異国の邪竜伝説

 ステラ達は敷地内の暗い一角から、宿舎に戻る。

 消灯後の宿舎の裏口は鍵がしめらていたけれど、幸いにもケイシーがスペアキーを入手してくれていたため、問題なくステラの部屋まで戻って来れた。

 2つのベッドルームに挟まれた居間スペースは、2人用の広さだ。しかし、ステラ達の他は人間はケイシー一人だし、他は小さな妖精が2体増えただけなので、手狭になるということもない。


 ステラは実験用のビーカーや小さなミルクピッチャーの中にココアパウダーと砂糖を入れ、エマが沸かしてくれたミルクを注ぐ。

 それらを、ケイシーや妖精達に配れば、全員がそれぞれの容器に口をつけ、ホットココアを飲んでくれた。


 ステラもまたココアによってお腹が温まり、ウトウトしかける。

 このまま寝てしまっても許されるんじゃないかと思いかけた時、ペンケースの裏に隠れていたバンシーが口を開く。


「……ケイシー、心配かけてごめんなさい。でもまさか私を追いかけて、この学院に入学するとは思わなくて」

「エリーゼの為だけに入学したんじゃない。私は……、それまでよりもマシな人生をおくりたくなっただけだ」

「そうなの」

「……」


 ギクシャクとした会話になっているのは、久しぶりに会ったからなのか? それとも、エリーゼという少女がバンシーという妖精になってしまったからなのか?

 二人の話の行方が気になり、ステラの目はだんだんさえてくる。


「私が妖精になってから、色んな先輩妖精達に『妖精女王の元へ行くように』と言われたわ。でも、ケイシーまでここに入学して来てしまった。心配だったからずっと見守っていたの」

「ずっと見守っていた? なにそれ……。声くらいかけてくれたっていいんじゃない? 人の気も知らないでっ!」


 ケイシーは感情をむき出しにした。

 その気まずさにに耐えかね、ステラだけでなく、お喋り妖精なクローバーまでもが明後日の方向を向く。


「だって、今の私の見た目、こんなに酷いのよ? 驚かせたくなかったし、幻滅されたくなかったわ」

「正直驚いたけど、見た目には幻滅してない。癖が強くて、可愛いとすら思う」

「そうなのね。よかった……」


 よく分からない会話だけど、二人の間で納得しているようだ。

 だけども少し、ほんの少しだけ口を開きたくてムズムズする……。

 無駄に割り込んでしまわぬように、テーブルの下からクッキー缶を取り出し、数枚頬張る。


 そうこうしているウチに、二人の会話は本題に入った。

 

「――エリーゼは、やっぱり死んだんだよね?」

「うん」

「その時の状況を教えて」

「私……、邪竜を呼び出すためのかてにされたの」


「ブフォッ!!!」


 派手に会話を遮ったのは、部屋の隅に居たアジ・ダハーカだ。

 『邪竜』という単語に驚くのは分かるが、口に含んだアルコールを吐き出すのはやめてほしい……。


 彼のおかしな行動に、ケイシーは不思議そうな顔をし、エリーゼの方は震える。

 このままエリーゼの話が終わってしまうのでは困るので、ステラは慌てて立ち上がり、自らの体で相棒の姿を隠した。


「ええとっ! あの小っこいドラゴンは、強いアルコールを飲み込むと、たま~に、むせることがあるですよ」

「ぬぅ!? ステラめ、儂を軟弱者扱いする気か??」

「アジさんちょっと、黙っておくです!」

「ぐぬぬ……」

「お二人さん、続きを話してくださいです」


「う、うん」


 なおも二人は釈然しゃくぜんとしない表情をしているものの、話を続けてくれた。

 ”邪竜”という単語が出てくるたびに、ヒヤヒヤするが、エリーゼの説明はとても分かりやすかった。


――テミセ・ヤが建国される以前に、この国は別人種の人間達に支配されていた。その人間達は邪竜伝説を語り継いでいたのだそうだ。それは、前王朝時代の人間達のエーテル利用の濫用が、神々の怒りを買い、罰を下すために邪竜アジ・ダハーカを使わしたというものだ。アジ・ダハーカは、首都を壊滅状態にするばかりではなく、国中の酒類を強奪した。その暴虐に、人々は絶望したようだ……。


 エリーゼから邪竜伝説を教わったステラは、自分の両腕を掴み、ブルブル震える。

 思い出すのはそう、アジ・ダハーカから以前聞いた話だ。

 彼はなんと言っていたか? 『この国に過去何度か来たことがある』と、言っていなかったか?


「アジさん……、や、やべ……」


 これだけでも、なかなか衝撃的な話なのだが、エリーゼはさらに恐ろしい事を言いだした。


「――スカル・ゴブレッドは今のこの国の状況を嘆いているわ。魔導技術の発展は魔法使いの活躍の場を奪うことになるんじゃないかって……。だから、私や、他の生徒を使って伝説の再来を狙っているのよ」

「つまり、邪竜……さんを呼び、この街を破壊させようとしてるって感じなんですか?」

「そうよ。でも、私や他の犠牲者のエーテルだけでは足りなかったから、儀式は成功していない。それもあって、スカル・ゴブレッドは今でも役に立つ人間を探している。なるべく豊富なエーテルを持っていて、突然行方をくらましたとしても、問題にならない。そんな人間が贄としてほしんだわ」


「つまり、交換留学生なら、マシな奴がいるかもしれないってことか」


 ケイシーの声が殊更ことさら冷徹に響く。

 豊富なエーテルを持ち、そして行方不明になっても、その事実をもみ消せる交換留学生……、スカル・ゴブレッド達は一体誰を選ぼうとしているのだろうか。


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