第1話 喫茶店にて
ふと立ち寄ったのは地元に昔からある古い喫茶店だ。小さな喫茶店に対して、場所を持て余すように広い駐車場があるのは田舎ならではだろう。西洋風だか和風だかわからない和洋折衷な古いデザインだが、手入れは行き届いており清潔感がいい。
そんなどこにでもあるような喫茶店だが今日は何を思っていたのだろうか、夕日と秋風に後押しされるように両開きの扉を押し開く。
カラン、低く心地よい音が店内に鳴り響いた。夕日で仄かに赤く染まる店内にはお洒落なジャズが鳴り響き、木を多く用いた内装は落ち着いた空間を演出している。
「いらっしゃいませ、空いてる席へどうぞ」
澄んだ女性の声が響く。ソプラノよりも少し低いテノールと言うべきだろうか。聞き心地の良い声の主はカウンターの向こう側にいた。
「ええ、じゃあ……カウンターで」
窓辺の席を横目で見て、強い西日が直に当たっているのを確認してそう答える。
カウンターの椅子は何故かやけに高い。僕は178㎝というどちらかというと高い身長のはずだ。しかし、椅子に座るとやはり足が床につくことはなく、ぶらぶらと足を持て余すことになる。
テーブルに立てられているメニューに手を伸ばしつつ、カウンターにいる彼女を盗み見る。
まっすぐで腰にまで届きそうな黒髪は流れるように美しく、白く透き通った肌は健康的に赤みがさしている。そして、息をのむような美しく整った顔立ちだ。
「あなたヒトの子ですね」
作業をしていた女性がふと顔をあげて口を開く。
‟あなたヒトの子ですね”、まるで自分が人ではないような口ぶりだ。いや、実際そうなのだろう。幼いころから度々こういうことはあってきた。
「ええ、そうです。そういうあなたは?」
「私は神です」
とんぼ返りに質問を返すと予想外の返答が帰ってきた。というのも神社や社で神らしきものは目にすることはあっても、こんな至近距離で神と会うのは初めてだったからだ。
「神様と直接話すのは初めてでだ」
「そうでしょうね。私としてもこうしてヒトの子と話すのは数百年ぶりですから」
そういうと、彼女は作業に戻った。
普通の人間であれば『いい天気ですね』とかなんとか言って話を続けることもできるのだけど、相手は神だ。神様と天気の話題など続くビジョンが見えない。
とりあえず注文しとくことにする。
「……あの、注文いいですか?」
「もちろんどうぞ」
「じゃあ、ホットコーヒーを1つでお願いします」
彼女はコクリと頷くと、ミルを取り出し珈琲豆を挽き始める。店に入ってきたときから感じていた、芳ばしい香りがいっそう大きくなる。
「手動のミルを使うんですね?」
「そうなんです。機械も美味しいのですけど、普通の珈琲であればこちらの方が美味しいのですよ」
「そうなんですか。なんというか。すごく人間味あふれる感じがします」
“神様なんだけどね”、心の中でそう付け足す。
そう言うと、彼女は困ったような表情を浮かべる。
「そう言われると、もどかしいですね。私は人ではないのですから」
かのじゃは目線を手元に戻す。
すでに沸かし終えた小さいポットを片手に、布のドリッパーに載せた珈琲豆にお湯を流し込む。
「いい香りですね」
「そうでしょう? この珈琲豆はとある方から取り寄せている特別なものなのですよ」
彼女は少し自慢げな表情を浮かべる。
「はい、できました。オリジナルコーヒーです」
カウンターの向こう側から差し出されたコーヒーは、黒々としていて芳ばしい香りを醸し出す。シンプルな白い器に黒が良く映えている。
一口すする。
「…………美味しい」
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