陳腐な罠
ステラの周囲には石造りの家々が立ち並ぶ。
現在の様子とのギャップから、このエリアは300年前のクロックタワータウンの様子と思われる。
相棒の話によると、ケイシーがヘッセニアに連れ去られてから、さほど時間は経っていない。ヘッセニアは一般的な魔法使い同様、腕力などがあるタイプでもないので、たぶん遠くには行ってないはずだ。
昔の光景に圧倒されてばかりもいられないので、とりあえず舗装されていない道を適当に歩く。
素朴な街の中でひときわステラの目を引いたのは武骨な雰囲気の神殿だ。
黒い石材の巨大な柱が幾つも並び、さらにその上の屋根部分には最高神ズルワーンを示す印が彫られていた。
「そういえばここにズルワーン神の神殿があったのだったな」
「やっぱり今は神殿が無くなってるですよね」
「うむ。時が経つにつれ、人々の信仰対象が変わったのだ。……そうか。ズルワーン神に関わりの深い土地ゆえ、神の加護により水質が変化しやすいのかもしれん」
「高純度ナスクーマ大聖水の話です?」
「うむ」
「本人も随分と聖水に詳しかったので、あの人の関与から聖水が出来たのかもですね~」
ステラの言葉に対して、相棒は大袈裟に反応した。
「なにっ!? お主、かの神と会ったのか!?」
「会ったです。というか、アジさんも会ってるですよ」
「本当か! ……もしや、メイリン・ナルル女史のことではあるまいな??」
随分と察しが良い。
しかし思い返してみると、彼は以前メイリンを神なのではないかと言っていた。今思えば、あの時彼はインドラの時と同じく、メイリンから特別な何かを感じ取っていたんだろう。
「私の前世と関係が深いっぽくて、説教をくらったです」
「説教か……。お主とかの神との関係を思えば、いたしかたあるまい」
「そうなのかなぁ」
確かに彼女の言う通り、前世の自分が神業を自由に人間が扱えるようにしたのは、危険極まりないことだとは思う。しかしながら、彼女も圧倒的な知識量と才能で、人間の世界の魔導文化をかなり発展させているのだ。
時間をかけたなら、普通の人間にも達成出来たかもしれないが、それなりに罪深いことをしている。
「というか、私は前世の記憶が無くなってるんだから、今アレコレと働きかけられても困るです。転生前に言ったら良かったですよ」
「それこそ、転生後に記憶が全部なくなる可能性を考えたのだろう。お主の転生のタイミングに合わせて、ご自らも人の身となったのだ。感謝こそすれ、怒ることではないと思うぞ」
「む~~~!! アジさんには私の味方でいてほしいですよっ」
「味方に決まっているだろう!」
こんなにキッパリと言い切られるとは思わなかった。
ステラはちょっとだけ気分が浮上し、小声で「ありがとです」と返した。
その後は黙って道を歩いていると、さほど歩かずにケイシーを発見出来た。
というか、様子がおかしい。
舗装もされていない土の道だというのに、うつ伏せで倒れ込んでいる。
「ケイシーさん!? どうしちゃったですか!」
「ステラよ、待つのだ!」
「ほへ?」
彼女の元に駆けて行こうとすると、アジ・ダハーカが阻止するかのように、前に回り込んで来た。
彼の硬い鱗がモロに顔に当たり、なかなかに痛い……。
「いてて……。何で止めるですか?」
「ケイシーの周囲に罠が張られているようだ。見ておれ」
アジ・ダハーカは収納の中から酒瓶を取り出し、ケイシーの横に放り投げる。
すると、地面から無数の
「うげっ。ケイシーさんに近付いたら、トゲトゲのツルが生えるようになっていたですか」
相棒が止めてくれなかったら、自分があの痛そうなツルに絡みつかれていたことだろう。何となく腕のあたりがチクチクとしてくる感じがして、こっそりと撫でる。
「これって……。やっぱりケイシーさんを連れ去ったヘッセニアさんがやったのかな?」
「そうだろうな」
この趣味の悪い所業はガーラヘル魔法学校の上級生がやらかしたんだろう。ウンザリとしていると、近くの建物付近から少女の笑い声が聞こえてきた。
「あーあ。
「捕まえるって、私をですか?」
「他に居る?」
ノコノコと現れたのは、麦色の髪の美少女。
一緒に探索していたはずの相手はどこへ行ったのか、単独でステラの方へ歩いてくる。
「狙いはケイシーさんじゃなくて、私なんですか?」
「そうだけど? こんな他校の無名の子に興味なんかあるわけないじゃん」
「私にも興味持たないでほしいです……」
「無理無理! 前まではウザいだけだったけど、”贈答品”としてなら役に立つって気が付いたからね」
「う……。人さらいの思考をしてるです。というか、そこまで言われて、私が素直にさらわれると思うですか?」
ステラが睨み上げれば、ヘッセニアは小悪魔的な笑みを浮かべた。
「こいつに毒を盛ちゃった。アンタが私に従わなかったら、死ぬんだよね。この意味分かるっしょ?」
ステラは再度ゲンナリとする。
留学先で喧嘩をふっかけてくる相手が居るだなんて、夢にも思わなかった。
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