サウナにて

 上機嫌なメイリンは、教頭を引きずり、船内の一室に連れて行った。

 ステラ達はその部屋の扉に張り付くようにして、中の様子を探るが、聞こえてくるのは教頭の情けない泣き声ばかり。

 この感じだと、学校に高額の賠償金をふっかけれてしまうだろう。

 そして、教頭は教育委員会とかに責任を問われ、学校を追い出されてしまいそうだ。


 なんだか悲しい気分になり、ステラはその扉からそっと離れた……。


 そんなステラをレイチェルやエマが追いかけて来てくれたため、3人で船内のサウナ施設に向かう。

 先ほど盛大に海水を浴び、体の芯から冷えてしまっている。

 レイチェルの話によれば、サウナというのはこういう時に便利だということなので、せっかくだから利用してみることにしたのだ。


 タオル一枚でサウナルームに入ってみると、モワッとした熱気に身が包まれる。

 アロマの良い香りがするのは、水蒸気を発生させるための水に、アロマオイルを入れているからなんだろうか?

 勝手にサウナルームというものは汗の匂いが充満しているイメージをもっていたが、ここはだいぶ居心地が良い。

 

 ステラが階段状になった室内のレイアウトや、良い色合いの木材をジロジロ観察している間に、レイチェルは柄杓ひしゃくを使ってストーブの上の石に水をかけ、大量の水蒸気を発生させた。


「ふわぁぁ、モクモクとしてるです! 結構暑いです!」

「うん」


 エマと二人でストーブから離れた場所に腰を下ろすと、レイチェルは大胆にも階段の板一枚の上に横になり、心地よさそうに伸びをした。


「何はともあれ、二人ともお疲れ様っ!」

「お疲れ様です~」「……お疲れ」

「せっかくあたしらで危険なモンスター共をやっつけたのに、『自分の手柄~』とか、『賠償金~』とか、めんどちぃつ~の!!」

「エルシィさんが居たら、うまくまとまったかもなんです」

「確かにね。王女様だったら、教頭が偉そうに振る舞わなかっただろうし、メイリン・ナルルって子の無茶な要求にも、ビシッと拒絶してくれたかも」


 居ない時に限って、実の姉の存在の大きさを思い知る。

 今もこうして、サウナの時間を共有出来たなら、もっと充実した時を過ごせたはずだ。


「エルシィさん……うぅ……」


 メソメソしだしたステラの頭を、エマが撫でる。

 エマもサウナは初めてらしいが、口の端が上がっているので、それなりに楽しんでいるようだ。

 そうして過ごしていると、サウナの入り口がガラリと開いた。


 入って来たのは、噂の人物――メイリン・ナルルだった。

 胸と腰にタオルを巻いただけの彼女はステラ達の存在に驚くでも無く、「お邪魔するさ」とつかつかと入室し、サウナストーンに水を垂らす。


 レイチェルは寝っ転がりながらも、鋭いまなざしでメイリンを観察するし、エマも目を伏せ気配を伺う。

 一気に室内の緊張感が高まったのを、メイリンは気がついているだろうか?

 大股でレイチェルの体をまたぎ、階段の一番上まで登りきる。


 つり上がった目で、真っ直ぐにステラを見下ろす様は、まるでイジワルなネコのようだ。

 しかしながら、ステラもあまり性質の良くない目つきをしていたようで、メイリンに突っ込まれる。


「あたいに対して、言いたいことがありそうさね」

「そりゃ、あるですよ。いきなり、うちの国からのフェリーの海路に現れて、名乗りもせずに暴れたですよね? それなのに、破損したからって賠償金を求めるって、あくどい人なんです」


「そーだ、そーだ! もっと言ってやれ、ステラ!」


 身を起こしたレイチェルに応援され、ちょっと勇気づけられる。


「でも、オマエ達の教頭先生はちゃんと『賠償金します』って、サインしてくれたさ」

「んなっ!?」

「しかも、生徒9人の保護者それぞれに、賠償金を分担してもらおうって腹だとか」

「んん……?」


 予想外すぎる言葉を聞いた気がして、頭が理解を拒否する。

 そんなステラの様子を察したのか、エマが丁寧な言い方で、メイリンの言葉を繰り返した。


「交換留学生9人の保護者。ワイバーン・プロトタイプの賠償金”金貨100万枚分”を9等分で支払う」


「そういうこった!! 教頭に全員分の名簿を貰ったから、後で請求書を送付する」


「勝手なこと言わないでよね~~!!」


 自分勝手なメイリンに、ついにレイチェルがキレた。

 階段を駆け上がり、彼女の小さな体を捕まえようとする。しかし、意外にもメイリンは身軽に動き、レイチェルの腕をかいくぐる。


「うあぁ……。安らぎの空間が壊れゆく……」

「メイリンを葬る??」

「そ、それは駄目ですよ!!」


 エマもストレスがたまっているのか、物騒な事を言いだし、サウナルーム内は混沌を極める。正直出て行きたくてたまらない。

 ステラはヒョコッと階段状のベンチから立ち上がり、出口へと足を踏み出す。


 すると、メイリンが素早い身のこなしでステラの前に立ち、通せんぼした。


「オマエ、ステラ・マクスウェルと言うんだって?」

「教えたくないです」


「アタイの頼みを聞いてくれたなら、全員分の賠償金を免除してもいいさ」

「へ?」


 ステラの返答を無視する形で告げられた言葉に、ついつい食いつきそうになる。

 だけども、今までの人生を思い返してみると、こうした駆け引きの結果、ろくな目に遭わなかったことが多く、身構えざるをえない。


「……私をハメようとしてるですか??」

「ふっふっふ。単刀直入に言うさ。ステラ・マクスウェル、”国立魔法女学院を牛耳るスカル・ゴブレッド”を潰してくれ」

「スカル……ゴブレッド」


 確かその単語は、出発前のミーティングで耳にした。

 関わってはいけない団体との話だったが、メイリンはそれを潰せというのだ。



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