紅い実は苦く、痺れる
エルシィに連れて来られたお店は、時計塔に隣接していた。
珍しいモンスターの肉を伝統的な味付けで提供されるとあってか、店内には金持ちそうな紳士淑女が大勢入っている。
しかも雰囲気がファミリー層向けではない。まだお昼だというのに、どこか気怠げな空気が漂っていて、店のターゲット層がステラ達学生ではないのは明らかだ。
誰かに誘われなければまず来ないような店ではあるが、友人4人プラス近衛師団員達という大勢でゾロゾロと歩くと、集団心理がうまく作用し、小心者っぷりを晒さずにすむ。
給仕の男性に通されたのは、店内奥の個室だった。
テーブル席が2つ設けられていて、ステラとエルシィが奥側へ。レイチェル、エマ、アジ・ダハーカ、エルシィの付き人は入り口側に分けられる。
会話を始める前に運ばれて来たのはステラの好きなフルーツ牛乳――おそらくエルシィの付き人あたりから、事前にリクエストされていたのだと思われるが――
その瓶をエルシィが手にするグラスと鳴らし、グビリとやれば、細かいことはどうでも良くなった。
「そういえば、国立魔法女学院にもエルシィさんのファンクラブが出来たみたいですね!」
「ご存じでしたの??」
「風の噂で聞いたですよ~」
「あぁ……。恥ずかしいですわ。私のファンになっても、何の面白みもないですのに」
「そんな事ないです! 皆さんきっと、やりがい感じながらファンクラブの活動をやってるはずなんです!」
ステラが自分の両手をギュッと握り、力説すると、エルシィはパチパチと目をしばたかせてから微笑んだ。
「有り難うございます。ステラさんとお話していると、とても癒やされますわ」
「うへへ。良かったです」
それはこっちの台詞だと言いたかったが、たくさんの人が居る前で言うのは、なかなか恥ずかしく、心の中で呟くにとどめる。
話題を変えたり、もう一つのテーブルの面々を交えたりしながら会話を楽しんでいると、前菜が運ばれてきた。
「マンドラゴラのチーズサラダでございます」
目の前に置かれた皿を見て、ぎょっとする。
人型の植物――マンドラゴラが、引っこ抜かれたままの状態で乗っけられていて、その真っ赤な実の上に布団のようにチーズがかけられているのだ……。
斬新すぎる盛り付けにドキドキしながら、ナイフを入れ、足の先っぽらへんを食べてみると、この国にしては美味しい味付けだった。
「ふむふむふむ……」
「ステラさんが食べてらっしゃる姿を見ると、粗末な料理でもとても美味しそうに見えますわ」
「わわっ。おいひぃです!」
「ふふ。ホッといたしました。実はこのお店を教えてくださたのはヘスティアさんでしたのよ」
「3年生のヘスティアさんですか?」
「ええ」
「ヘスティアさんは情報通なんですね。流石なんです」
「社交的な方ですから、様々な情報網を築けたのかもしれませんわ」
ヘスティアはガーラヘル王立魔法学校の先輩だ。ステラと同じく、宿舎に寝泊まりしているはずなのだが、彼女の姿を見ることは少ない。
ステラ達とは全く異なる行動パターンなんだと思っていたけれど、もしかすると普段は在校生達と食べ歩いているのかもしれない。
フォークを止めたままヘスティアの事を考えていると、個室の外から慌てたような声が聞こえてきた。
ステラが出口の方を向けば、ちょうどスタイルの良い少女が入って来たところだった。
「あ……」
一瞬部屋を間違えて、誰かが入って来たんだと思った。
だけど、少女の顔を見た瞬間、そうではないと分からされた。
イブリン・グリスベル――スカル・ゴブレッドのリーダーが、何故ここに居るのか?
気が強そうでありながらも、愛らしい顔立ちのイブリンは堂々と振る舞う。
「失礼します」
ステラ達が唖然としながら見つめる中、イブリンは近衛達に阻まれた。
エルシィの付き人も素早い身のこなしで、彼女へ近寄り戸惑い気味に問いかける。
「イブリン・グリスベルさん……でしたね? 何用でこちらへいらっしゃったのでしょうか?」
「親族が経営するこちらのレストランに、エルシィ様がいらっしゃると小耳に挟んだんです。一国の王女であり、私の学友であるエルシィ様が来ているのに、知らぬふりは出来ませんもの」
「今エルシィ様は気の置けない友人達と食事を楽しんでおられますので、どうか……」
「私もエルシィ様と親しい間柄です。混ぜていただいてもよろしいのではないですか?」
「……お引き取りをお願いいたします。イブリン・グリスベル様」
「私のお父様をご存じですか?」
「連邦議会副議長のグリスベル様は存じておりますが、それとこれとは別です」
礼儀正しい言葉遣いながらも、かなり圧が強い。
無礼な人間を追い払い慣れているはずの付き人ですら、困り顔でエルシィをチラリと見ている。
エルシィはその様子に眉をしかめ、勢いよく立ち上がった。
「どうかいたしましたの? イブリンさん。今は大切な友人と食事中なので、お引き取りいただけないかしら?」
「昨日お話した件をお忘れですか? ステラ・マクスウェル様を紹介してほしいと、頼んだではありませんか」
イブリンは晴れやかな笑みを浮かべながら、ステラの目を真っ直ぐに射貫いた。
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