怪しい父親(SIDE エルシィ)

 エルシィ・ブロウは付き人に準備された資料に目を通し、深い深いため息をついた。

 侍女選出試験の日、エルシィは魔導国家テミセ・ヤの特使と会っていた。

 そのため、ガーラヘル城で起こったテロ事件には巻き込まれずに済んだものの、王家の者として、他人事には出来ない。

 そのため色々な方面を調べてみている。


 まずは防衛体制についてだ。

 万全だとばかり思っていたのに、侍女選出試験において、受験者に自由に動かせすぎた所為で、テロリストにつけいる隙を作ってしまったようだ。

 しかもあのテロ事件の黒幕は、ガーラヘル王国の重臣ダウニー・コロニアと聞いている。すでに暗殺されてしまったため、何の目論見があっての犯行なのかはまだ調べがついていないが、薄気味悪いことこの上ない。


 彼の娘パーヴァ・コロニアの行方が分かっていないのも気になっている。

 テロ事件が起こった日、彼女は侍女選出試験に参加していた。その目的は本当に自分の侍女になるためだったのか、それともテロ行為へ加担かたんするためだったのか……。


 幼い頃より面識のある女性なだけに、酷く混乱してしまう。


(本当に憂鬱な事件だったわ。しばらくの間、この城を使ったイベントなどは控えるべきでしょうね)


 一つ幸運だったのは、エルシィの学友ステラが無傷だったことだ。

 せっかく自分の侍女になるために試験を受けに来てくれたというのに、挨拶が出来ないばかりか、危ない事件に巻き込ませてしまった。

 学校で会った際に、『気にしていない』と言ってくれたけれど、これをきっかけに、よそよそしい態度をとられるようになるのではないかと心配でならない。

 

(ステラさん、戦闘実技に点数はだいぶ低いと言っていたわ。テロ事件なんか起きなければダントツだったでしょうに。まったく、腹が立つったらないわね)


 エルシィはだんだんヤキモキとしてきて、足早に自室から出る。

 扉の両端に居た衛士におざなりに礼をし、どんどん足を進める。向かう先は川がよく見える東側の塔だ。


 分厚い絨毯じゅうたんを蹴り上げるようにして回廊を進み、階段を上り、吹きさらしの渡り廊下の手前まで来て、ハッとする。

 足下に紙のような物が落ちている。


 拾い上げ、表側を見て驚く。

 そこに写っているのは、友人であるステラ・マクスウェルの姿だったのだ。

 彼女は城のすぐ下を流れる川岸と思わしき場所で、ミノタウロス数体と対峙している。

 望遠レンズを使用しているような写り方は、いかにも隠し撮りじみていて、気味が悪い。


(ステラさん……。このような写真でもとても可愛らしいわ。でも、一体誰が持っていた物なのかしら?)


 少し嫌な気分になりながら、渡り廊下へ続く角を曲がり、反射的に身構えた。

 苦手な人物が――エルシィの父が佇んでいたのだ。

 明るめの金髪は風にたなびき、すみれ色の瞳は今は真下を流れる川を見下ろしている。

 三十半ばだというのに、若々しい姿の彼の人は、エルシィが来たのに気がついたんだろう。端正な顔を上げ、口元だけで笑った。


「こんばんは」

「ご機嫌よう。国王陛下。こちらにいらっしゃっいましたのね」


 片足を後ろに引き、完璧なお辞儀をしてみせれば、父は目を伏せた。


「エルシィ王女、何か用ですか?」

「用などはございません。少し風に当たろうかと思っただけですわ。お邪魔でしたなら、私は他の場所へとまいります」

「娘を邪魔だと思う親はいませんよ。……手に持っている紙は?」

「これは……。私の友人が写る写真でした。国王陛下にはご関係の無いものかと」

「私が落としたものです。お返しいただいても?」

「……も、もちろんですわ」


 何故父がステラの写真を? と思わなくもなかったが、この城で彼の所持品を返さないというわけにもいかず、手渡しをする。

 大事そうにふところにしまう、理由はなんだろうか?

 何でその上から撫でさするのか?


 エルシィは背中がゾワゾワするのを堪えながら、笑顔をキープする。


「国王陛下は、よほどその写真に写るミノタウロスを好んでいらっしゃいますのね」

「いいえ?」

「では、川岸の光景が?」

「嫌いではありませんよ。……それより、テミセ・ヤの特使と”今年の交換留学の件”について話したそうですね」

「ええ」


 無理矢理話題を変えられたが、エルシィは気がつかないフリをして、穏やかに頷く。


「来月から、私が通う魔法学校の生徒と、テミセ・ヤの国立魔法女学院の生徒が交換になりますの」


 その日話し合ったのは父が言うように、交換留学についての話題が中心だった。

 二つの国の魔法学校においては、一大イベントなのだが、エルシィ達一年にはあまり関係なかったりする。


「貴女も行って来たらどうでしょう?」

「えっ。よろしいのですか?」

「もちろんです。来年以降、貴女の立場がどうなるかは分かりませんし、時間が作れるときに貴重な体験をすると良いですよ」

「それは、とても心が惹かれてしまいますが……」


 苦手な父の提案に動揺しているうちに、本人はエルシィの傍を通りすぎる。


「考えておいてください。では」


 音もなく去って行く父のジャケットから、複数枚の紙が落ちる。

 拾い上げてみれば、”幼いステラが芋を頬張っている姿”、”居眠りするステラ”、”オスト・オルペジアの夜会に参加中のステラ”、”駅前の売店に立つステラ”が写った写真だった。


 それを見たエルシィはピンと来た。


(これは! 父はステラさんのストーカーなの!? ステラさんを私の侍女にしてしまったら、城でどんな危険な目にあうか分かったものではないわ)


 考えもしなかった危険性を把握し、エルシィは気持ちを引き締めた。

 



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