悲しみの妖精

 久しぶりに会ったクローバーの妖精は、不思議な事を言う。

 妖精の中に、ゴーストに近い種類が存在するだなんて初耳だ。

 しかし、ステラはなんとなく引っかかるものを感じ、クローバー777に対して質問する。


「”ゴーストに近い妖精”ってどんなですか?」

「ずっ~~と悲しんでいる子! ず~とね! 涙を流さない代わりに涙のマークがくっついちゃってて、可哀想なんだ!」

「う~ん? 分かったような、分からないような」


 これほどすっからかんな情報をくれる相手も珍しい。

 深掘りを諦めようかと思い始めるが、幸いなことにアジ・ダハーカがクローバーの言葉にピンときたようだ。


「クローバーよ。お主が言っておるのは、バンシーという種類の妖精ではないか??」

「あったり~! よく知ってるね!」

「うむ。エーテル量が比較的豊富な年若い美少女が死ぬと、バンシー化すると聞いたことがあってだな。興味深く思っておったのだ」

「へ~~。でもでも、残念ながらちょっと違うかな。あの子はティタニア様からまだ名前をもらっていないから、”妖精になりかけの状態”なんだよ~。興味あるなら会ってあげてよ~!」

「見聞を広げるために、一度見てみるかの」


 人外同士で意気投合したのか、アジ・ダハーカはクローバーの案内で植え込みの中へと入っていく。


「あ、待ってくださいです!」


 まだ話したりないステラは、待ってほしかったが、相棒もクローバーも聞き入れない。自分も彼女について行きたくて、ケイシーを見上げれば、呆れたような視線がふってきた。


「はぁ……。ステラって、見た目通りに子供なんだ? ま、行ってくれば? 片付けとくから」

「ケイシーさん、ちょっと行ってくるです」


 ケイシーは結構心が広いのか、まだ気分を害してはいなさそうだ。

 そんな彼女にヒラリと手を振り、先を行く2匹を追いかける。


 彼等のように低木の茂みに潜り込み、ボフンと向こう側に顔を出す。

 無理矢理に全身を潜らせて、クローバーの黄緑色の光を目指して足を運べば、ちょっとした石垣の向こうに入っていった。そしてすぐに、小さな会話が聞こえてくる。

 そこにバンシーが居るのかもしれない。


「ほぅ、これは……」

「ただいまっ、バンシー。君の為に、四つ葉のクローバーを見つけてきたんだよっ! 妖精の国に行ったら、きっと君も幸せになれる!」

「有り難う。嬉しいわ。でも、そのドラゴンは何? とても怖い……」

「儂の恐ろしさに気がつくとは、ただものではないな」


 バンシーは人間に近い声帯を持っているんだろうか? ゴーストの声よりも、妖精の声よりも、ずっと鮮明だ。

 ステラが石垣の端からおずおずと顔を出すと、小さな人形のような生き物がクローバの手から、プレゼントを受け取っていた。

 

(あれが、バンシーなんだ……)


 淡い色合いのフワフワとした髪の毛と、白色のワンピースが印象的だ。

 しかし、それ以上に目を引いたのは顔だろうか。ラクガキのように適当に描かれた目や鼻、口。そして、目の下に垂れる涙のような絵。

 体の他の部分は人間染みているだけに、異様な存在に見えてしまう。


 そんな彼女は、何故かアジ・ダハーカから離れようとする。


「……お願い消えて。貴方が近くに居ると、凄く怖い!」

「困ったものだ」

「うーん? もしかすると、君の見た目が気に入らないのかもだよっ?」

「見た目だと? 解せん……」


 拒絶される相棒は気の毒ではあるが、バンジーの怖がりようは普通ではない。

 ラクガキみたいな顔を必死な色に染めて、石垣を越え、さきほどステラ達が居た巨石群の方へとかけて行く。

 その身軽さに驚きつつ、ステラは石垣の上から顔を出し、彼女を観察する。


「アジさん、なんか嫌がられてたですね? 女泣かせなドラゴンなんです」

「この歳になっても、女心を理解出来ぬとはな。自信が無くなる」


 本当に悲しげな顔をするので、笑えてくる。

 しかし、笑っている場合でもなかった。アジ・ダハーカと話をしているただ中に、悲劇が起こったのだ。

 こちらに向かって歩いてくるケイシーにバンシーが踏み潰されてしまった。


「痛い!」

「は? 今何か柔らかいものを踏んだ?」

「ひ、酷い……。なんて日なのよ」

「――その声、エリーゼ??」

「……あっ。ケイ……シ」


 ケイシーの声は驚異に満ちている。

 彼女は震えながらかがみ込み、バンシーの胴体を鷲掴わしづかみにしてしまう。


「ナニコレ……。エリーゼみたいな髪型……。それに、このワンピースは彼女のお気に入りの服だ」

「ごめん、ごめん……。私、エリーゼじゃないわ。もう人間じゃない……」

「エリーゼなの? 死んだはずなのに、何で、どうして? ゴーストですらないの?」


 一人の人間と、一匹の妖精の奇妙なやり取りに、ステラは居心地の悪さを感じた。あのバンシーはケイシーが呼び出そうとしていた友人だったんだろうか。

 だけれど、ケイシーは動揺の言葉ばかり吐き出すので、もしかするとエリーゼがゴーストとして現れてくれたほうが、心の平穏が保たれたのかもしれない。


(う……。気まずい。それに、だんだん寒さが酷くなってきた)


 状況に耐えかねたステラは、彼女達に向かって、声を張り上げる。


「お二人さん~! 一度私の部屋に来ないですか?? ココアでも飲みながら話そうです!」


「……」

「……」


 ケイシー達は微妙な反応を見せたが、親友であるクローバーは「そうしよ! 久しぶりに人間の食べ物を食べたいよ!」と賛成してくれた。




 


 

 

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