”希望”の政治的な考えについて

 西区の駅前を離れた後、ステラはエルシィにマクスウェル邸まで送ってもらっている。車内でエルシィに聞いた話はどう考えたらいいのか、今のステラには良く分からない。

 とりあえず、エルシィをそのまま王城に帰す気にはならず、マクスウェル邸に招くことにした。


「――ここでステラさんはいつもアイテムを作成していらっしゃるのね!」


 彼女とその付き人を作業部屋に連れて行ってみると、エルシィは感動したのか、踊るように中央でクルリと回る。


「そうなんです! 小汚い所ではあるんですが、ちゃんと掃除はしているので、衛生面の心配はいらないですよ~!」


 作業台の周りに置かれた椅子を、彼女と付き人に使ってもらおうとしたのだが、座面で小さなドラゴンが寝息を立てているのを発見し、眉根を寄せる。


「むぅ? アジさん、また酔い潰れてるですね。ちょっと起きるですー!」


 ポッコリとした腹を人差し指でグイグイ押すと、相棒はヨボヨボと目を開き、あくびをする。


「くぁぁ……。ステラか。学校は終わったのか?」

「もう夕方になってるですよ。いつから飲んでいたですか」

「意識があった時は、まだ陽が高かったようにも思うが……、何時であったか」


 相変わらずとぼけた相棒を椅子から作業台の上に乗せ、開いた椅子をエルシィに、その隣の椅子を付き人に押しやる。


「感謝いたしますわ」

「申し訳ありません、自分は立ったままでも大丈夫なのですが……」

「話が長くなりそうなので、使ってほしいんです」


 ステラがそう言うと、二人は素直に座ってくれる。

 それを見届けてから、ステラは鍵つきの箱の中から、昨日王妃から貰った剣を取り出す。


「その剣がさきほどステラさんがおっしゃっていた――?」

「はいです。”とこしえの闇”って言います」

「名前を王城の資料室で目にしたことがありますわ。この世に残存する神器の一つ……なのですわね?」

「その通りです。この柄に、本来であれば”エルピス”がはまっているってことだったですね」

「えぇ……。ですが、こちらの剣の柄は本当にシンプルと言うか……、”エルピス”をはめる所などないように見えますわね」

「うん」


 慎重な手つきで”とこしえの闇”を裏返したり、つついてみたりするが、スラリとした柄の部分には、何かをはめる場所など無い。

 ステラ達が不思議がっていると、それまでウトウトとしていた相棒が、会話に混ざってきた。


「”エルピス”……、随分と久方ぶりに耳にする名前であるな」

「アジさん、知ってたですか??」

「うむ。”エルピス”は紐のように巻き付く形状をしておるのだ。効果を発現する時は発光し、効果が失われたならば実に地味な茶色をしている」

「地味だったですか」


 どのような形状なのかと想像している間に、エルシィがアジ・ダハーカに質問する。


「お父様達は、”エルピス”は人の心に作用するものだと話していらっしゃいましたわ。人に『希望』に与えるものなのだと。そして、希望が災いなのだと断じてましたの……。人にとって、『希望』は素晴らしいものなのに、どうしてそのような酷い言いようをなさったのかしら? あじさんは博識なようですし、何かご存じなのでは?」


 エルシィの問いに対し、相棒は「うぉっほんっ!」と仰々しい咳払いをする。


「国教徒の連中にとって、”希望”とは偽りの善なのだそうだぞ。苦痛を長く味わわせるための、最悪な麻酔なのだ。これを持っている人間達は、冷静な判断力というものが失われているらしい」

「麻酔……? そのように感じた事はありませんわ。ただの詭弁きべんですわよね」

「儂はヒトではないゆえ、感覚的な判断は難しいな」


 二人の会話を聞きながら、ステラも自分なりに考える。

 これは結局、現状の差、リスクについての考え方の差になりそうだ。

 置かれた立場が酷いなら、改善するように希望を抱くだろう。リスクについても、許容出来る程度は人によって異なるし、その枠内であれば希望を抱いたっていいだろう。


 希望を抱いた人間が思うままに行動したら、どうなるんだろうか?

 それが国に不満を持っている人間だった場合、非常にコントロールしずらい暴徒になる可能性だってある。

 それはこの国を治める者にとっては、厄介に感じられるものなのかもしれない。


「たとえ偽りの善なのだとしても、それで心が自由になれるなら、人間にとって必要な気がするです。酷い境遇の人にとっては、希望がなくなることで、生きることだってままならなくなるかもなんです」

「ステラさん……。貴女の考えに同意します。私、王城に帰ったならお父様から”エルピス”を渡していただき、ステラさんにお渡ししますわ」

「でも、そんなにスンナリと行くですか?? 国教が絡んでいるんですよね?」

「私は王族ですもの。なんとでもなりますわ」

「うーん……」


 なんとなく嫌な予感がして、チラリと彼女の付き人の方を向く。

 彼はステラの思考を読んでくれたのか、しっかりと頷いてくれた。

 実の父と娘なのだから、なんともないとは思う。だけども、エルシィに何かがあれば、ちゃんと知らせてほしい。


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