特殊な家族事情

 王妃は自らがステラの母なのだと名乗った。

 ずっと望んでいた言葉を貰ったはずなのに、何故か両肩に重しを乗せられたかのように感じられてしまう。

 小心者なステラはどう反応を返していいか分からなくなり、扉に向かって駆け出す――が、王妃の動きが速かった。

 なんと、ステラの襟の後ろ側を掴み、グイッと彼女の方に引っ張ったのだ。


 容姿的にもっと大人しい人だと思っていただけに、完全に意表を突かれてしまった。


「うぐぐ……。無念なんです」

「酷いわ。私は勇気を出してカミングアウトしたというのに、逃げることないでしょう?」

「ごめんなさいです。あんまりそういう事言われた経験無くて、反応出来なくなったです」

「『あんまり』? そこは『初めて』になるのが普通よね?」


 王妃の冷えた声に、ステラはビクビクする。

 一度メイリンから、似たような事を言われたわけなのだが、その辺の話は伝えるべきではないのだろうか。

 前世の話などをしたなら、胡散臭い人間だと思われるだろうし、ステラは適当に合わせておくことにした。


「王妃様の言う通り、母親を名乗られるのは、これが初めてなんです」

「そうよね! 良かったわ!」


 王妃は弾むような声を上げ、ステラの襟をはなす。

 

 わりと感情の起伏が激しいタイプの人みたいなので、言葉と態度には充分気をつけたい。


(ずっと会いたいと思ってたのに、立場と性格が違いすぎて、どう接していいか良く分かんないや)


 会って、こうして言葉を交わしていること自体に喜びを感じている。

 だけど、それを表に出したなら、心の弱い部分をめった刺しにされ、再起不能になりそうな予感もあり、結局俯き、カーペットの柄をなんとなく見つめるだけになる。

 もし”オマエのようなバケモノを生まなければ良かった”と言われたならら、1ヶ月くらいはドンヨリと過ごしてしまいそうだ。


 窓際に居る王妃は乱暴にカーテンを閉め、ステラの近くに腰を下ろす。

 王室の作法などサッパリ分からないが、彼女はあまり”模範的な王妃”ではないのかもしれない。


 感情を抑えるような声で語り出されたのは、彼女自身の苦悩だ。


――――彼女は嫁いできた当初、ガーラヘル国王が実年齢よりもずっと若い事に、不信感を持っていたらしい。

 『本当に人間なのか……?』と。

 ヒトならざる能力を何度も見せられ、恐怖すら抱いていた。

 それでも二人の間にエルシィが生まれると、その幸福な日々に、些細な悩みはどうでも良くなりつつあった。

 しかしそんな中で、王室の古文書を扱う者から、不快な進言があったのだそうだ。

『国王陛下の第二子が生を受けたなら、そのお方は邪神アンラ・マンユの転生体であります。やがてガーラヘル王室に災いをもたらすでしょう』などというふざけた内容だった。

 王妃はこの進言を、普段から受けているような、嫌がらせの一環だろうと判断した。

 だが、第二子を実際に身ごもってからは、王妃自体にエーテルの変化があり、ガーラヘル王を鬱陶しいと感じることが増えた。

 そうしている間に、ガーラヘルの主教徒達に先の進言の噂が伝わり、暗殺者に狙われるようになった。一度に複数人から襲われた時にグサリと腹を刺されてしまい、その後何年間も意識が無かったそうだ。――――


「――あのとき、一番最初に私の元に駆けつけたのは陛下だったみたい。私とお腹の中の子供に回復魔法をかけてくださったのだと聞かされていた。でも、目覚めた後、貴女は霊廟の中だと教えられて……、陛下は貴女を私のお腹の中から引きずり出した後、何もせずに放置し、私を魔法で眠らせたのだと思っていた」

「……うん」

「でも、貴女は生きているわね。陛下の回復魔法のお陰だったのかしら?」

「転生前に自分でかけておいた魔法で復活出来たっぽいです」

「……やはり、邪神の生まれ変わりというのは本当だったのね」

「そうみたいです。憎いですか、私のこと? 私の所為で、家族がバラバラになったです」

「そんなわけないでしょう? 子供を憎める母親なんて、あまり居ないと思うわ」

「王妃様……でも、私。どのくらいの割合で貴女の子供なのか、良く分かんないです。この一年で、……だいぶ人間から遠ざかったかもです」

「貴女は私のお腹生まれた。娘でないわけがないでしょう?」

「うん……うん」

「だけど私たち、普通の家族にはなりようがなかった。誰にもどうにも出来なかった」

「……」

「貴女に渡さねばならないものがあるの。陰気な場所だけれど、大丈夫ね?」

「うん」


 王妃に促され、ステラはヨロヨロと立ち上がる。


 実の母との会話は、想像したよりもほろ苦かった。

 だけど、彼女と自分の関係がほんの僅かに繋がるような気分にもなり、そんなに悪くはない。



 王妃に連れてこられたのは、王城の敷地内に立つ王家の霊廟だった。

 内部は風はないけれど、かなり寒い。


「誰かの石棺に行くですか?」

「貴女の石棺に行くのよ」

「ヒッ!?」


 サイコパスがかった言葉に感じられるが、よくよく考えてみると、胎児のまま殺された自分が入れられていた物かもしれないと思い至る。

 それでもあまり見たい物ではないけれど、折角実の母が案内してくれているのに、水を差したくはない。


 到着すると、石棺は通常サイズの半分くらいだった。

 胎児を入れるには大きすぎるので、当時適正サイズを見つけるのが面倒だったんだろうか?

 

「貴女が亡くなった後、この石棺に入れられていたと聞かされていた。だから、私が意識を取り戻した後は、命日にはエルシィと共に花を供えに来ていたのよ」

「有り難うです」

「でもね、先日の調査で貴女が生きているのだと知り、この中が気になりだしたの。それで、暴いてみたいんだけど……、驚いてしまったわ」

「ごくり……」


 王妃が石棺の蓋に右手をかざすと、そこに王家の紋章が浮き上がった。


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