義兄の学生時代

 ロカの知人が持ってきてくれたダンジョン核のおかげで、アイテム製造は順調だ。

 増量した分からヴァルドナ帝国の冒険者ギルドで売り始める数を確保し、帝都シュプトリー行きの段ボール箱に詰め込む。


 作業途中に、エマやロカがやって来て、詰め終わった段ボールの回収や、在庫状態を記録してくれ、かなり効率よく働けている。

 そろそろ夕飯時になりそうな頃、作業部屋に義兄のジェレミーが現れた。


 ステラに用かと思いきや、そういう訳でもなく、作業台でウトウトしているアジ・ダハーカに声をかける。


「アジ殿。うたた寝中悪いけど、僕に渡さなきゃいけない物を忘れてない?」

「……zzz。むぅ……。お主に渡す物など何かあったかの??」

「嫌だなぁ。ここ最近、ステラの写真の納品がとどこおっているよね。僕との契約を忘れてしまっているのかな?」

「あぁ。そうであったな」


 二人の会話の中に自分の名前が出てきたので、ステラは「げ……」と彼等の近くまで行く。作業台の上には相棒が無造作に取り出した写真が散乱し、被写体となっている者としてはあまり気分が良くない。


「うげぇ。凄い量なんです。しかも、同じ写真が3枚も……。一体何に使ってるですか?」

「知りたい?」

「怖いですけど、ちょっと気になるですね……」


 こわごわと質問を重ねてみれば、ジェレミーは笑みを深めた。


「写真フレームに入れて飾る用。写真アルバムに綴じて保管する用。そしてもう一枚は……」

「もう一枚は? ……ごくり」


 何かとんでもない用途が聞けそうなのに、義兄はなかなか教えてくれない。

 30秒くらい無言になったかと思うと、彼にしては珍しい――ばつが悪そうな表情で自分の首の後ろに手を置いた。


「まぁ、親は子供の成長を見たいものだからね。あげてるんだよ」

「ふ~ん?」


 義父や義母に渡しているという事なんだろう。

 ステラに対しては、かなり遠慮がちに接していたように記憶しているけれど、意外にも愛情らしき感情を抱いてくれていたらしい。

 急にホッコリとして、ニヘラッと笑う。


「そういうことだったですか。それなら、私の写真を一枚は必要なのかもですねっ」

「そうだね」


 ジェレミーが誤魔化すような笑い方をするのが気になるが、まぁ、写真は邪悪な用途には使われていなそうだ。


 暫く黙っていたアジ・ダハーカが、空気がまずそうに咳払いをした。


「ゴッホン。そうだ、ステラよ」

「なんですか?」

「交換留学の件を話さなくて良いのか? こやつは、一応お主の保護者なのだから、伝えておくべきであろう」

「あ、そうか。ジェレミーさん。私、3週間後にテミセ・ヤに行くです! 2週間ほど帰ってきません!」

「交換留学枠を取れたんだね。さすがは僕の妹だ」

「うへへ。もっと褒めてくれても良いですよ」

「偉い偉い」


 大きな手で頭をワシワシと撫でられる。

 物心がついた頃から、こうした接触が多いけれど、義兄いわく「心が落ち着く」とのことなので仕方が無く受け入れている。


「そういえば、思い出した。交換留学の最終日には、両校生最後の親睦会として、上級冒険者しか使用出来ないフィールドダンジョンを探索出来るはずだよ」

「なんでジェレミーさんが知って……。あぁ! ジェレミーさんも行ったんですね」

「うん」

「なるほどー。そのフィールドダンジョンって、良いお宝とかあったりするです?」

「今もあるかどうかは微妙だけれど、僕が入った時は”高純度ナスクーマ大聖水”が一時的に湧き出てた。この間、アレムカから貰ったレシピに、聖水が必要だと書かれていたんじゃなかったっけ?」

「そうです! ”黎明の香”を作るのに必要になるですよ。でも、『一時的に湧き出てた』んですか?」

「あそこのダンジョン核は急速に古びているみただから、異様な現象が起こるんだ。エラーを起こしやすいと言い換えた方がわかりやすいかな? 君が行った時に”高純度ナスクーマ大聖水”が沸いているかどうかは、微妙かもしれないね」

「そうなんだ……」


 ステラはアレムカからレシピを入手した後、雑貨店のアーシラや冒険者ギルド等で、”高純度ナスクーマ大聖水”の情報を聞き込んでみていた。

 しかし、テミセ・ヤ内で聖水が沸くエリアは断崖絶壁の上だったり、大雪原を犬ぞりで抜けた場所だったり……と、行くのにはそれなりの覚悟を必要とする場所ばかりだった。

 だからこそ、ジェレミーがくれた情報に期待したわけだが、こちらはかなり運が良くないと同じ現象にはならなそうな感じである。


「ダンジョン核を叩いたなら、ジェレミーが行った時と同じ現象になるかもしれんぞ」

「アジ殿……。ウチの魔導具が壊れやすいのって、君がそうして力任せに解決しようとした結果だったんだね」

「ハッ!」


 急に声を落としたジェレミーに恐れをなしたのか、アジ・ダハーカは最近の愚鈍さを忘れたかのように俊敏な動きで部屋を出て行った。

 その様子を満足気に見送った後、ジェレミーはステラに向き直る。


「あのダンジョン核については、テミセ・ヤの国立魔法女学院の生徒や教師の方が詳しいかもね。留学中に聞きこんでみるといいよ」

「そうするです!」


 無料で高レアアイテムを入手出来るチャンスはそうそうないので、留学した後は積極的に動くべきだろう。

 

 

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