いつバレた……?

 王城の中庭に姿を現した麗人は美しい銀髪の持ち主で、背格好がエルシィに良く似ていた。だからステラは彼女がエルシィ本人だと思ったわけなのだが、彼女が顔を上げてすぐ、別人なのだと気がついた。

 この方はエルシィの母親であり、ガーラヘル国王の伴侶でもあり、そして、アジダハーカによるとステラとも血縁関係があるらしい。


 慌てて柱の陰に逃げ込んだステラは、自分の胸を押さえ、呼吸を整える。


(王妃様……、テレビで観るよりもずっと綺麗だった。今の私の行動、おかしいと思われてないといいな)


 実の母親かもしれない人物に、頭がおかしい子だと思われたなら、とても悲しい。

 もっと遠くまで逃げてしまおうかと、辺りを見回す。

 モタモタしているうちに、王妃が中庭から、ステラの居る回廊に入って来てしまった。


「――貴女……」

「わわっ! えぇと、えっと……。用事があって来ただけなんです。けして不審者なわけではないです! 不快でしたら、すぐ消えるですので!」


 必死に言葉をつむぐステラが滑稽こっけいに見えたのか、王妃は上品な笑い声を上げた。


「ふふふ。とても可愛いわね。慌てふためく様子が森に住む小動物みたい。その制服、ガーラヘル魔法学校のものでしょう?」

「は、はい」

「私の娘も貴女と同じ魔法学校に通っているのよ。だから、貴女を不審人物だなんて思わなかったわ」

「良かったぁ……」


 王妃に悪い印象を持たれていなかったと知り、ステラは心の底から安堵した。

 しかし、言葉とは裏腹に、王妃は何も喋らなくなり、しかも一歩ステラの方に近寄った。おそるおそる、彼女の顔を仰ぎ見ると、ステラの顔を凝視していた。

 不審者ではないと分かったなら、すぐに立ち去りそうなものなのに、何を気にしているのか。


「あの?」

「ねぇ、貴女。誰かに似ていると言われたことはない?」

「有ったような、無かったような」


 実のところ、王妃に似ていると言われたことがある。

 だけどそれを口にしても、期待するような反応は絶対にくれないだろうから、自分が傷つかないようにと、投げやりに濁してしまった。

 ステラは自分のひねくれた思考にこっそり呆れる。


「……昨日、ちょうど昔のアルバムを見ていたのだけど、貴女は私によく似ているわね」

「世の中には、自分に似ている人間が3人も居ると聞いたことがあるです。私はきっと、その中の一人ってだけなんです」

「ふふっ。実は私には影武者が3人居るのよ。全員私のソックリさんなの。だから、貴女の言う”3人”はもう埋まっているわ」

「そうなんだ……」


 胃の辺りを撫で、黙り込むステラに対し、王妃は優しかった。


「『用事がある』と言っていたわね。随分疲れた顔をしているし、だいぶ待ったのでしょう? 王城の者の対応が悪いようなら、私が間に立つわよ?」

「いえ、王室の神事部にアイテムを納品しに来ただけです。品質が良いかどうか検品してもらう必要があって……、駄目で受け取り拒否されてしまったなら、私の責任だし、時間がかかっても、ちゃんとした分析をしてもらいたいです」


「貴女の名前、ステラ・マクスウェルと言うのでしょう?」

「ふぁっ!? な、なんで??」

「王室にアイテムを納品に来るような学生のアイテム屋は、貴女一人なのよ」

「……」


 ステラは目をまん丸にして、王妃を凝視する。

 彼女は国営放送では見せたことのないくらいに、真剣な顔をしていた。

 自分の話の中にマズイ内容があったかと、思い出そうとしたのだが、王妃の華奢な手が自分の二の腕を握ったので軽くパニックになる。


「王妃様?」

「少し話せないかしら? 貴女に大事な話があるのよ」

「あ……、うぅ……。はい」


 彼女に何を言われてしまうのか全然分からないけれど、ガーラヘル国民の中に、美しき王妃の頼みを断れる者などいない。

 腕を引かれるまま、通路の奥の部屋に入る。


 キッチリと扉を閉められ、しかも鍵までかけられ、ステラはひたすらソワソワする。これから何が始まるのか? 何を言われるのか?

 

「ステラ。貴女は数ヶ月前、私にラベンダーのエッセンシャルオイルをくれたわね?」

「……はい。エルシィさんに、王妃様が体調を崩されているって聞いたので、ちょっとでも良くなればって思ったです。何か良くない影響があったですか?」


 だんだん責められている気分になり、視線を扉の方へと向ける。

 出来ることなら、逃げてしまいたい。


「その逆よ。あの精油はとても良く効いたわ。成分は普通の物と変わらないのに不思議だった。だから、貴女の素性を調べさせていたのよ」

「調べてもらっても、何も出てこないと思うです。私は養女ですけども、ドラゴンに拾われて、マクスウェル家に育ててもらっただけなんです。誰が親か、とかは分からないはずです」


「きちんと調べはついたわよ。私が貴女の母親なの」

「!」


 王妃の言葉を聞いたステラは一目散に扉に向かい、外に飛び出そうとした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る