記憶の空白期間の出来事
ステラは二人が座る作業台の上に剣を置き、その厳重な包みを開く。
最初は怪訝な顔をしていた、アジ・ダハーカとティターニアだったが、”とこしえの闇”があらわになると、目を見開いてかたまった。
「お二人さん。この剣を見たことあるですか?? 王城の霊廟にずっとあったみたいで、王妃様にもらったです」
「それはっ!! 儂が城から回収しそこねた神器ではないか!!」
相棒が東国風のお猪口を転がし、大声をあげる。
アジ・ダハーカは元々、アンラ・マンユに創られた存在。以前は邪神と共にあったと考えれば、この剣のことも良く知っているのかもしれない。
ティターニアの方も感慨深い様子で、剣を見入っている。
世界中の上等な物を見慣れている彼女ですら、目を離せないほどの魅力が、この剣にはあるのだろうか。
彼等の様子を観察してから、ステラは相棒にたずねる。
「アジさん。『回収しそこねた』って言ってたですね。どういう意味なのか、詳しく聞きたいです」
「お主が転生前に仕込んだ術で復活した際、この剣が現れてな。回収したかったのだが、儂には持ち出せなかったのだ」
「コロニア家とのゴタゴタの時の話なんです??」
「うむ。”とこしえの闇”はアンラ・マンユとその兄神、そして創造神……くらいの存在以外には、持ち上げることすら難しいのだ。まぁ、なんだ。悪かったな」
「謝られても困るですよ……」
ステラとアジ・ダハーカの微妙な会話に、ティターニアがクツクツと笑う。
「終わった事を今更グダグダと良いわけしても仕方がないじゃろう。それより、妾は続きが気になる。話してきかせよ」
「そうだな。また長話になるが――」
小さなドラゴンは少し気分が落ち着いてきたのか、少しばかり酒を口に含んでから、”とこしえの闇”について語り出す。
――アンラ・マンユが転生するキッカケとなったのは、小さな事件らしい。
邪教徒の一人が、アフラ・マズダの信徒に窃盗の罪を着せられ、公の場で殺されたのだ。調べてみれば、それは全くのえん罪だったようだが、双方の火種となるには充分すぎた。
両信徒達の間では毎日のように死傷者が出るほどの騒ぎとなり、そしてついに、邪教徒の子供というだけで、宗教裁判にかけられる事態にまで発展した。
肉体に邪悪な者の印を捺され、神の裁きを受けることとなった。”とこしえの闇”はその際に使用され、アンラ・マンユは永き眠りについた。
『目覚めた時には、ヒトとして転生する』との言葉を信じたアジ・ダハーカは転生までの期間を計算し、ただひたすらに待ち続けていたとのことだ。
誕生の際に傍に居られるようにと、アジ・ダハーカは下等生物の姿を借り、王城で働くビーストテイマーに使役されたフリを続けていたらしい。
その健気な行動が報われ、王妃が解任したわけだが、彼女は国教徒達に襲われた。
腹の中に居た邪神もあっけなく命を落とし、助けようと勝手な行動をとったアジ・ダハーカは王城を追い出された――
そこまで語り終えた後、相棒は深くため息をつく。
「あのときは本当に、怒りと
「王妃様の話によると、たくさんの人から襲撃されてしまったみたいだし、しょうがないです」
「もっと王妃に人望があれば、ああはならなかったと思うがな」
相棒はその時のことをリアルに思い出したからなのか、自分の身体を作業台の上にぺたりと張り付けた。
そんな彼を、妖精女王はニタニタと見下ろし、続きを促す。
「邪竜。”とこしえの闇”が王城にあった理由をまだ聞いてない気がするのじゃ。そこは妾には秘密なのかえ?」
「秘密ではないぞ。……”とこしえの闇”はステラの葬儀の際に亜空間から現れ、葬儀に参列した国教徒や近衛師団員の7割の命を奪い、蘇ったステラと儂が王城を突破する隙を作ってくれたのだ。あれがなければ国教徒どもの集団から逃げるのは不可能であった」
「んん? その時に剣を呼び出したのは、誰ですか?」
「”とこしえの闇”がその意思で、現れた。邪神が転生前にこの剣を使用した際、全MPが”とこしえの闇”に蓄えられたのだ。そのMPが残存する限りは剣は自在に動けるというわけだ」
「なるほどです。MP全部使うだなんて扱い辛いと思ってたですが、”とこしえの闇”がある程度所持者の代りとして動いてくれるですね」
「所持していた者から、”代り”と呼ばれるとはな。”とこしえの闇”も喜ばぬわけにはいかないであろう」
「神器かぁ。良く分かんないですけど、有り難うなんです」
意思のある武器については謎が多すぎるけれど、こうして生きていられるのがこの剣のおかげだと思えば、自然と感謝の言葉が出てきたのだった。
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