恩人作のアイテム

 ロカは瓶からキャップを外す。

 それを逆さにすれば、地面に一つの氷塊が形成され、徐々に高さを増してゆく。

 このアイテムの製作者であるステラが使用するのを目にしてはいたものの、実際に自分が使うと、また新鮮な感覚になった。想定していた術式が成り立つのを見ると、とてもワクワクするのだ。


 ただし、今回の魔法はそれなりの量のエーテルを必要とするため、使用者であるロカの体内のエーテルも多少抜き取られる。


(人並程度のエーテル量があって、良かった……)


 この魔法――【ダメージペースト】の効果はかなり強力で、魔法をかけておいた対象が他人から攻撃を受けたなら、全く同じダメージ等を相手に返すというものだ。

 たった一度発動したら終わりなので、注意深く使う必要がある。


 【ダメージペースト】を仕込んでくれたのは、レイフィールドでの調査任務で協力し合った仲間。――2日前に帝国からガーラヘル王国の王都キングスコートに移って来たため、頼んだのだ。


 氷で作られた魔法陣は淡く発光し、ロカ自らの身体に吸い込まれる。


 

 一連のロカの行動は目立ったのだろう。

 黄緑色の髪の神官が慌てたようにこちらを向き、無詠唱で衝撃派を飛ばしてきた。


「――っ! 何をしているのですか!?」


 アイテムによる氷塊は粉々に砕け散り、路上で溶け出すも、ロカは冷静な表情を崩さない。魔法効果は発動済みなのだ。


 しかし、ロカが少しアイテムに意識を向けている間に、この黄緑色の髪の神官は取返しの付かない事をやらかしていた。

 彼女の相棒であろう水色の髪の神官が、道路の端にうずくまり、腹を抑えている。血を流し、憎しみを込めた目で片割れを睨みつけているところから判断するに、この異様な状況を作り出したのは黄緑色の神官なのかもしれない。


「……仲間であっても、邪魔になったら暴力をくわえてしまうんですね。それが、ガーラヘル王国の国教の教えということですか」

「これは神の教えでも、神殿の方針でもありません。私個人の判断です」

「はい。理解しました」

「私はそこに居る邪神の巫女同様、元々は孤児です。神力を認められなかったなら、この地位に就くこともなかった。全ては善神のお陰。……それなのに、神殿では信仰面で裏切られてばかり」

「それは気の毒です。ですが、今の貴女の行動を見てからは、あまり同情出来ません。貴女が軽蔑している方々と同類なのではないでしょうか」

「……っふ。元々はアナタがくだらない嘘をついたからですよ」

「一部嘘でした。申し訳ありません」


 ロカはサッと潔く頭を下げた。

 冷静であるように振る舞ってはいるが、神官二人の関係性をここまで悪化させたことに、かなり罪悪感を感じている。

 そもそも彼女を逆上させたとしても、暴力行為を働くとは思っていなかったから、嘘を混ぜたわけなのだが、ロカの嘘が引き金になったのは間違いない。


「……異教徒はこれだから嫌なんです。目障りなので、さっさと私の前から消えてくださいよ。【連鎖光爆】!!」


 神官は大きく杖を振る。

 先端には先ほどよりも大きな光の球が出現していて、間違いなくロカに狙いを付けている。

 

 その様子を確認してから、ロカは静かにきびすを返す。


「――エマさん、メイドさん達を宜しくお願いします」

「もう、行く?」

「はい。勝敗はついてしまっているので」


 後方で激しい光が明滅し、女性の悲痛な悲鳴が聞こえてくる。

 黄緑色の髪の神官は【連鎖光爆】を跳ね返され、もろに食らっただろう。

 死んでしまうか生き残れるかは、それこそ、神のみぞ知る。――普段の彼女の振る舞いによって決まるのかもしれない。


(私はとりあえず、ガーラヘル城直下の崖側に急がないとだ!)


 ロカはもう後ろを気にせず、目的地に向かって駆け出した。

 


 ガーラヘル城の立つ丘を回り込む様にして裏側へと行く。

 そこに広がる光景に、ロカは息を飲んだ。

 聞いていた話とかなり違っている……。


 ”切り立った崖は自然のままにされており、その上に立つガーラヘル城は障壁に守られているのだ”と、そういう情報のはずだった。

 だというのに、何故か崖には工事用の足場のような建造物が組み上がっていた。

 しかも、その最上段にはゴツイ女性二人が立ち、ドリル型の魔導具で障壁に穴を開けているようだ。


「……これは一体、何をしようとしてるんだ??」


 ついつい小声でつぶやいてしまい、慌てて口を抑える。

 低木に隠れるようにして状況を確認してみると、ここにいるのは女性の服装をした男性のチームのようだ。先ほどレイチェルに聞いた話を思い出すに、彼等は公務員のはず。

 ガーラヘル城に張られた障壁を道具を使って破ろうとするとは、随分と思い切った行動を選択したものだ。


 骨ばった体つきの人物が川岸に立ち、拡声器を口に当て、声を張り上げる。


「ちょっと、あんた達~~! 早くしなさいよね~!!」


「分かっておる! ちぃ! ドリルの刃こぼれが酷いんじゃあ!!」

「それよりも、誰かが下を通らないか、見といて! ワタクシの可愛いクマちゃんパンツがのぞかれちゃうわ!」


「んも~! 仕方がないわね~!」


(帝国ではあまり見ないタイプの男性達だな。――いや、この場合女性なのか? 良く分からん)


 作業中の3人から目を離し、残りの1人を探してみると、少し離れた所にある自動販売機で缶ジュースを買いまくっていた。

 その近くには40名ほどのメイド達が不満顔で座っているので、彼女達の為に買ってあげているのかもしれない。


 


 

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