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六月の半ばには、ジュンはクラスの女王になっていた。一学年十二人の、ひとクラスしかない過疎化のこの町の学校では、クラスにカーストなんてなかったけれど、ジュンがその価値観を持ち込んだ。ジュンは一番てっぺんにいた。次にガキ大将の圭吾、そしてその仲間たち、それからわたしたち女子とその他の男子だ。
ジュン、どうしたと? と他の子に訊かれても、さあ、としか答えようがなかった。ジュンは以前と比べて清潔で、服も街で買ったようなお洒落なもので、文房具も羨ましいほど素敵だ。おじいちゃんが買ってくれたんだ、と自慢した。おじいちゃんって、あの怖い人? と誰かが訊くと、そうよ。おじいちゃん、何でも言うこと聞いてくれる、とジュンは誇らしげに言った。
ジュンの祖父は到底そんな人物ではなく、子供嫌いのすぐ暴言を吐く人で、ジュンも怯えていたはずだ。別の人なんじゃない? 出て行ったお母さんのほうのおじいちゃんとか、と言ってみたが、それを聞いた他の子がジュンに確認を取っても、やはりあの家にいる父方の祖父とのことだった。一体、あの人に何があったのだろう?
わたしはジュンと圭吾に目の敵にされるようになった。圭吾はわたしをいじめるようになった。わたしは圭吾によってランドセルに飛び蹴りを食らわせられ、お返しに叩いたり、蹴ったりしたけれど、ジュンがあとからやって来て、圭吾の仲間たちにわたしを拘束させると、勝手にわたしのランドセルから色々なものを取り出し、踏みにじったり、他の子との交換日記を読んであざ笑ったりした。他の子は助けてはくれなかった。それほどジュンと圭吾は恐ろしい存在となり果てていた。
あんた、何やっと? わたしは耐えかねて、ある日ジュンに言った。校庭のウサギ小屋に閉じ込められ、ウサギたちの糞の匂いが充満していたのもあって、頭に来たのだ。あんた、祭りのときにさらわれたやん。別人みたいになってさ、本当にあんたジュンやっと?
金網の向こうのジュンは、にやにやしていた。次の瞬間、あんた、言ったね、と真顔になった。圭吾が金切り声を上げた。頭を抱えている。他の男子もそうだ。わたしはウサギ小屋の中から、茫然とそれを見ている。
言ったなあ、言ったなあああ、とジュンは叫んだ。顔が溶けていく。圭吾がふらっと倒れた。仲間たちも倒れていた。わたしだけが立っていた。ウサギたちは、うごめいた。言った言った言った言った言ったなあああ。ジュンは溶けて、何か鉛色の液体になって、じゅるじゅるじゅる、と音を立てた。それから気持ちの悪い、尋常でない音を放ちながら、這うようにどこかに行った。
やはりジュンはさらわれたのだ。ジュンは、何か化け物と入れ替わって、どこかに捕まっているのかもしれない。恐怖でへたりこみながら、わたしは可哀想なジュンのことを思った。
あんたたち、何しよると! と女性の声がして、担任の山下先生が駆け寄ってきた。
セツば閉じ込めたとは、あんたたちね? と先生は起き上がろうとしていた圭吾に訊いた。圭吾は、頭を撫でながら、あたまがいたい、とつぶやいた。
先生、そんなことより、ジュンがさらわれたと! とわたしはウサギ小屋の中から叫んだ。先生は怒りながらウサギ小屋の入口を開けてくれたが、あまり気にしていない様子だ。ジュンて、あんたの飼っとる犬ね? それはおうちの人に言いんしゃい。先生はどうにもできん。
驚きのあまり、わたしは先生に言い募った。ジュンは坂本諄子のことやろ。先生何言いよると。先生の生徒やん。早く警察に言わんと……。先生はきょとん、とした。そんな生徒はおらん。
え? と訊き返すと、先生は呆れたように繰り返した。そんな生徒はおらん。生徒はあんたたち二年生十一人だけ! もう。いつまでも学校におらんで早くおうちに帰りんしゃい! と怒った声を出した。わたしは混乱し、でも、でも、とつぶやいたが、無視された。
わたしは圭吾たちと四人で帰った。圭吾たちは、わたしに今までしてきたことなど完全に忘れ、にこやかに声をかけ、草をちぎり、草笛を吹いた。それから訊く。セツがジュンのどうこう言ってくれたけん、おれら助かったよ。何で倒れとったとかわからんけど。でも、ジュンって結局誰やっと?
わたしはぶるっと震え、ううん、何でもなか、と答えた。
ジュンが住んでいたあばら家は、相変わらずジュンの祖父だった人と父だった人が住んでいた。祖父だった人は熱心に祭りに参加する人だった。父はギャンブル好きの人だった。裕福ではなかったはずだ。なのに、一年後、そこには三階建ての家が建ち、祖父だった人と父だった人が住まっていた。ジュンの母だったはずの人が亡くなり、不思議なことに、父だった人に巨額の保険金が入ったのだそうだ。でも、それは今書いているのよりあとの話で、わたしも大人になってから聞いたことばかりだ。
ただ、わたしはジュンがいけにえにされたのだと思った。
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