第6話 リザードマン

 森に入りミノタウロスの姿が見えなくなった頃に立ち止まった。奴の行動が気になったのである。少し引き返し砂浜の近くに茂っている藪に隠れて海の方を覗いた。


 ミノタウロスが砂浜に出て筏の方へと向かっている。デカい、デカすぎる。体長は三メートルほどだが、細長いわけではなくたくましい体格をしている。それが一層大きく思わせるようだ。


 不機嫌そうに巨大な斧を振り回しながら、筏に近付いていく。筏の傍に来たミノタウロスは、筏の周囲を見回し獲物を探しているような様子を見せた。


 その獲物というのは、たぶん俺なんだろう。絶対に見つかりたくない。誰だってそう思うはずだ。ミノタウロスが斧を振り上げ、筏の上に振り下ろした。瞬く間に筏が破壊された。


 思わず声が出そうになり耐える。作りかけの筏を粉々に壊したミノタウロスは去っていった。

「馬鹿野郎! 覚えてやがれ」

 俺の罵声は無意味に海の彼方に消える。


 それから二度筏作りに挑戦したが、ミノタウロスに邪魔された。あのミノタウロスは、俺を島から逃さないつもりだとしか思えない。

「クソッ、どうする?」

 自分自身に問いかけても答えは出なかった。


 この調子だと、ミノタウロスを倒さない限り島から脱出できないのではないか、という気がしてきた。釣りをしていた時には現れず、脱出用の筏を作っている時だけ現れるのは納得できない。


 俺は筏作りを中断し、レベル上げを再開することにした。もしかしたら、ミノタウロスを倒せるスキルが手に入るかもしれない。


 そして、後回しにしていた小周天のスキルも修業を開始した。気功の修業というのには、二つの方法がある。一つは座ったり立った状態で動かずに気を巡らす静功せいこうであり、もう一つは身体を動かしながら気を巡らす動功どうこうである。


 小周天の第一歩は静功だった。地面の上に胡座あぐらをかいて座り呼吸を整え、小周天のスキルを取得した時に脳に刻まれた知識に従い気を感じるように努める。


「おっ、これか?」

 身体の中に熱源のようなものがある。実際に熱を持っているわけではないが、下腹の中に小さな炉があるような感じがする。その炉は下丹田げたんでんというらしい。


 その下丹田から何かが溢れ出し経絡を流れ始める。経絡の流れの途中に経穴と呼ばれる中継点のようなものがある。その経穴を熱い何かが流れる時に抵抗が生じた。


 経穴が閉じた状態になっており、それをこじ開けるのに時間がかかるようだ。夜は小周天の修業を行い、昼間は釣りとレベル上げを行う日々を続けた。


 鉈が閃きハンマーリザードが消える。

「ふうっ、今日は五匹か」


【レベルが上がりました】

 全身を熱気が駆け巡り苦痛が殺到する。だが、少し慣れてきた俺は立ったまま耐えた。

【レベルアップ処理終了。ステータスを表示します】


 筋力・敏捷性・体力・耐久性・超感覚が一つ増加、気配察知・物理耐性のスキルレベルが一つアップしている。選択可能なスキルを確認すると、『竹細工』というスキルが増えている。筏作りをしたからだろう。


「『竹細工』かパスだな。ミノタウロスを倒せるようなスキルはないのか?」

 俺はハンマーリザードとの戦いを再開した。戦いながら島の周囲を時計回りに回っていると、二足歩行するトカゲと遭遇した。体形は人間に近いのだが、体表は鰐の皮のようであり頭はトカゲである。


 異獣知識によれば、こいつはトカゲ人間またはリザードマンと呼ばれているらしい。手には棍棒を持っている。身長は俺と同じぐらいだから、一八〇センチほどだろう。


「こんな化け物もいたのかよ」

 リザードマンが素早く走り寄り、棍棒を振り回した。棍棒の長さは五〇センチほどで、腰鉈が三〇センチほどなので、こちらが不利だ。


 重そうな棍棒を鉈で受け止めようとしたが、鉈が弾き飛ばさた。手に痺れるような痛みが走る。ま、まずい、まずいぞ。どうすればいい。


 棍棒が襲ってきた。地面を転がって避ける。その際に小石を拾い上げた。

「これでも喰らえ!」

 小石を全力で投げた。小石がリザードマンの胸に当たって砕ける。予想外の攻撃でダメージを負った敵は、二、三歩後退した。


 その隙に三個の小石を拾い上げ、次々に投げた。腹、肩、眉間に命中し、リザードマンが倒れた。俺は地面に落ちている鉈を拾い上げ、リザードマンの首に振り下ろす。


 首の半分を切断し息の根を止めた。

「はあはあ……、危なかった」

 俺は鉈を見て溜息を吐いた。この小さな鉈で戦うのは限界だな。といっても、別な武器はないしな。


 心臓石を拾い上げると、赤い色をした火の心臓石だった。

「トカゲ関係の心臓石は赤なのか。まあいいや、それより武器をなんとかしなきゃ」


 あのリザードマン、棍棒を武器にしていたな。棍棒なら、俺にも作れるんじゃないか。俺は棍棒に使えそうな木の枝を探した。


 五分ほど歩き回り、ケヤキの木に使えそうな枝を見つけた。その枝を鉈で切り落とし、棍棒の形に整える。長さ六〇センチほどの棍棒になった。


 棍棒を振ってみる。レベルが上がって強化された筋力で振ると、鋭く風を切る音が鳴った。

「こんなもんか」


 俺は棍棒を武器に戦い始めた。棍棒という武器は、俺に合っていたようで戦いやすい。俺はレベル上げの相手をリザードマンに絞って戦い、レベルを上げていった。


 レベル『07』になった時は、スキル選択に『棍棒術』が追加された。俺は迷わず選択。棍棒術の取得ポイントは『1』であり、お買い得という感じがする。


 レベル『08』になった時に追加されたスキルはなかった。そして、レベル『09』になった時、スキル選択に星が付いた『硬気功☆☆☆』が追加された。小周天の修業を続けた影響で選択可能になったようだ。


 小周天の修業が進んだことで、脳に刻み込まれた知識も理解できるようになった。

 中国気功で小周天と呼ばれているものは、上半身にある督脈、任脈に沿って内気を一周させることのようだ。一方、レベルシステムが提供する小周天は別物らしい。


 レベルシステムの小周天は、体内に『精気』または単に『気』と呼ばれる一種の生命エネルギーの通り道と発生炉を作り出すことから始まる。そして、下腹辺りにある下丹田という発生炉から発した気を督脈・任脈という通り道である経絡に沿って一周させることを小周天と呼んでいるようだ。


 中国気功とレベルシステムで、小周天は同じ意味を指しているように聞こえるが、実際は違う。中国気功の小周天は効果があやふやであり、人によって効果が違うようだ。それに比べレベルシステムの効果ははっきりしている。


 これを理解した時、俺の身体が改造されたのだと分かった。―――何でだよ。勝手に俺を改造人間にしやがって。責任者出て来い。……はあっ、出て来るわけないか。


 下丹田を発した気が背中を這い登って頭まで到達し、そこから腹側の経絡を通って下丹田まで戻るというところまで修業が進んだ。


 気の循環ができるようになったので、身体に変化が起こった。気を循環させている時は、身体が異常に丈夫になり、力も強くなった。


 但し、小周天のスキルレベルは3であり、まだまだ初歩程度の段階らしい。とはいえ、これを戦いに利用し始めると、簡単にリザードマンを倒せるようになった。


 島に取り残されて三ヶ月。故郷である耶蘇市が遥か遠い世界であるかのように感じてしまう。両親や幼馴染の美咲のこともたまにしか思い出さないようになった。毎日が危険の連続で心が摩耗してきているのかもしれない。


 その日も手作りの棍棒を持ってレベル上げに向かった。ミノタウロスを倒すには、少なくともレベルが二桁にならなければ無理だと考えていたからだ。


 本日三匹目のリザードマンを倒した時、またあの声が聞こえた。


【レベルが上がりました】


 レベルアップ処理が終了し、ステータスが表示された。


【氏名】マキ・コジロウ 【職業】学生 【レベル】10

【筋力】25 【素早さ】20 【体力】21 【器用】21 【脳力】15 【超感覚】10

【スキルポイント】18 〔スキル選択〕

【アクティブスキル】『投擲術:4』『斧術:4』『心臓石加工術:4』『気配察知:2』

          『小周天:3』『棍棒術:3』

【パッシブスキル】『物理耐性:3』『毒耐性:2』『精神耐性:2』


 筋力や体力などは二〇を越えている。それがどれほどのものなのか、正確なことは分からない。だが、体感では筋力が二倍以上になったような気がする。


 選択できるスキルも増えている。星が二つ付いた『操炎術☆☆』がスキル選択一覧の最後に追加されていた。字面じづらから、火魔法みたいなものじゃないかと思う。


 このスキルだったら、ミノタウロスを倒せるんじゃないか? 希望が見えてきた。でも、星が二つということは取得ポイントが高いということだろう。それだけが不安だ。


 俺は防空壕に戻って『操炎術』を選択した。その瞬間、俺の頭に凄まじい痛みが生じた。それは限界を超え、意識が闇の中に消える。


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