世話になっているんだ。それより、西京町の者はお前以外に居ないのか?」


 河井が真面目な顔になって首を振った。

「自分の家族だけだ。御手洗グループの連中は東下町へ行ったし、関係ない奴らは田崎市へ行ったよ」

 田崎市は耶蘇市より二倍ほど大きく変な差別がない都市まちだ。その時はまだガソリンがあり異獣の数も少なかったので、車で田崎市へ向かう者が多かったという。


 御手洗グループに関係のない幼馴染の美咲を含めた知り合いは、田崎市に行ったのかもしれない。

「そういえば、何で東上町に残っているんだ?」

「親父が逃げる途中で怪我をして、逃げ遅れたんだ」


 今は車で移動するのも危険な状況らしく、東上町から逃げられなくなったようだ。

 河井が値踏みするように俺を見ていた。

「お前、もしかして探索者になったのか?」


 俺は頷いた。そうすると、河井が羨ましそうな顔をする。

「いいなぁ。自分も探索者になりたかったんだ」

「武藤さんに相談したら、良かったのに」


「あの酒ばかり飲んでいるオヤジたちは、ちょっと馬が合わない」

 思わず頷いてしまうほど納得してしまった。それから農作業の様子を聞いて河井と別れた。


「仲の良い友達なんですね」

「あれは友達っていうより、悪友だよ。しかし、農作業に慣れていない人たちが、大勢農業を始めたみたいだけど、大丈夫なのか?」


 エレナが考えるような仕草をした。河井がエレナ様と呼んでいる気持ちが少し分かった。その仕草がもの凄く可愛いのだ。

「苦労しているみたいですけど、来年のことを考えると仕方ないようです」


 畑を見てから保育園に戻る途中、吉野の孫が家から飛び出してくるのが目に入った。かなり慌てている様子である。

「星夜君、どうしたの?」


「エレナ姉ちゃん、爺ちゃんが倒れたんだ」

 俺たちは急いで吉野の家に入った。居間で倒れている吉野を見つけた。顔色が真っ青になっており、苦しげな呼吸をしている。


「大変、加藤先生を呼んでこなくちゃ」

 加藤は町で唯一の医者である。エレナは加藤を呼びに行った。俺は吉野をベッドまで運んで横たえた。


 数分後、近所に住んでいる加藤が駆け込んできた。

 すぐさま診察を行い、異獣の毒だと診断した。

「すまん、星夜。この毒はどうにもできん」


 星夜がうろたえている。泣きそうな顔になって加藤にお願いした。

「先生、頼むよ。爺ちゃんを助けて……」


 俺は加藤に尋ねた。

「先生、解毒ポーションを試したことはありますか?」

「解毒ポーション? 知らんな」

 加藤は『心臓石加工術』を知らないようだ。俺が説明すると、疑わしそうな目で俺を見る。


「その解毒ポーションを持っているのかね?」

「いや、材料になる心臓石を採りに行かないとダメです」

「ふむ、私には吉野さんを治す方法がない。君を信じるしかないのだろうが……時間がないぞ。この状態だと、今夜が峠になる」


「分かりました。今から行ってきます」

 木属性の心臓石を残す異獣は、昔北町と呼ばれていた樹人区に居ると武藤から聞いていた。そこに行けば、木属性の心臓石が手に入るだろう。


「私も一緒に行きます。吉野さんには、お世話になっていますから」

 エレナが声を上げた。危険だと断ろうとしたが、エレナの目には断固とした決意があった。

「いいだろう。用意を整えるために戻ろう」


 俺たちは保育園に戻って、武器とバックパックを装備した。

 樹人区は、俺の実家があった西京町の西、小鬼区・獣人区・奇獣区を通った先にある。多数の異獣と遭遇することになるが、時間をかけるわけにはいかない。夜までに戻らねばならないからだ。


「せめて自転車が使えればいいんだけどな」

 俺が言うとエレナがダメだと言う。理由は自転車に乗っている時に、異獣に奇襲されると、かなり危ないそうだ。どうしても隙ができると武藤たちが言っているらしい。


 急いで下条橋を渡り、小鬼区を西へと向かう。小鬼区では数匹のゴブリンを倒し獣人区へ入った。ゴブリンに対して使った武器、先端を鉄で覆った棍棒である。


 先端の鉄は、心臓石から生成した鉄インゴットを加工したものだ。強度はただの棍棒より上だが、鋼鉄ではないので、十分な強度ではない。なので、予備として柳葉刀もバックパックに入れている。


 ゴブリンに対しては習得した豪肢勁を使うまでもなかったが、オーク相手となれば豪肢勁を使った一撃が必要になるだろう。


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